2008年07月26日

もののあわれ256

秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしにおぼし乱るる事どもありて、大殿には絶え間置きつつ、恨めしくのみ思ひ聞え給へり。

秋になった。
自分から起こしたことによる、煩悶に心を乱れさせて、大臣家には、久しぶりの、お成りであったゆえに、大臣家では、源氏を、恨めしく思っていた。

心づくし
古今集
このまより もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋は来にけり
木々の間から、月の光が地に落ちる。物思いする、秋がきた。

物語の随所に、紫式部の、教養が滲み出る。
元歌があり、それから、歌を詠む。そして、文の中にも、それは、取り入れてある。


六条わたりにも、とけがたかりし御気色を、おもむけ聞え給ひてのち、ひきかへしなのめならむは、いとほしかし。されど、よそなりし御心のまどひのやうに、あながちなる事はなきも、いかなる事にか、と、見えたり。女は、いと物を余りなるまでおぼししめたる御心ざまにて、よはひの程も似げなく、人の漏り聞かむに、いとど、かくつらき御よがれの寝ざめざめ、おぼししをるる事、いとさまざまになり。

六条の方に対しても、難しい様だったのを、やっと、口説き落とした。そして、不熱心になっては、おかわいそうだ。
されど、手に入らなかった頃の、恋心のように、一途になれない。それは、どうしたわけだと、そとめには、思われた。
女は、物事を、酷く考えるタイプなので、もし、二人のことを世間が、少しでも、聞けば、年が違いすぎるだろうしと、このように、お越しの間遠な夜夜は、お目覚めになり、普段より、一層、煩悶することが、多くなるのである。


源氏は、17歳、六条の女君は、24歳である。

御よがれ
夜離れ、である。
妻の元に行かない。夜離れは、床離れ、でもある。
女君は、自分が年上であることを、気に病んでいる。
七つ違うのである。
一種の政略結婚のようなものである。


霧のいと深きあした、いたくそそのかされ給ひて、ねぶたげなるけしきに、うち嘆きつつ出で給ふを、中将のおもと、御格子ひとまあげて、「見奉り送り給へ」とおぼしく、御凡帳ひきやりたれば、御ぐしもたげて見出だし給へり。


霧の深い朝、お帰りを、女官から催促されて、眠そうな様子。
ため息を、つきつつ、部屋を出る。
侍女の中将の君が、格子を一間開けて、お見送りしてくださいという、気持ちらしく、凡帳を少しづらした。
女君は、御髪をもたげて、外へ目をやる。


前栽の色々乱れたるを、過ぎがてに休らひ給へるさま、げにたぐひなし。廊の方へおはするに、中将の君、御ともに参る。紫苑色の折りに合ひたる、うす物の裳あざやかに引きゆひたる腰つき、たをやかになまめきたり。見かへり給ひて、すみのまの高欄に、しばし引きすえ給へり。うちとけたらぬもてなし、髪のさがりば、めざましくも、と見給ふ。


庭先の、植え込みに、色様々な、花が咲き乱れている。
通り過ぎにくそうに、佇む様子。
評判通り、無類の美しさである。
渡殿の方へ、行かれるので、中将の君が、お供申し上げる。
紫苑色の季節に、相応しい、着物に、薄絹の裳を、くっきりと結んだ腰つきは、しなやかで、艶である。
男君は、見返りされて、御殿の隅の間の、高欄に、中将を呼ばれた。
その態度、そして、髪が着物にかかる、具合は、見事なものであると、御覧になる。


作者は、繰り返し、繰り返し、源氏が、美しい男だと、言う。これでもか、これでもか、である。
何故か。
主人公は、美の、象徴でなければ、ならない。
紫式部は、美、というものに、この世の救いがあると観たのである。

美であれば、こそ。
美でなくては、ならない。
何故なら、この世は、醜いからである。

さらに、何故、好色、つまり、恋愛、恋というものに、絞って、物語を書いたのか。

美が、最も、美であるのは、恋にある時なのである。

それを、日本の伝統は、伝えてきた。
紫式部は、漢籍も、和文も、こなした。
中宮に、漢籍を、講ずる程の、教養である。
しかし、漢籍では、もののあわれ、というものを、表現し得ないのである。
ひらがな、という、大和心の文字にこそ、それを、表現できる、力がある。

漢字、平仮名混じりの、文を、打ち立て成れば、どうしても、表現し得ない。
ここに、源氏物語の、原点がある。

この世は、醜い。それは、憂きことと、同じである。
醜いことは、憂きことである。

紫式部集を、読んでみても、その、憂きことのみに、焦点が、絞られていた。
物語を、書いている最中でも、憂きこと、憂きことを、見つめていた。

浄土への、救いは、あの世のもの。
現世で、救われたい。
それは、美である。
美こそ、現世を救うものである。

そして、何故、男の源氏を、美の象徴としたのか。
美というならば、女であろう。
だが、彼女は、見抜いた。
男こそ、美の、最もたるものである、と。
男こそ、美、であって欲しい。

女である、紫が、男に求めたものは、美であり、さらに、それが、世の救いとなるものなのである、という、メッセージが込められてある。

物語に一環して、流れているものは、それである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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