2008年07月20日

神仏は妄想である 140

日本の坐禅は、道元が最初にはじめたわけではない。
瞑想法の一つとして、天台宗の比叡山でも、真言宗でも行われていた。
色々な形の、坐禅法が、中国にも、日本にもあった。

広く言えば、念仏することも、坐禅の中に入るのである。

しかし、道元は、釈迦が行った坐禅というものを、しっかりと作り上げたいと考えた。

坐禅は静処よろし。坐褥あつくしくべし。風煙をいらしむることなかれ、雨露をもらしむることなかれ。容身の地を護持すべし
道元

坐禅は、静かな所で、やるべし。
背骨の下に、座布団を敷くべし。
風や煙に当たってはいけない。
雨露に、打たれてはいけない。
坐禅をするのに、適当な場所を確保せよ。

また、当時、坐禅瞑想の形はあっても、それをひとつの威儀のあるセレモニーとして、修行の道場・僧院での朝起きてから寝るまでの、坐禅を中心とした修行の形というものをはじめて道元が確立した。
栗田勇


諸縁を放捨し、万事を休息すべし。
作仏を図することなかれ、坐臥を脱落すべし。

諸縁を捨てて、とは、俗世の因縁を捨てるということ。
仏に成ると思うことも、やめて、更に、坐禅をしているということも、脱落して、突き抜けてという。
座っていることも、忘れよと、言う。

それでは、座る前から、悟りの境地であろう。
禅では、こういう言葉が、多い。
全てを捨てよ、である。
捨てられないから、坐禅をするのであろうと、思うが、そう言うのである。

さらに、面白いのは、
いわゆる非思量を使用すること玲瓏なりといえども、不思量底を思量するには、かならず非思量をもちいるなり
と、言う。

考える考えないという問題を乗り超えるためには、考えことと、考えないということを、相対的にそれぞれの場合に分けて考えないことだ。考えることも考えないこともひっくるめて、そういう次元を否定してしまう。ぽんと飛び出してしまう。そういう思考を非思量と呼んでいるわけです。個々の否定ではなく全否定です。するとまったく予期しない真の精神活動が現れてくる。非思量ということは、まことに玲瓏透明な感じがするが、考えられない境地をさらに考えるためには、非思量しかない。
栗太勇

考えられない、その奥を考えると言う。

一体、これを、理解するには、どうしたらいいのか。
坐禅をする以外に無い。

自分が解放されて宇宙と一体化している。
山のようになる。
エネルギーに充ちた、存在感のあるものになる。
しかも、心が、晴れやかである。

理解するには、坐禅するしかないのである。

しかし、上記、非常に、危険極まるものである。
通常の精神活動から抜けて、自由になるというが、果たして、それは、どういうことか。また、宇宙と一体化するとは、何か。

道元は、37歳の時に、山城に興聖寺を建てて、八年間、法を説き、更に、その後、越前、福井の永平寺へと、移る。
伽藍仏教を否定した、禅堂として、日本仏教史はじまって以来の、新しい、道場である。

求道者は、名利を捨ててまず閑寂の場に定着しなければならぬ。きびしい戒律のもとに、坐禅する独自の「学校」を彼は欲した。乱世のなかにおいてみれば、そこだけが一点静まりかえっているような不動の、言わば「極静の学校」ともいうべきものが彼の構想した禅堂である。「重雲堂式」をはじめ、「洗浄」「洗面」「典座教訓」等、すべてこの建築内における実践綱領であり、同時に入学するものの心得はきびしかった。
亀井勝一郎


それは、つまり
王侯の身分を捨てて乞食修行し、菩提樹の下に坐禅して成道した釈尊の道を、そのままに再現しようとして、仔細な規律と作法と心得をつくりあげたわけである。「釈尊に帰れ」といったときの第一義の道を、彼ほど忠実に歩もうとした人はいない。
亀井勝一郎


兎に角、厳しいのである。
戒律があっても、戒律主義に陥ることなかれであり、つまり、戒律も自然でなければならない。戒律が、難行苦行になっては、いけない。
心身脱落であるから、戒律に、自我という意識が、入ってはならないのである。

死ぬまで、やっても、終わらないであろう。
妻子など、持っていては、そんな修行など、出来ないのである。
余程の、超人でない限りは。


この道に、一筋に賭けた道元であるから、出来た。
それには、出家しなけれぱならない。
在俗では、そんな修行が出来る訳が無い。

これは、多分に、道元の、生まれ育ち、そして、性格がある。
しかし、今、道元の伝記を書く訳には、いかない。

私は、道元の、この修行を否定する者ではない。
それで、有意義に、生きられるのならば、言うことは無い。

また、仏陀の行為に、近い気がする。
ただし、仏陀は、遊行して、教えを説いた。
坐禅をして、成道の後は、出家者、在俗に、関わらず、教えを説いて回った。
更にである。
仏陀は、一言の、書も、残さなかった。


道元の、著作に、多くの者、多くの書き物を、著す。
それは、すべて、解説である。
解釈である。
さらに、その教えの分析である。
これは、道元禅の、堕落であろう。

坐禅をしない者、堂々と、道元を論ずるという、堕落。

私は、否定はしないが、道元が、釈尊の唯一の方法であり、それによって、仏になると、考えることに、批判する。
仏になる、ならないは、人の問題である。
誰も、それに、関与することは出来ない。
更に、仏の自覚は、極めて個人的な、情感である。

もっと、言えば、極めて個人的な、妄想である。

何故、人は仏になるのか、ならなければ、いけないのか。
仏陀は、唯一の救いは、二度と、この世に生まれないことだと、明言した。

坐禅することも、戒律に生きることも、それは、個人の自由である。
そこでの、様々な、言葉は、それも、また、自由である。
しかし、それが、唯一であるというのは、僭越行為も、甚だしい。

己一人が、それを、黙々と、行為すべきであり、それを、人に説くとは、何事か。

更に、である。
今、現在の、道元門を引き継ぐ者の、多くは、一体、何を行っているのか。
それも、自由で、いいはずはない。
多くの人に、迷いを、教えるようなものである。
それは、己が、成道せずに、人に仏を、説くことである。

仏にならずに、仏の道など、説けるものではない。それでは、学者と、同じである。
痛くも、痒くも無い、学者の研究と、同じである。

更に、その学者を立てて、道元禅を、肯定する様など、魔としか、言い様が無い。

坐禅は、魔境を作り出す。
魔境とは、あたかも、悟った者であるかの如く、であり、あたかも、仏の道に進んでいるように、勘違いすることである。

自分が、仏にならずに、人に仏に、成れとは、説けないのである。

更に、道元は、仏に成ったのか。
我は、仏であると、道元は、どこにも、書かない。
ただ、仏の道に行くには、坐禅あるのみと言うのみ、である。

まだ、行き着かない場所に、行き着いたと、思い込む、妄想するという、程度であり、道場を作ったのであり、仏の場所を作ったのではないということ。

道場、つまり、迷いの、場であるということ。
その、迷い波動の中に、身を置くことは、私には、出来ない。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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