2008年07月17日

もののあわれ247

こたち、「あらはなり」と、言ふなり。小君「なぞかう暑きに、この格子はおろされたる」と問へば、「ひるより西の御かたの渡らせ給ひて、碁うたせ給ふ」と言ふ。「さて向かひ居たらむを見ばや」と思ひて、やをらあゆみ出でて、すだれのはざまに入り給ひぬ。この入りつる格子はまだささねば、ひま見ゆるに寄りて、西ざまに見通し給へば、このきはに立てたる屏風、端のかた、おしたたまれたるに、まぎるべき凡帳なども、暑ければにや、うちかけて、いとよく見入れらる。

女房たちが、開け放して、丸見えですという声が聞こえる。
小君は、どうして、こんなに暑いのに、格子を下ろすのですか、と言う。
昼間から、西の御方が、お出で遊ばして、碁をお打ち遊ばして、いらっしやる、と女房が言う。
源氏は、それなら、二人が向かい合っているところを、見ようと思い、ゆっくりと、歩いて、簾の間に、お入りになった。

小君が、入っていった、格子が、まだ上げてあるため、隙間があるので、近寄った。
西の方を、透かして見ると、そこに立ている、屏風は、端の方が、畳まれてある。目隠しの、凡帳も、暑いせいか、帷を上げてあるので、奥が、丸見えである。


燈、近うともしたり。「母屋の中柱にそばめる人や、わが心かくる」と、まづ目とどめ給へば、こき綾のひとへがさねなめり、何にかあらむ、上に着て、頭つき細やかに、小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、さし向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つきやせやせにて、いたう引き隠しためり。

燈が、二人の傍に灯してある。
母屋の中柱に、寄り添って横向きに、なっている人が、我が思う人なのかと、目を止める。
濃い紫の、単重ねだろうか。
ひとへがさね
着物の裏地の無いものである。それを、上着に着る。

何か、よく解らないが、上に着て、頭の形は、ほっそりとして、小柄な人が、見栄えのしない感じである。
顔は、向かい合う人にも、見えないようにしている。
手つきも、痩せていて、それを、袖で、隠すようにしている。

こうして、源氏は、いつもは、見られない、女房たちの、姿を、色々と見ることが、出来た。
その有様を書く、紫の筆が、冴える。

優雅な、貴族の生活の様を、表現する。
しかし、実に、細かなことまで、書き続けている。

そして

見給ふ限りの人は、うちとけたるよなく、ひきつくろひそばめたるうはべをのみこそ見給へ、かくうちとけたる人のありさま、かいま見などは、まだし給はざりつる事なれば、何心ねなうさやかなるはいとほしながら、久しう見給はまほしきに、小君いでくるここちすれば、やをら出で給ひぬ。

知っている限りの女の姿は、皆、くつろぐことなく、気取っている。
まともに、顔を、見せずに、そんなよそ行きの、顔ばかりを、見ていたので、こんなに、くつろいだ所を、垣間見るとは、はじめてのことである。
気もつかず、見られている女たちは、気の毒である。
もっと、見ていたいが、小君が、出て来ると、いけないので、外へそっと抜けた。

普段のままの、女房たちの、素顔を見たのである。
女房たちの、普段の姿である。

実に、興味深いものだったのである。

何心もなう さやかなるは いとほしながら
素のままの姿である。
その、さやかなるは
くつろいだ姿である。
いとほしながら
可愛らしくもあり、である。

覗き見の、楽しさを知った源氏である。
それもこれも、小君の、御蔭である。

どちらが、子供か、分からないような、次の文である。

わたどのの戸ぐちに寄りい給へり。「いとかたじけなし」と思ひて、小君「例ならぬ人侍りて、え近うも寄り侍らず」源氏「さて今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」と宣へば、小君「などてか。あなたに帰り侍りなば、たばかり侍りなむ」と聞ゆ。「さもなびかしつべき気色にこそはあらめ。わらはなれど、物の心ばへ人の気色見つべく、静まれるを」と、おぼすなりけり。

源氏は、渡殿の戸口に、よりかかって、いらっしゃる。
こんな所に、恐れ多いと、小君は、珍しい客が来ていまして、傍にも、寄れませんと言うと、このまま、今夜も、帰そうとするのか。あまりに、酷いことだと、源氏が言う。
とんでもありません、客が、帰りましたら、何とか、工夫しますと、答える。
計画通りに、行きそうなのだろう。子供ではあるが、事情を察して、人の顔色も、読めるほど、落ち着いていると、源氏は、小君を、評価するのである。


などてか。あなたに帰り侍りなば、たばかり侍りなむ
子供であろうか。

どうして、あなたを、帰しましょうか。帰しません。
帰さないように、してみせます。そんな、気持ちである。

そして、何とか、女の元に行くことが出来るのであるが、女に、察せられて、逃げられ、別の女に、出会うのである。


女はさこそ忘れ給ふを嬉しきに思ひなせど、あやしく夢のやうなる事を心に離るる折りなき頃にて、心とけたるいだに寝られずなむ、昼はながめ、よるは寝ざめがちなれば、春ならぬこのめもいとなく嘆かしきに、碁うちつる君、「こよひはこなたに」と、今めかしくうち語らひて寝にけり。

女は、源氏が諦めてくれたことを、嬉しいと思おうとするが、怪しい夢のような、思い出が、忘れられない、この頃になっていた。
心から、眠ることができず、昼は物思い、夜は、寝覚めがちで、春ではないが、木の芽が成長して、休まることのないような、心境なのである。
碁を打った相手の人は、今夜は、こちらに泊めていただきますと、陽気に話して、寝てしまった。

春ならぬこのめもいと嘆かしきに

春ではないが、悩ましい。それは、このめ、木の芽の如くに、湧き上がる思いなのである。
このような、表現は、自然描写と、心模様との、共感である。
春の姿を、そのように、心模様に、見立てる。


若き人は何心なく、いとようまどろみたるべし。かかるけはひのいとかうばしくうちにほふに、顔をもたげたるに、ひとへうちかけたる凡帳のすきまに、暗けれど、うちみじろぎ寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、すずしなるひとへをひとつ着て、すべり出でにけり。

若い人は、屈託なく、寝入ったようです。
すると、何か、気配がする。
衣擦れの音と、共に、かぐわしい匂い。
顔を上げると、単の帷を引き上げてある、凡帳の隙間に、暗いが、にじり寄る影が見える。
呆れ果てた、気持ちで、なんとも分別がつかず、そっと起き出して、すずしの単衣を一枚、羽織、抜け出した。

女は、源氏の影を見て、部屋を抜けた。

ともかくも思ひ分かれず
分別がつかないのである。

すずし
絹の意味。

かかるけはひの いとかうばしく うちにほう

うちみじろぎ寄るけはひ いとしるし

その気配の、香ばしく、薫る匂いである。
静かに、忍んで来る気配である。

非常に面白いのである。
いとおかしき、表現である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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