2008年07月15日

神仏は妄想である 134

出家生活というのは、インドでは、隠遁生活のようなものではない。
世俗と断絶するという、イメージは、中国や、日本においてである。

インドの仏教団では、生産生活が、すべて、禁じられていた。
その生活は、乞食、こつじき、生活が、中心である。
そして、乞食は、大切な修行であった。乞食行という。

この、乞食行は、実は、大切な意味があった。
それは、出家者と、世俗の人との、結びつきである。

乞食を、行うことで、街の中に入り、人々の生活を見る。そして、人々も、乞食行をする、出家者を、見る。
語り合う。
受ける者と、与える者が、出会い、そこで、お話をする。

与える方も、実は、布施をするという、行が出来るのである。
互いに、互いの存在によって、それぞれの修行となる。

マガダ国のビンビサーラ大王が、仏陀に、帰依した時に、
村から遠すぎず、近すぎず、往来に便利で、会いたい人々が行きやすく、昼は静かで、夜は人声が聞こえず、人跡絶え、人に煩わされることがなく、瞑想するに適したところ
ということで、竹林精舎を建てて、寄進した。

精神生活は、世俗と隔絶しているが、生活のあり方は、世俗と、接しているのである。

出家とは、家から出ること、そして、家族から離れることの、二つの意味がある。

その一つは、私が所有する何物も、持たないこと。
そして、愛する者から、遠のくこと。愛するものを、持たないことなのである。

ここで、仏陀は、欲望を否定したのではないということ、である。
ただ、出家者は、欲望から、遠く離れることを、教えた。


釈尊は中道の生活を説いている。この立場からすれば、俗世との完全な断絶は世俗の一方的な否定であり、極端な生き方であるということになる。これは中道とはいえない。出家生活は中道の実践であり、それを実現する生活であるから、世俗を一方的に悪ときめつけて否定しさることは、自己矛盾に陥ることになる。
田上太秀 仏陀のいいたかったこと


執着の条件によって苦しみが起こる。
苦しみは執着の条件から生ずるものである。
執着の条件が滅びたならば
苦しみの起こることはない。

仏陀は、拘り、囚われの心を無くすことを、教えるが、欲望を捨てることを、言わないのである。

欲から遠く離れろと教えた。「滅欲」ではなく「離欲」を教えている。仏教では滅は一般に平和・安らぎを表すことばである。したがって滅欲という表現はないといえる。
田上太秀


非常に、誤ってとらえられている、滅却という、考え方は、仏教には無い。
それに、囚われない、拘らない、それから、遠く離れるという、教えである。


仏陀は、極端に生きることを、戒めたのである。

世俗を、否定せず、世俗から、離れること、という、理想的な、考え方をしていた。

更に、仏陀の画期的な、教えは、人間平等主義である。
当時も、カースト制度が、厳然としてあった。
数千年の間、インドは、カースト制であり、現在も、そうである。

ここで、仏陀の根本的な教えは、人は、行為によって、成る者に成るという、ことである。
生まれながらに、善人も、悪人も無い。
人間の性には、善も悪も無い。
ただ、行為によってのみ、それが現れる。

人の行為の、善悪によって、差別が生まれる。
善行は、善人となり、悪行は、悪人となるのである。

だが、仏陀は、カースト制廃止の、運動をしたという、形跡は無い。
仏陀は、そういう、政治的、社会的な、現場にも、近づかないのである。
特に、顕著なのは、政治家には、決して、近づかなかった。
そして、それを、出家者の、規則ともした。

王が、仏陀に帰依する時には、王が、仏陀の元に、やって来たのである。


人間の本性について、それがブッダになれる可能性があるとか、反対に、悪魔の性質があるとか、そんな説法をしたことはない。これは仏教の人間観を理解するうえでとくに注意すべき点である。
田上太秀


大乗仏教が言う、人間には、仏性が、宿っているという、考え方は無いということだ。

仏陀の行為行動を、見れば解るが、仏陀は、どんな人とも、一緒に行動し、話をした。身分の差別があるはずもない。

ただ、その身分制度から、離れる、また、解放される道は、出家であった。
出家者には、カースト制は、成り立たないのである。

釈迦の元に集うと、階級は、消える。
バラモンも、王も、庶民も、誰も彼も、平等である。
先に、出家した者が、先に座るのである。

仏陀の、集団は、インドの中でも、特殊な集団として、認められていた。
だが、面白いのは、その弟子たちの多くが、最高位の、バラモンたちであるということだ。
賎民の出家者は、十を数える程度である。


ただ、仏陀滅後、集団の中で、差別が、生まれてきたことは、見逃せない。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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