2008年07月07日

もののあわれ237

桐壺

月は入りがたの空きよう澄みわたれるに、風いとすずしくなりて、草むらの虫の音もよほしがほなるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。

命婦
鈴むしの 声の限りを 尽くしても 長きよあかず ふる涙かな

えも乗りやらず。

母君

いとどしく 虫のねしげき あさぢふに 露おきそふる 雲のうへ人

かごとも聞えつべくなむ」と、言はせ給ふ。


母君を、見舞う命婦が、帰り支度をする。

月夜の空が、澄み切った中、涼しい風が吹く。
草むらの虫の音が、心に響くのである。
いと立ち離れにくき草のもとなり
帰ろうとするが、その風情に、中々、帰ることが出来ない。

すずむしの こえのかぎりを つくしても ながきよあかず ふるなみだかな

車に乗ろうとした、命婦は、歌を口ずさむ。
あの鈴虫の、声の限りを尽くして鳴くように、長い夜を、泣き明かすことである。

いとどしく むしのねしげき あさぢふに つゆおきそふる くものうへひと

雲のうへ人は、命婦のことである。
虫の音に、あなたも、涙を流されますか。この、浅茅の、草深い上に、涙を置いてゆかれますか。

かえって、ご訪問が、恨めしいと、母君が、女房に言わせた。

桐壺更衣の、突然の死を、嘆き悲しむ、帝を中心とした、人々の心を、描く、桐壺の巻である。

その、桐壺更衣の、母君も、亡くなる。
残されたのは、皇子である、光の君である。

作者は、光を、源氏の君と、呼ぶ。

帝の歌

尋ねゆく まぼろしもがな つてにても たまのありかを そこと知るべく

亡き人を、尋ねるために、道士でもよし、その魂の、在り処を知りたい。

雲の上も 涙にくるる 秋の月 いかですむらむ あさぢふのやど

雲の上の、秋の月も、涙にくれる。
どうしてこの世に住むというのか。生きているというのか。
浅茅生、あさじふ
浅茅が生える、草深い宿に。

桐壺の巻に、藤壺の宮の、入内がある。

兎も角も、桐壺の更衣の、亡き事を、悲しむ。
そして、桐壺更衣に対する、多くの人の嫉妬などの、こと度もが、語られる。

光源氏の、名の由来は、
光る君といふ名は、こまうどのめで聞えて、つけ奉りける、とぞ言ひ伝えたる、となむ。

高麗人の、人相見の言葉から出たという。

その様、桐壺の巻に、書かれてある。

物語は、帝が寵愛する、桐壺の、突然の死によって、幕を開けた。
そして、残された、皇子は、桐壺に似た、美しい男子である。
更に、藤壺の入内は、光る君の、憧れとなった。
母の顔を、知らない、光は、藤壺を慕うのである。

この、桐壺の巻は、多くの研究家の、想像を逞しくしたようである。

いづれの御時にか
ある、研究家は、平安期の、表現を辿り、この表現によって、あたかも、実在の物語が、背後にあるかのように、見せかけることが出来るという。
それは、単なる、見せかけであり、勿論、事実ではない。
しかし、実在しない物語が、真に迫るものになっているのは、作者の、天才的文才であろう。

最初に言った。
物語は、面白いか、面白くないか、である。
当時の人、実に、面白く読んだであろう。

桐壺の最後の段は、光の君の、元服と、左大臣の家へ、婿として入ったことである。

余談であるが、物語の随所に、当時の、風習などが、描かれている。
細心の注意を、払い読むと、皇子などの、元服の際に、公卿などの、少女をおそばに、臥させるというものがある。
それは、つまり、共寝をするということで、暗に、男女の関係を、教えるというものである。

また、男女のことだけではない。
当時は、男性同士の触れ合いが、当然の如くにあったという、事実も伺われる。
それは、私の解釈、読みであるが、追々と、書くことにする。

私は、素人である。
素人ととして、源氏物語を、読んでいる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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