2008年07月03日

神仏は妄想である 122

法然によって、幕を開けた鎌倉仏教であるが、法然が、選択本願念仏集を、まとめた同じ年、建久九年、1198年、栄西は、與禅護国論を、著している。

国王大臣因って仏法を滅し、毒気深く入って、今にいまだ改めず、これすなわち仏法滅の妖怪、またこれ時代の妖怪なり。
與禅護国論

既成宗団と、院政に対する痛烈な批判である。
栄西も、法然と同じく、伽藍仏教を否定する。
それでは、方法を同じくしたかと言えば、違う。

根本は、時代苦と人生苦が彼らに何を迫ったかということだ。それぞれに人間の実態を凝視したあげくに、信心決定したわけだが、そのときの決断が大事である。「宗」があったのではなく、ます「決断」があったのである。つまり新しい試練の場をみずから設定したということだ。次の単純明快な掟を見失ってはなるまい。
「禅宗は戒をもつて先とす。禅苑清規はいわく、参禅間道は戒律を先となす云々」
亀井勝一郎 日本人の精神史

栄西が没したのは、建保五年、1215年である。その時、道元は、16歳である。
晩年の栄西の、室に入り、臨済禅の風に接していた。
道元は、後に、その時の思い出を、述べている。

栄西は、金で、大師号を望んだと言われるほど、権勢欲の強い人物だった。要するに、当時のブランドを、望んだといえる。
しかし、それは、何も栄西に限らない。空海も、天皇の直結としての、宗の野望を抱いたのである。

日蓮が、後に書く、護国論は、栄西に影響されたと、私は考える。

栄西は、門弟に対しては、実に厳格な教育を行った。道元は、それに、感じたはずである。

これから、私は、道元を書くに当たって、フランス文学者の、栗太勇氏の、道元の読み方、という本を使用する。
名文だからだ。
専門外の人が書くと、より、理解し易いのである。

道元というのは山のごとく、海のごとく、どこから取り付いてもとっつきようもないし、どこから入っても道がないというしろものです。しかし、いろいろ保留はつくが、とにかく座禅を組むこと、「只管打座」というものが最大のすすめです。ですから座禅をしないで「正法眼蔵」を読んでもしようがないという言い方もあります。
栗太勇

只管打座、しかんだざ、です。
座禅。

道元にとって、仏に成る道は、座禅以外にないのである。

最も長く道元が師事したのは、栄西の高弟である、明全和尚である。九年を過ごした。そして、宋への憧れ、それが宋へ渡る強い思いとなる。

当時、道元がいた、建仁寺には、宋から多くの僧侶たちが来ていた。そこでは、中国語の講義も、行われていた。
それを、見るにつけ、道元は、宋にての、学びを求めたであろうことは、想像に難くない。
しかし、時代は、すぐに、それを許さなかった。

将軍、実朝の暗殺、承久の乱、更に、後鳥羽上皇、順徳天皇の遠流などが、続く、騒然たる世の中である。

それが、収まり、道元は、師の明全と共に、宋に渡る。
1223年、24歳の春である。

ここで、道元の辿る道を、書いていると、神仏は妄想である、というエッセイの主旨が、損なわれるので、道元の思想と、信仰について、入ってゆく。

私は、道元の文学は、実存哲学の、最たるものであると、認める。世界的にも、見事なものである。それは、他の追従を許さない。

日本にいたころ、栄西を通じて道元が見ていた禅宗というのは、天台宗の一部門であり、坐禅にしても、加持祈祷、護摩を焚く、念仏を称えるといった修行の中の一つにすぎなかった。ところが、中国禅はそれ自体でひじょうに純粋なことに、道元は驚きます。日本では、ただ坐禅を組むというだけのことですが、中国では朝起きて顔を洗い、口をすすぎ、坐禅をする。その後、作業をし、また坐禅をする。さらに若干の自由時間を持ち、また坐禅を組むというように、朝から晩まできちんと時間割りが決められています。
栗太勇

天台宗は、デパートのような、仏教である。
鎌倉仏教は、皆、この天台宗から出たものである。
要するに、最澄である。
鎌倉仏教を見れば、最澄が伝えたものが、解る。だから、最澄に関しては、私は書かない。

鎌倉仏教は、選択、せんじゃく、仏教という。
つまり、多くの中から、一つを、取り出して、選択して、それを、信仰行為とするものである。

本来は、すべて、一つにあったものである。
その人の性格により、選択されてゆくのである。
元は、同じもの。

ただ、経典として、一環して、流れているのは、法華経である。
聖徳太子の時から、法華経に対しては、すべての、僧が、それを、真っ当な経典として、受け入れている。

壮大な物語であるから、何とでも、解釈の仕様がある。
そして、今に至るまで、それは、変わらない。
日蓮のように、法華経のみを、取り上げなくても、皆々、法華経に関しての、思索が多いのである。

大乗経典の、代表作である。

面白いのは、鎌倉仏教は、選択して、一つを、選ぶが、それぞれが、それぞれを、批判するということである。
道元は、念仏を、畑で蛙が鳴くようなものと言う。
日蓮は、念仏無限地獄、禅は、天魔だという。
すべてを、否定する様、実に幼稚であるが、私も、その仲間のようである。
しかし、私と、日蓮の違いは、信仰するものを、私は提示しない。これのみで、救われると言わない。
まして、宗祖などにはならない。
宗教というものを、作る、お馬鹿な真似はしないのである。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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