2008年06月15日

もののあわれ215

文散らしけりと聞きて、「ありし文ども取り集めておこせずは、返り事書かし」と、言葉にてのみいひやりたれば、みなおこすとて、いみじく怨じたりければ、正月十日ばかりのことなりけり

閉ぢたりし 上の薄氷 解けながら さは絶えねとや 山の下水

私の文を、人に見せたというので、「すべての、文を返してください」といった。使いの者に、口上で述べさせると、皆返すとは、絶交なのだと、怨む言葉を言う、正月十日あたりの頃

氷で、閉ざされていた、谷川の薄氷が、解けるように、打ち解けましたのに、山川の流れが、絶えるように、これで、仲が切れればいいと、言うのですね。

解けながら、とは、結婚した仲であろうと、想像する。
そんな中で、手紙を人に見せたことに、返してとは、言うが、絶交するということではないと、夫の怒りを、なだめるという、少し、複雑な心境である。

彼女の、文が、名文なのだろう。きっと、自慢したかったのかもしれないと、憶測するが。

夫婦で、文を交換するという、関係である。
当時の、結婚観を見る。

すかされて、いと暗うなりたるに、おこせたる

東風に 解くるばかりを 底見せる 石間の水は 絶えば絶えなむ
こちかぜに とくるばかりを そこみせる いしまのみずは たえばたえなむ

すかされて
私の歌になだめられて、大変暗くなってから、歌を贈られた

春の東風に、解けた仲なのに、底の見える浅い石間の流れのように、浅い心のお前との仲が、切れるなら切れるがいい。

東風に解ける
礼記による。正月になると、東風によって、氷が解けるとされた。

石間の水
石と石の間を、流れる水。

男の方が、強い口調である。


「今は物も聞こえじ」と、腹立ちければ、笑ひて、返し

言ひ絶えば さこそは絶えめ なにかその みはらの池を つつみしもせむ

お前には、もう、何も言うまい、と、腹を立てているのを、笑い、返す

もう、文も出さないと、おっしゃるなら、そのように。
どうして、あなたの、腹立ちに、遠慮などするものですか。

今度は、こちらも、強気である。
笑ひて、とは、余裕がある。

みはらの池
腹と、はらを、掛けた。

つつみ、とは、池の堤を、掛けたのである。
遠慮することを言う。

夜中ばかりに、また

たけからぬ 人かずなみは わきかへり みはらの池に 立てどかひなし

夜中に、また、返事かきた。

立派でもなく、人かずの身分でもないが、腹の中では、波が沸き返るように、腹がたつ。
しかし、立てどかひなし、お前には、勝てない。


しかし、喧嘩ばかりしているのではない。
次の歌は、仲睦まじいものである。
桜を瓶に立てて見るに、とりもあへず散りければ、桃の花を見やりて

折りて見れば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなさ 桜惜しまじ

桜を、瓶に挿して、見るが、散ってしまい、次に、桃の花を挿して見る

折って近くで見ていれば、見優りしておくれ、桃の花。散った、桜に未練はありません。


返し

ももといふ 名もあるものを 時の間に 散る桜には 思ひおとさじ

返しには

桃は、百、百年という名をもっている。いくら桜でも、すぐに散るような花。
桜に思いをかけないほうが、いい。

結婚、間もない頃の、やり取りである。

最初の歌は、作者が、桃に、桜を、夫の関係した、女性を言うのであろう。
妻なら、一層良く見える妻でありたい。
人の気持ちを、考えない女など、未練を持たないでしょう、という。
なんとも、微笑ましい。

思ひまぐなき 桜惜しまじ
私の気持ちも、思わず、散ってしまう桜に、未練はない。
つまり、夫に、他の女のことを、未練に思うなと、問い掛けている。

女心である。

夫は、
散る桜には 思ひおとさじ
と、言わせた。
いくら、桜といえど、散ってしまう花より、見落とすことはないよ、桃の花に、ということになり、桃の花は、彼女のことである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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