2008年06月07日

もののあわれ207

末法思想が、もののあわれ、に与えた影響は大きい。

永承七年、1051年から、末法の世に入ると、言われた。
仏陀滅後、正法が、保たれ、続いて、像法の時代が来て、仏法は衰退し、末法の時代に入ると、人心荒廃して、修行をしても、徴しなく、つまり、仏法が消滅すると言われる。

それは、藤原の衰退期に、合う。だが、政治的なことではない。
一つの観念に、覆われると、見るもの、そのように、見えるのである。

一つの信仰の、危機意識を促すものであろうと、思うが、末法思想は、人々を、抑鬱に、満ちたものにしたようである。

1999年に、世が終わるという、ノストラダムスの預言のように、扱われたのかもしれない。
暗黒の世が始まる予兆である。

そして、それから、中世へと、時代は移行する。

宿世のあわれから、さすらい、という、心象風景に移行してゆくのである。

ここでは、歴史を、解説するものではないから、省略するが、中世に向かうということでは、まず、藤原の栄華と、衰退、源平合戦、平泉の壊滅、鎌倉幕府の成立、乱世といわれる、時代を抜けてきたのである。が、続く時代も、また、乱世である。

もののあわれ、というものの、推移を歌道でみると、藤原俊成、そして、西行に代表されると、思われる。
新古今と、山花集である。

女房文学は、姿を消す。だが、その美意識を、歌道は、受け継ぐ。そして、もののあわれ、というものも、受け継がれる。

末法思想により、人々は、更に、阿弥陀の本願にすがるしかないという、気持ちになっていった。
念仏の救いを、信じて、またそれは、自らが、どうすることも出来ない、救いというものを、阿弥陀の本願を信じるということで、解決するというふうに。
一般の人々には、それ以外の方法が無いのである。

他力信仰の誕生である。
それが、法然、親鸞に受け継がれて、絶対他力と、呼ばれるようになる。

源信の場合は、まだ、自力の要素があったが、法然になると、「疑いながらも念仏すれば、救われる」そして、親鸞になると、念仏申さんと、欲する時、すでに、弥陀の救いの中にあるという、妄想が生まれる。

信仰の内面性というが、また、思索の深さと言うが、妄想である。

救われがたい者という意識が、ただ、念仏によってしか、救われないという、境地に達する。

末法は、人の心を、鬱々とさせたといえる。

彼らは、もののあわれ、というものを、抱く大和心に、更に、進んで、あわれ、と儚さ、そして、たゆたいと、さすらう、人の心に、入り込んだ信仰を、創造した。

だが、歌道は、それでも、もののあわれ、というものを、見つめ続けていた。決して、念仏に、すべてを、委ねることはしない。
出家した、西行も、僧形を、取ったが、歌を詠む心は、大和心である。

この、仏教における、末法思想の只中で、新古今集、そして、西行の歌が輝く。

だが、私は、和泉式部日記から、一足飛びに、そこには、行かない。

源氏物語の、作者である、紫式部の歌を、読み、もう少し、もののあわれ、というものの、心象風景を、深めたい。
もののあわれ、における、美意識というものも、そこにはある。
物語は、語られるが、歌は、あまり知られていないゆえに、取り上げることにする。

そして、源氏物語に、入ってゆく。
そこに、もののあわれ、というものの、一つの定義が、示される。
そこから、更に、進んで、新古今と、山花集を、読む。

中世から、戦国時代に至る道は、また、人々の心を、抑鬱とさせる、時代であり、時代性といえる。

紛争、戦争の地では、多くの人が、抑鬱反応を、示すことを、知らない。
アフガンや、イラクなどでは、不眠や、抑鬱で、精神不安の人が多い。
一つの精神安定剤、睡眠薬、睡眠導入剤があれば、救われる人がいるということは、知られていない。

乱世は、また、抑鬱の時代である。
うつ病は、今にはじまったことではない。
平安期の、退廃した貴族社会の、抑鬱から、乱世の中に生きる人々の抑鬱は、薬のなかった時代、何かにすがるという意味では、念仏の効果は、大きかったと、思える。

そんな中でも、美意識としての、もののあわれ、というものを、見つめ続けた人もいるのである。

日本人の精神が、もののあわれ、というものに、貫かれていたといえる。
その、時代性、時代精神に、合わせて、もののあわれ、というものは、表現された。

華やかな、江戸元禄でも、もののあわれ、という心象風景は、表現された。

室町期は、現在言われる、日本の伝統文化誕生の時代であるが、そこでも、また、もののあわれ、というものが、表現された。
能、茶の湯、いけばな、等々によってである。

戦乱の世、戦国時代でさえ、安土桃山として、もののあわれ、は表現された。

そして、江戸太平の世でも。
更に、明治維新による、世でも。

日本人は、絶えず、もののあわれ、という、心象風景を、持ち続けた民族である。

取り急ぎ、精神的時代背景を、眺めて、みた。

歌の世界では、短歌、俳句という、定型に行き着き、そして、不定形な、短文の歌が、登場した。
山頭火や、尾崎方哉である。
その、心に、一にして、通じているものは、もののあわれ、というものである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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