2008年06月05日

もののあわれ205

空海における、もののあわれ、というものの、感覚は、如何なるものだったのかと、考える。

創造者としての、空海は、大和心というものも、自身の信仰形態の中に、取り入れた。
その一つは、「和歌はこれ陀羅尼なり。唯だ心の動くところらしたがって陀羅尼を詠ず。これ阿字の本分なり」という。
陀羅尼は、真言の、極めであり、呪術である。

漢語にも、日本語にも、訳すことが、出来ない、梵語の呪である。
阿という字は、梵語の根源といわれ、一切の文字の母とされる。
和歌が、阿字の、本分というところに、空海は、落ち着いた。

言霊の和歌である。
つまり、神ながら、という、世界である。
この、大和心との、統一を、空海は目指した。
実は、空海は、神道も、自身の宗教体系に、取り入れたいという、欲求があり、神道修行もしている。
仏道宗教だけでない。雑修と、言われる。
修験道などは、それである。

神仏混合と、言われる。
だが、それは、便宜上のものであり、神の道は、神の道であり、仏の道は、仏の道である。
いずれ、本地垂迹という、考え方が生まれるのだが。
神は、仏の化身であるというものである。

大日如来と、天照大神を、結びつける。

そして、もう一つの、空海の、もののあわれ、に関する言葉である。
能く迷い能く悟る よくまよい よくさとる
これは、大和言葉の、たゆたい、である。

大和言葉の、言霊を、自身の語密に、結びつけた。

密教の、実践は、祈祷と、修法である。
そして、修法とは、印実を結ぶという、指で様々な形を、表すものであり、真言を唱え、三昧の境地に没入するということである。
これで、成仏という、境地に達するという、空海の、オリジナルである。
その、是非は、今は、問わない。

仏という、強烈な、印象を持った対象を、描いて、それに、成りきろうとする。実は、仏とは、誰も知らない、存在である。
それを、このようであると、断定した。
それは、後の、浄土教の考え方にもある。
仏になれない、この身であれば、弥陀の本願に頼るという、他力である。

いずれにせよ、時代性を、反映する。

空海に、おける、もののあわれ、というものは、その野心に、隠されて、中々理解しずらいものがあるが、和歌を、真言といい、よく迷いよく悟る、などという、言葉には、大和心を無視できなかったのである。

大和心と、断絶したものではないと、言いたかったのであろう。

前回も、言ったが、空海は、天才である。
その創造力は、他を圧する。
宗教的天才というより、芸術的天才と、私は、思う。
曼荼羅の中に、すべての、存在を認めた。

だが、ここで、一つだけ、空海は、付け加えて、体系を作るが、大和心は、削り取って、ゆくという、相違がある。

空海の、密教は、インドバラモンの、行法に、大和心を、加えたものである。
そういう意味では、新である。
彼は、独自の宗教体系を、創造したのである。

平安初期の画期的な、言動であったが、それは、奈良仏教に対しても、揺るがないほどである。
以後の、宗派にも、その芸術美術的装飾の影響を、与え続けた。

当時の人に与えた、影響は、計り知れない。

それでは、和歌を、真言と言う空海の、密教に、和歌の世界は、影響を受けたのだろうか。
もののあわれ、という、情感と、心象風景に、影響を、与えたのかといえば、無い。
和歌は、その姿を、変えずに、別の道に進むのである。

決して、空海の、密教により、和歌は、変質も、変節もしなかった。
もののあわれ、は、厳然として、揺るがない。

たゆたう心も、それを、よく迷い、よく悟りと、言うが、変わらないのである。矢張り、たゆたう、のである。

更に、空海の行為行動にある、無限定とも思えるものも、もののあわれ、という、心象風景には、適わないのである。

もののあわれ、は、何一つも、曼荼羅のようなものを、作ることがなかった。
一筋に、心の、あわれの様である。
描くことも、秘密にして、語ることも出来ないものであった。

平安期の、女房たちが、心を寄せたのは、浄土の、教えの方だった。
当然である。
弥陀の本願に、すがるという、あわれ、というものを、更に深めた、浄土思想に、曳かれた。
たゆたう心に、憧れという、心象風景を、与えたのである。

浄土への、あこがれ、は、新しい、情緒、新しい、心象風景だった。

浄土信仰の、静かさを、好んだといえる。
空海の、信仰は、男に許されるものであり、女の世界ではなかった。しかし、浄土思想は、女房だけを、取り込んだのではない。
多くの、貴族、武士までも、取り込んだ。

あこがれ、という、心象風景は、時代性であった。

もののあわれにある、たゆたう心と、儚き心に、あこがれ、という、情緒が、生まれた。

加持祈祷より、念仏を申すことの方に、心の安らぎを得たのである。

それが、和泉式部の歌
暗きより 暗き道にぞ 入りむべき 遥かに照らせ 山の端の月
と、なる。
山の端の月とは、仏の慈悲である。

空海の行動力は、国家を相手のものである。
東寺を任せられた空海は、自由自在に、その野心を、満足せしめたであろう。
その、著作は、空海の創造の野心に、満ち溢れている。

ちなみに、密教とは、既成仏教の中では、一宗と、名乗るほどのものではなかった。一つの、呪術部門であった。
中国、唐が、そうである。
しかし、空海は、一宗とし、更に、他の宗派の上に、置いたのである。
それが、十住心論をもって、体系化された。
他宗と、対等ではなく、他宗の行き着くべき、最高の段階としたのである。
ここに、空海の野心がある。

東寺を、頂いた時に、他宗の僧を、拒んだのも、今までにないことだった。
宗派間では、自由に行き来して、学ぶことが出来たが、空海から、それを、廃止した。
独立性という、凄みである。

バラモンの、呪術を、ここまでに高めた人物は、いない。
空海の真言密教を、信仰し、解説、解釈する人はいるが、空海の密教に、更に、何かを加えて、新なるものを、創造する者は、今だかって、現れない。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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