2008年06月01日

もののあわれ201

宮入らせたまふとて、しばしこなたの格子はあげず。おそろしとにはあらねどむつかしければ、宮「今から北の方にわたしたてまつらむ。ここには近ければゆかしげなし」とのたまはすれば、おろしこめてみそかに聞けば、宮「昼は人々、院の殿上人など参りあつまりて、いかにぞかくてはありぬべしや。近劣りいかにせむと思ふこそ苦しけれ」とのたまはすれば、女「それをなむ思ひたまふる」と聞こえさすれば、笑はせたまひて、宮「まめやかには、夜などあなたにあらむ折は用意したまへ。けしからぬものなどはのぞきもする。今しばしあらば、かの宣旨のある方にもおはしておはせ。おぼろげにてあなたは人もより来ず。そこにも」などのたまはせて、二日ばかりありて北の対にわたらせたまふべければ、人々もおどろきて上に聞こゆれば、北の方「かかることなくてだにあやしかりつるを、なにのかたき人にもあらず。かく」とのたまはせて、「わざとおぼせばこそ忍びていておはしたらめ」とおぼするに、心づきなくて、例よりもものむつかしげにおぼすれば、いとほしくて、しばしは内に入らせたまはで、人の言ふことも聞きにしく、人の気色もいとほしうて、こなたにおはします。


宮様が、この部屋にお出でになりますので、しばらく、部屋の格子は、上げずにいました。
恐ろしいわけでは、ありませんが、気が引けます。
宮様が、「すぐに、北の部屋に、移して上げましょう。ここでは、外に近くて、奥ゆかしさがありません」と、仰せになりました。
格子を、下ろして、密かに聞きました。
「昼は、女房たちや、院の殿上人などが集いますので、どうして、ここには、いられましょうか。また、昼間は、近くで、私を見ますので、がっかりすると思うと、切ないものです」と、仰せになります。
女は「そのことは、私も、心配していました」と申し上げますと、笑って、「私が、夜など、あちらの部屋に行っている時は、用心してください。怪しからぬ者たちは、覗いたりします。いま少ししましたら、あの宣旨の所へでも、行ってごらんなさい。並々のことでは、あららへは、人も近づきません。宣旨の部屋にも」などと、仰せになりました。
二日ほどして、北の対に、女と、お渡りになろうとされますので、女房たちは、驚いて、北の方に、申し上げますと、北の方は「このようなことがなくても、怪しいお振る舞いでしたのに、あの女は、特別に、得がたい女でも、ありません。それなのに、こんな酷いことを」と、考えて、不愉快で、いつもより、不機嫌になりました。
宮様は、気の毒に思えて、しばらくは、北の方の部屋には、入らず、人の噂も、聞くことなく、女の様子が、気がかりですから、女の部屋に、お出でになりました。


北の方「しかじかのことあなるは、などかのたまはせぬ。制しきこゆべきにあらず、いとかう、身の人げなく人笑はれにはづかしかるべきこと」と泣く泣く聞こえたまへば、宮「人使はむからに、御おぼえのなかるべきことかは、御気色あしきにしたがひて、中将などがにくげに思ひたるむつかしさに、かしらなどもけづらせんとてよびたるなり。こなたなどにもめしつかはせたまへかし」など聞こえたまへば、いと心づきなくおはせど、ものものたまはず。


北の方は、「これこれの事が、あったということですが、なぜ、お話になられないのですか。お止め申すこともありません。しかし、このような、人並みのことではなく、物笑いの種になって、恥ずかしゅうございます」と、泣く泣く、申し上げました。
宮様は、「人を、召し使うからには、あなたにも、お心当たりが、あるでしょう。ご機嫌が悪いので、中将など、私を憎らしく思うのも、煩わしく、髪など梳らせようと、あの女を、呼んだのです。こちらでも、お使いください」と、申されますが、北の方は、いたく不愉快に思われましたが、何も言いませんでした。


かくて日ごろふれば、さぶらひつきて、昼なども上にさぶらいて、御ぐしなども参り、よろづにつかはせたまふ。さらに御前もさけさせたまはず、上の御方にわたらせたまふことも、たまさかになりもてゆく。おぼし嘆くことかぎりなし。


このようにして、幾日か、経ちました。
邸の生活にも、慣れ、昼間も、宮様の、お側に仕え、お髪なども梳きまして、宮様も、何くれと無く、お使いになりました。
その上、宮様の前から、女を離れさせることなく、過ぎました。
北の方の、お部屋に渡ることも、稀になりました。
北の方の、お嘆きは、限りもありませんでした。


日記は、終わりに近づく。
最後は、北の方が、出て行くところで、終わる。
しかし、和泉式部の人生は、終わらない。

その後も、和泉式部は、愛する人を失い、その、喪失感と、空虚感に、生きなければならなかった。
そこには、歌のみが、残った。

年かへりて正月一日、院の拝礼に、殿ばら数をつくして参りたまへり。宮もおはしますを見まいらすれば、いと若ううつくしげにて、多くの人にすぐれたまへり。これにつけてもわが身はづかしうおぼゆ。


年の改まった、正月一日、冷泉院の拝礼の儀式に、朝臣たちが、多く集って参上しました。
その中に、宮様も、お出でになるのを、拝見しました。
大変、美しく、多くの人の中でも、すぐれて、おいでになると見ました。
それにつけて、女は、わが身が、気恥ずかしく思われるのでした。


上の御方の女房出でいてもの見るに、まづそれをば見で、女房「この人を見む」と穴をあけさわぐぞ。いとあさましきや。暮れぬれば、ことはてて宮入らせたまひぬ。御おくりに上達部数をつくしていたまひて、御遊びあり。いとをかしきにも、つれづれなりしふる里まづ思ひ出でらる。

北の方づきの、女房が出て見物しますのに、すぐには朝臣たちを見ずに、「この女を、見よう」と言い、障子に穴を開けて、騒ぎます。それは、大変浅ましく、思われました。
日が暮れ、式が終わり、宮様は、邸に、戻られました。
お見送りに、上達部が、大勢揃って来ました。
管弦の遊びがありました。
大変、面白いものです。
かつての、女の家の暮らしが、つれづれなるものであっと、思い出されるのでした。


かくてさぶらふほどに、下衆などのなかにもむつかしきこと言ふを聞こしめして、「かく人のおぼしのたまふべきにもあらず。うたてもあるかな」と心づきなければ、内にも入らせたまふこといと間遠なり。かかるもいとかたはらいたくおぼゆれば、いかがせむ、ただともかくもしなせたまはむままにしたがひて、さぶらふ。


このように、お仕えしているうちに、召使の間で、不愉快な噂をしているのを、宮様が、お聞きになり「このように、北の方が、女のことを、悪く思われていることを、言うべきではない。疎ましいことだ」と、思われていました。
そのため、北の方の部屋に、入られるのは、稀なことになりました。
女は、このようなことも、心苦しく、北の方が、気の毒に思われました。
どうしたらよいのか、解りません。
しかし、どうすることも出来ずに、ただ今は、兎に角、宮様のされるままに、お仕えすることだと、思いました。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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