2008年05月04日

もののあわれについて199

なにの頼もしきことならねど、つれづれのなぐさめに思ひ立ちつるを、さらにいかにせましなど思ひ乱れて、聞こゆ。


うつつにて 思へば言はむ 方もなし 今宵のことを 夢になさばや

と思ひたまふれど、いかがは」とて、端に



しかばかり 契りしものを さだめなき さは世の常に 思ひなせるとや

くちをしうも」とあれば、御覧じて、宮「まづこれよりとこそ思ひつれ、


うつつとも 思はさせらなむ 寝ぬる夜の 夢に見えつる 憂きことぞそは

思ひなさむと、心みじかや、


ほど知らぬ いのちばかりぞ さだめなき 契りてかはす 住吉の松

あが君や、あらましごとさらにさらに聞こえじ。人やりならぬ、ものわびし」とぞある。


何という、頼みになることは、ありませんが、つれづれの、侘しさを、慰めるために、邸に参ることを、決心しました。
今更に、どうしょうかと、思い乱れますことを、宮様に、申し上げました。


うつつにて おもへばいはむ かたもなし こよいのことを ゆめになさばや

現実の、この身のことを、思うと、悲しみは、言いようもありません。
昨日のことは、夢にしたい気持ちです。と、考えましたが、どうして、夢にできるでしょう。
と、書いて、その端に

しかばかり ちぎりしものを さだめなき さはよのつねに おもひなせとや

忘れがたく、契りましたものを、宮様は、私を残して、出家されてしまわれることは、定めのない、この世の常として、諦めよ、ということなのでしょうか。

口惜しく、思います。と、書き添えました。
宮様は、「まず、私の方から、お手紙を、差し上げようと思っていました。


うつつとも おもはざらなむ いぬるよの ゆめにみえつる うきことぞそは

現実のことと、思わないでください。共寝をした、夜の夢に浮かんだ、憂きことの、出来事なのです。

無常な、世の中のことと、思われるのでしょうか。短気なことです。

ほどしらぬ いのちばかりぞ さだめなき ちぎりてかはす すみよしのまつ

寿命の解らないのは、命ばかりで、不安定です。
しかし、契った仲は、住吉の松のように、幾代を経ても、変わりません。
愛する君よ。
あの話は、二度と、しません。
自分から、出家のことなど、話して、切なく思います。
と、便りを、されました。

我見ても 久しくなりぬ 住吉の 岸の姫松 いく世経ぬらむ
古今集 読み人知らず より


女はそののち、もののみあはれにおぼえ、嘆きのみせらる。とくいそぎ立ちたらましかばと思ふ。昼つ方御文あり、見れば、


あな恋し 今も見てしが 山がつの 垣ほに咲ける やまとなでしこ

女「あな物狂し」と言はれて、


恋しくは 来て見よかし ちはやぶる 神のいさむる 道ならなくに

と聞こえたれば、うち笑ませたまひて御覧ず。このごろは、御経習はせたまひければ、


あふみじは 神のいさめに さはらねど 法のむしろに をればたたぬぞ

御返し、


われさらば 進みてゆかむ 君はただ 法のむしろに ひろむばかりぞ

など聞こえさせ過ぐすに、雪いみじく降りて、ものの枝に降りかかりたるにつけて、


雪降れば 木々の葉も 春ならで おしなべ梅の 花ぞ咲きける

とのたまはせたるに、


梅ははや 咲きにけりとて 折れば散る 花とぞ雪の 降れば見えける

またの日、つとめて


冬の夜の 恋しきことに 日もあはで 衣かたしき 明けぞしにける

御返し「いでや、


冬の夜の 目さへ氷に とぢられて 明かしがたきを 明かしつるかな

など言ふほどに、例のつれづれなぐさめて過ぐすぞ、いとはかなきや。
女は、その後、何を見ても、もののあわれ、を思い、嘆いてばかりいました。
早く、お邸に参ることを、決心し、準備をしていればと、思いました。
その昼頃、宮様から、御文がありました。


あなこいし いまもみてしが やまがつの かきはにさける やまとなでしこ

恋しいものです。今すぐにでも、逢いたい。山里に住む人の、垣根に咲く、大和撫子のように、美しいあなたに。

女は、「ああ、狂おしいほどの気持ちです」と、言われ


こいしくは きてもみよかし ちはやぶる かみのいさむる みちならなくに

そのように、恋しく思われるなら、私を訪ねて来てください。
男女が、逢い合う事は、神様が禁じている道では、ありません。

と、申し上げると、宮様は、にこやかに、微笑み、御覧になられました。
近頃は、お経を、習われていていましたので、


あふみぢは かみのいさめに さはらねど のりのむしろに をればたたぬぞ

逢うことは、神さまが禁じていることでは、ありませんが、今の私は、仏法の席におりますゆえ、お逢いに、行かないのです。

お返事

われさらば すすみてゆかむ きみはただ のりのむしろに ひろむばかりぞ

それでは、私の方から、お逢いするために、行きます。
宮様は、仏法の道を、公布していられれば、いいのです。
などと、申し上げて、日が過ぎました。

雪が降り、木の枝に降りかかりました。
その枝に、御文を、つけて、宮様から、


ゆきふれば きぎのこのはも はるならで おしなべうめの はなぞさきける

雪が降りました。春ではありませんが、まるで、梅の花のように、見えます。

と、御詠みになりましたので、


うめははや さきにけりとて おればちる はなとぞゆきの ふればみえける

梅の花が、もう咲いたかと、思い、手折ってみますと、散ってしまいました。
雪が降るのは、花のように、見えます。

次の日、朝早く、宮様から、


ふゆのよの こいしきことに ひもあはで ころもかたしき あけぞしにける

冬の夜、恋しさに、目を合わせもせず、眠らずにいて、お逢いできない夜の、片袖を敷いて、一人寝をしました。

お返し、「まあまあ」と、


ふゆのよの ひさへこおりに とちせられて あかしがたきを あかしつるかな

冬の夜の、寒さで、一人寝る切なさに、涙で濡れる目が、凍って閉ざされてしまいました。
開けにくい目を、ようやく開けて、明けにくい、冬の夜を、明かしました。

などと、詠んでいますと、いつものように、つれづれの侘しさを、紛らわしているようでしたが、思えば、なんと、儚いことでしょうか。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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