2008年05月03日

もののあわれについて 198

その夜おはしまして、例のものはかなき御物語せさせたまひても、宮「かしこにいてたてまつりてのち、まろがほかにも行き、法師にもなりなどして、見えたてまつらば、本意なくやおぼざれむ」と心細くのたまふに、「いかにおぼしなりぬるにかあらむ。またさようのことも出で来ぬべきにや」と思ふに、いとものあはれにてうち泣かれぬ。


その夜、宮様は、お出でになられ、いつものように、取り留めないお話をなさるにつれ、「邸にお連れした後、私が、他所へ移ったり、法師にでもなりまして、お目にかかれなくなったら、残念でしょう」と、心細く、仰せられます。
「いったい、どうして、そのような気持ちになられるのでしょう。それとも、そのようなことを、なさろうとするのでしょうか」と、思いますと、非常に、あわけに思えて、悲しみ、泣いてしまいました。

いとものあはれにてうち泣かれぬ
この場合は、あはれ、が、身に沁みて、深く心に動揺を与える意味である。

あはれ、の、心象風景である。


みぞれたちたる雨の、のどやかに降るほどなり、いささかまどろまで、この世ならずあはれなることをのたまはせ契る。

みぞれの雨が、静かに降る時でした。
いくらも、まどろむこともなく、この世のことだけではなく、来世のことも、話されて、契りました。


「あはれに、なにごとも聞こしめしうとまぬ御有様なれば、心のほども御覧ぜられむとてこそ思ひも立て、かくては本意のままにもなりぬばかりぞかし」と思ふに悲しくて、ものも聞こえで、つくづくと泣く気色を御覧じて、
宮「なほざりのあらましごとに夜もすがら、とのたまはすれば、
女「落つる涙は雨とこそ降れ、御気色の例よりもかびたることもをのたまはせて、明けぬればおはしましぬ。


あわれに、何事も、聞き入れてくださる、宮様の、ご様子でしたから、私の心の中も、お知りいただきたいと、決心いたしました。
宮様が、出家ならるのでしたら、私は、尼になってしまいましょう」と、思いますと、悲しく、切なく、何も、申し上げられません。
しみじみと、泣きました。
その様子を、見て、宮様は、「取りとめも無い、先の予想を、申しました。夜通し、と、仰せになりました。
女「落ちる涙は、雨のように、降っています。
宮様は、いつもより、頼りないことを、色々と話して、夜が明けますと、邸に、帰って行きました。

ここでの、あはれ、は、宮様の有り様を言う。
つまり、あはれなお方である。それは、情け深い、思いやりのある、等々。
人の心の、機微を言う。

あはれ、なにごとも聞こしめしうとまぬ・・・
あはれに、何事も、聞いて下さる。
うとまぬ
疎く思わないのである。

心の、細やかさ。優しさ。
すべて、あはれ、という。

心の有様、行動すること、所作までも、あはれ、という言葉に、生かされる。

この、あはれ、というものを、日本人は、捜し求めてきた。
そして、今でも、捜し求めているのである。

最もよく、もののあわれ、というもの、知り得る場面は、恋である。
恋愛の、様々な、心模様と、その、所作に、あわれ、というものが、表されるのである。

もの、は、こころ、であった。
こころ、は、あわれ、であった。

もののあわれ、というのは、こころ、が、あわれ、なのである。
人事百般における、日本人の所作と、心にあるものは、もののあわれ、というものに、貫かれてある。人生に、貫かれてあるもの。それで、ある。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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