2008年05月01日

もののあわれについて196

かくのみたえずのたまはすれど、おはしますことはかなし。雨風などいたう降り吹く日しもおとづれたまはねば、「人ずくななる所の風の音をおぼしやらぬなぬりかし」と思ひて、暮れつ方聞こゆ。


霜かれは わびしかりけり 秋風の 吹くには萩の 音づれもしき

と聞こえたれば、かれよりのたまはせける、御文を見れば、
宮「いとおそろしげなる風の音、いかがとあはれになむ。


かれはてて われよりほかに 問ふ人も あらしの風を いかが聞くらむ

思ひやりきこゆるこそいみじけれ」とぞある。


このように、絶えず、御文は、下さいますが、お出でになることは、なかなかありません。
雨や風が、激しく吹く日でさえ、お訪ねくださいませんので、「人の少ない、私の家に、吹く風の音が、わびしくあることを、思いくださいますか」と、思い、夕暮れ時に、お手紙を、差し上げました。


しもがれは わびしかりけり あきかぜの ふくにははぎの おとづれもしき

草葉が、枯れてゆくのは、心寂しいことです。
秋風が、吹く頃は、萩のさやぎも、聞こえて、宮様が、お訪ね下さったことを、思い出します。

と、申し上げますと、お返事がありました。
御文には「激しく、恐ろしいような、風が吹きましたが、その音を、どのように聞いているのかと、しみじみと、思っていたました。


かれはてて われよりほかに とふひとも あらしのかぜを いかがきくらむ

誰からも、忘れられ訪ねる人もいない、あなたは、どのように、この風の音を、聞くのでしょうか。

思うだけで、お訪ねすることが、できないのが、切ないことです」とありました。


のたまはせけると見るもをかしくて。所かへたる御物忌にて、忍びたる所におはしますとて、例の車あれば、今はただのたまはせむにしたがひてと思へば、参りぬ。

私を、求めていらっしゃるということが、嬉しゅうございました。
宮様は、方違えのために、別の場所に、人目を、忍んだ所にいられます。
いつものように、車の、お迎えがありました。
今は、何もかにも、仰せのままにと、車に乗り込みました。


心のどかに御物語起き臥し聞こえて、つれづれもまぎるれば、参りなましきに、御物忌過ぎぬれば、例の所に帰りて、今日はつねよりもなごり恋しう思ひ出でられて、わりなくおぼゆれば聞こゆ。


つれづれと 今日数ふれば 年月の 昨日ぞものは 思はざりける

御覧じて、あはれとおぼしめして、宮「ここにも」とて、


思ふこと なくて過ぎにし 一昨日と 昨日と今日に なるよしもがな

と思へど、かひなくなむ。なほおぼしめし立て」とあれど、いとつつましうて、すかすがしうも思ひ立たぬほどは、ただうちながめてのみ明かし暮らす。


心のんびりと、起きても寝ても、物語をしまして、つれづれの侘しさも、まぎれることでした。いっそ、宮様の、お邸に、参ろうとか、思いましたが、宮様は、物忌が、明けましたので、住み慣れた我が家に、戻りました。
その日は、いつもより、宮様が、恋しくて、名残尽きない気持ちでしたので、歌を詠みました。


つれづれと きょうかぞふれば としつきの きのうぞものは おもはざりける

つれづれのままに、今日は、お逢いした年月を、数えてみました。
昨日だけは、なんと、物思いの、満たされた日でしたでしょう。

宮様は、歌を御覧になり、いじらしい女と、思われ、「私も同じ思いです」とお書きになり、


おもふこと なくてすぎにし おととひと きのうときょうに なるよしもがな

なんの思いもなく、過ぎた日は、一昨日と昨日でしだか、その満たされた思いは、今日になって、無くなることは、ないでしょう。

と、思うのですが、どうすることも、できません。
私の邸に、来てくださいと、ありましたが、いたく気兼ねがあります。
決心がつくまでは、物思いを、するばかりで、暮らしました。


色々に見えし木の葉も残りなく、空も明こう晴れたるに、やうやう入りはつる日かげの心細く見ゆれば、例の聞こゆ。


なぐさむる 君もありとは 思へども なほ夕暮れは ものぞかなしき

とあれば、


夕暮れは たれもさのみぞ 思はゆる まづ言ふ君ぞ 人にまされる

と思ふこそあはれなれ、ただ今参り来ばや」とあり。またの日のまだつとめて、霜のいと白きに、宮「ただ今のほどはいかが」とあれば、


起きながら 明かせる霜の 朝こそ まされるものは 世になかりけれ

など聞こえかはす。例のあはれなることども書かせたまひて、


われひとり 思ふ思ひは かひもなし おなじ心に 君もあらなむ

御返り


君は君 われはわれとも へだてねば 心心に あらむものかは

かくて、女かぜにや、おどろおどろしうはあらねどなやめば、時々問はせたまふ。


色々に、紅葉して、色づいた木の葉も、残り少なくなり、空も、晴れた日に、静かに沈んでゆく、夕日を見ていました。宮様に、いつものように、申し上げました。


まぐさむる きみもありとは おもへども なほゆうぐれは ものぞかなしき

慰めてくださる、宮様が、おいでですが、やはり、夕暮れは、悲しく思うものです。

と、書かれてありました。


ゆうぐれは たれもさのみぞ おもほゆる まづいふきみぞ ひとにまされる

夕暮れは、誰もが、悲しく思います。それを、誰よりも、先に思うあなたは、一番、悲しいでしょう。

そう思いますと、あなたが、可愛そうです。今すぐにも、伺いたいとの、お返事がありました。


おきながら あかせるしもの あしたこそ まされるものは よになかりけれ

起きたままで、お出でをお待ちして、夜を明かした、霜の朝の風情ほど、世の中に、悲しいものはありません。

などと、お手紙を、交わしました。

宮様は、いつものように、しんみりと書かれ、


われひとり おもふおもひは かひもなし おなじこころなに きみもありなむ

私ひとりで、あなたを、恋い慕うのは、いたし方ありませんが、私と、同じ心で、あなたも、恋い慕ってください。

お返事に


きみはきみ われはわれとも へだてねば こころこころに あらむものかは

あなた、あなたと、私は私と言われる、区別は、しません。二人の心は、別々にありません。

こうしているうちに、女は、風邪を引いたようです。
それほどてもありませんが、気分が勝れません。
宮様は、時々、お見舞いに来ました。


なぐさむる 君もありとは 思へども なほ夕暮れは ものぞかなしき
ものぞかなしき
心が悲しい。
もの、とは、心である。
もののあわれ、とは、心の、あわれ、であること。

日本人は、物にも、心を、観た民族である。
物は、心であった。

ここで、もののあわれ、というもの、心のあわれ、であり、心のあわれ、を、もののあわれ、ということに、漸く至った。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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