2008年03月19日

もののあわれ189

その夜の月のいみじう明かくすみで、ここにもかしこにもながめ明かして、つとめて、例の御文つかわさむとて、宮「童参りたりや」と問はせたまふほどに、女も霜のいと白きにおどろかされてや、


手枕の 袖にも霜は おきてけり 今朝うち見れば 白妙にして

と聞こえたり、ねたう先ぜらぬるとおぼして、宮「つま恋とおき明かしつる霜なれば」とのたまはせつる、今ぞ人参りたれば、御気色あしうて問はせたれば、「とく参らで、いみじういなむめり」とて、取らせたればもて行きて、童「まだこれより聞こえさせたまはざりけるさきに召しけるを、今まで参らずとてさいなむ」とて、御文取り出でたり。宮「よべの月はいみじかりしものかな」とて、


寝ぬる夜の 月は見るやと 今朝はしも おきいて待てど 問ふ人もなし

げに、かれよりまづのたまひけるなめりと見るもをかし。


その夜の月は、大変、澄んでいて、女も、宮様も、眺め明かして夜を過ごしました。
その翌朝、宮様は、御文を使わそうと、「童は来ているか」と、おたずねになりました。その時、女も、霜が降りているのを、目覚めてみました。


たまくらの そでにもしもは おきてけり けさうちみれば しろたえにして

私の、手枕の袖にも、夜を起きていましたので、涙が、霜になっておりました。
今朝見ますと、真っ白です。

と、申し上げました。宮様は、女に先を越されて、悔しいと思われ
妻と思います、あなたが、起き明かした夜の霜ですから、真っ白になったのでしょう。
と、仰せになります。
そこへ、やっと、童が、参りました。宮様は、機嫌悪く、詰問しました。
すると、童は「早く、参上しなかったので、責められるらしい」と思い、御文をわたすと、女の家に持って行き、
「まだこちらから、お歌を差し上げません前に、宮様からお召しがありましたのに、今まで、参上しなかったのは、どうしたのだと、私をお責めになります」と、御文を、取り出しました。
「ゆうべの月は、見事でした」
と、書かれて、


ねぬるよの つきはみるやと けさはしも おきいてまてど とふひともなし

共に、寝た夜の月を、あなたは先夜寝て見ませんでしたか。見ていられるのかと、思い、今朝は、置き通して、待ちましたが、お便りも、ありません。

なるほど、宮様の方から、先に、お歌を、下されたらしいと思うと、嬉しく思いました。



まどろまで 一夜ながめし 月見ると おきながらしも 明かし顔なる

と聞こえて、この童の「いみじうさいなみづる」と言ふがをかしうて、端に


霜の上に 朝日さすめり 今ははや うちとけにたる 気色見せなむ

いみじうわびはべるなり」とあり、宮「今朝したり顔におぼしたりつるも、いとねたし。この童殺してばやとまでなむ。


朝日影 さして消ゆべき 霜なれど うちとけがたき 空の気色ぞ

とあれば、女「殺させたまふべかなるこそ」とて


君は来ず たまたま見ゆる 童をば いけとも今は 言はじと思ふか

と聞こえさせたれば、笑はせたまひて、


ことはりや 今は殺さじ この童 忍びのつまの 言ふことにより

手枕の袖は忘れたまひにけるなめりかし」とあれば


人知れず 心にかけて しのぶるを 忘るとや思ふ 手枕の袖

と聞こえたれば、


もの言はで やみなましかば かけてだに 思ひ出でましや 手枕の袖



まどろまで いとよながめし つきみると おきながらしも あかしかおなる

少しの間も、私は、まどろまずに、月を眺めていました。
その月を、起き明かして、御覧になったような、お顔をしておいでです。
本当でしょうか。

と、申し上げて、使いの童が、「いたく、責められました」というのが、おもしろく、紙の端に


しものうえに あさひさすめり いまははや うちとけにたる けしきみせなむ

霜の上に、朝日が射しているようです。
霜の解けるように、ご機嫌も、よくなられて、打ち解けた、ご様子を、お見せしてやってください。

童は、いたく、しおれています、と、書きました。
宮様からは、「今朝は、あなたが、いかにも、得意になっているのが、口惜しいく、この童を、殺してやりたいと、思っていたのですが。


あさひかげ さしてきゆべき しもなれど うちとけがたき そらのけしきぞ

朝の、日差しがあって、消える霜ですが、中々消えそうにない、空の気色です。
私の怒りは、消えません。

と、書かれてありました。
女は、「殺しになる、おつもりとは」と、思い、


きみはこず たまたまみゆる らわべをば いけともいまは いはじとおもふか

時々に、文の使いをする、童を、生かしておいて、文の使いをせよとも、もはや、仰せでありませんか。

と、申しますと、宮様は、笑って


ことはりや いまはころさじ このわらべ しのびのつまの いふことにより

そうです。この童は、もう、殺しません。
忍びの妻の、言うように。

手枕のことは、お忘れになりましたか。
と、書かれてありましたので、


ひとしれず こころにかけて しのぶるを わするとやおもふ たまくらのそで

人知れず、心にとめて、忍ぶことを、あの、忘れがたい、手枕の袖を、忘れたと、思われるのでしょうか。

と、申し上げますと、


ものいはで やみなましかば かけてだに おもひいでましや たまくらのそで

私が、言わずに過ごしていましたら、あなたは、手枕の袖のことなど、思い出しも、しないでしょう。


当時の、文のやり取りの様を、見るものである。

宮は、女を、妻と、呼ぶ。
妻は、愛する人。愛人。
契った相手。

妻も、夫も、ツマという。

忍ぶ妻、ともいう。
隠し妻。隠し恋人である。

当時、二人の関係は、大変な噂になっていた。

それと、共に、二人の関係は、次第に、燃え上がる恋に、身を任せるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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