2007年10月20日

もののあわれ102

熊凝の為に其の志を述ぶる歌六首並びに序
くまごりのために そのこころざしをのべる うたろくしゅ ならびにじょ

今度は、序を省略して、歌を読む。

長歌
うち日さす 宮に上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ 国の奥処を
百重山 越えて過ぎ行き 何時しかも 京師を見むと 思ひつつ 語らひをれど
おのが身し いたはしければ 玉鉾の 道の隈廻に 草手折り 紫取り敷きて
床じもの うちこい伏して 思ひつつ 嘆き臥せらく 国にあらば 父とり看まし
家にあらば 母とり看まし 世の中は かくのみならし 犬じもの 道に臥してや
命過ぎなぬ

うち日さす
京、宮中、皇居、都の、枕詞。

たらちしや
たらちねに同じ。母にかかる枕詞。

常知らぬ
日ごろは、まるで知らない。未知なる意味。

国の奥処 くにもおくか
奥処は、奥深く入った処。

百重山 ももへやま
山の名ではなく、山また山と、幾重にも重なる山々の意味。

いたはしければ
労しいで、労すること。ここでは、病に侵されて大儀であるという。

道の隈廻に みちのくまみに
道の曲がる奥の隅の意味。

床じもの
寝床のようにして、の、意味。

世の中は かくのみならし
世の中とは、こうしたものなのであろうか、という意味。

犬じもの 道に伏してや
犬のように道に倒れて伏す。

命過ぎなぬ
命を終えることであろうか。

都に上がるのだと、これまで一度も離れたことのない、母の元を離れて、見知らぬ国々、そして、山々を分け入り、一時も早く、都の有様を見たいと、同行の者と語り合うのだが、なんとしても、この身が大儀であるあまり、道の隅に、草草を手折り、敷きつめて、それを寝床にして、まろび伏すのである。
ここが、国であれば、父が看取り、家であれば、母が看取ってくれる。
ああ、世の中とは、このようなものなのだろう。
犬のように、道端に倒れて、この命を終わるのであろう。

憶良が、熊凝の死を、憐れみ、代わりに歌を作るのである。
この歌は、端的に、熊凝の死に託して、自分の鬱積を晴らすようである。

序文の方が、立派で、歌のほうは、散漫である。

漢文の序に力を注ぎ、長歌は、散漫になるという。
憶良は、唐文学、漢詩に影響を受けている。または、その知識が、何かを邪魔する。

要するに、遣唐使として唐に学んだ自分に酔うのである。
しかし、それが、上面のものであることが、歌を見れば解る。

だが、ここに、万葉の時代から、平安へと向かう、時代の苦悩を観るのである。
飛鳥、奈良から、天平へ。そして、平安に向かう人の様を観るのである。

奈良時代後期の、天平人の惑いである。

反歌
たらちしの 母が目見ずて おほほしく いづち向きてか 吾が別るらむ

母に、一度も会うことなく、鬱々としておぼつかないままに、どちらを向いて別れようとしているのだろうか。

常知らぬ 道の長手を くれくれと 如何にか行かむ 糧米はなしに
つねしらぬ みちのながてを くれくれと いかにかゆかむ かりてはなしに

はじめて辿る、見知らぬ冥土への長い道。そこを、どんな思いで、歩いていったら、よいのか。

くれくれと
心暗く、とぼとぼという意味。

糧米
食料の意味。

万葉初期の生命感覚は、命は、霊であった。しかし、憶良になると、それは、肉体の存続である。故に、死は絶望である。
あの、お隠れになるという、感覚を忘れた。
勿論、中国思想のものである。

反歌には、情を感じるが、それでも、あまりに現実的な歌に、驚く。
死に行くのに、食料を心配するのである。
糧米はなしに
何と言う、現実感覚であろう。
暗い思いに、沈んで、どのようにして行くのか、食料も無しに。と歌う。

万葉初期の生命感覚であれば、如何にか行かむ 雲隠りなむ のようになるはずである。

それが、食べ物も無くとは、如何なる衰弱か。

勿論、あからさまに、現実を歌い上げるという姿勢は、評価する。そして、自分の境遇というものに、すべての価値基準を置くということも。

しかし、万葉初期は、作為は無い。
作為があっての、天真爛漫ではない。

憶良を、続ける。



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