2007年10月16日

もののあわれについて130

序の最後は、選者としての感慨である。

それ まこらことばは 春の花にほひ少なくして むなしき名のみ 秋の夜のながきをかこてれば かつは人の耳におそり かつは歌の心に恥ぢ思へど たなびく雲の立ち居 鳴く鹿の起き伏しは 貫之らが この世に同じく生まれて この事の時に会へるをなむ喜びぬる

まくらことばは
歌全体をいう。
和歌とは、やまとうた、である。
つまり、片歌、短歌、長歌、旋頭歌、仏足石歌である。
和歌が、短歌として、狭く捉えられるようになったのは、古今からである。

選者たちは、虚名ばかり高く、世間の人の聞こえを気にする。
歌に対して、恐れたり、恥ずかしく思うが、この歌の数々に会い、勅撰集に巡り会ったことを、喜んでいる。

つまり、和歌衰退の時に、復興させるという意欲である。

万葉最後の歌から、150年を経ている。
和歌が軽んじられて、漢詩全盛である。
もはや、和歌は、絶たれたのかと思われた時に、勅撰集の命である。その感動を言う。

人麻呂なくなりにたれど 歌のこととどまれるかな たとひ 時移り 事去り 楽しび悲しび行きかふとも この歌の文字あるをや 青柳の糸絶えず 松の葉の散りうせずして まさきのかづら 長く伝わり 鳥の跡久しくとどまれらば 歌のさまを知り 事の心を得たらむ人は 大空の月を見るがごとくに いにしへを仰ぎて 今を恋ひざらめかも

人麻呂は、亡くなったが、歌のことは、無くならない。どれほど、時が経ち、時代が変化しても、この歌は、散り失せることなく、この時代を思い出してくれる。大空の月を仰ぐように、この時代の歌を仰ぎ見るだろう。

八世紀後半から、九世紀全般は、唐一色の形相である。
唐物を取り入れるに、我を忘れたような状態である。

唐の文化によって、一時中断させられたようである。
それが、万葉からの断絶である。

神代の感覚が失せて、人間の時代が、否応無く、始まっていたのである。

現代に続く、生命力の衰退である。

古今集成立から、和歌の歴史は、明治四十年代まで、古今、新古今に従った。
今、和歌の歴史を古今から始める人はいない。しかし、明治期まで、和歌の歴史は、古今からであった。

明治四十年代から、昭和にかけて、万葉集が息を吹き返したのである。
長い間、人は、万葉集を知らなかったのである。
あまりに不思議で、言葉が無い。

古今伝授という、奥義伝などが、真っ当に行われていたということで、驚く。

古今は、三つに別けられる。
読み人知らず、六歌仙時代、選者の歌である。

幸いなことに、読み人知らずに、万葉の息吹が残る。
150年の空白を埋めるが如くである。

しかし、古今にばかり、目を取られては、曇る。
同じ時代にある、他の歌を見ることで、全貌が解る。
例えば、神楽歌、催馬楽さいばら、風俗歌、民謡である。
万葉と、古今を埋めるものとして、参考になる。

しかし、私は、もののあわれについて、を書く。先に進む。

もののあわれ、が、古今に至り、どのように、変容してゆくのか。
そして、今に至るまでの、もののあわれ、についてを、私は、紐解くのである。

しかし、その本質は、一点の揺らぎも無い。

江戸時代の本居宣長が、見定めた、もののあわれ、というものを、私は、この、平成に、再び、その面目を立たせるのである。
いずれ、源氏物語にも、触れることになる。




posted by 天山 at 00:00| Comment(0) | もののあわれ第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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