2007年10月15日

もののあわれについて129

かかるに 今 すめらぎの天の下しろしめすこと 四つの時 九かへりになむなりぬる
あまねき御うつくしみの波 八州のほかまで流れ 広き御恵みの陰 筑波山のふもとよりもしげく おはしまして よろづの政を聞こしめすいとま もろもろのことを捨てたまはぬあまりに いにしへのことをも忘れじ ふりにしことをも興したまふとて 今もみそなはし 後の世にも伝はれとて 延喜五年四月十八日に 大内記紀友則 御書所預紀貫之 前甲甲斐少目凡河内身恒 右衛門府生壬生忠岑らに仰せられて 万葉集に入らぬ古き歌 自らのをも奉らしめたまひてなむ

前段は、後醍醐天皇の九年に渡る政を言う。
天皇の慈愛が、国の至るところ、筑波山の麓の木陰よりも繁くあると言う。
更に、政治の他にも、心をかけて、古き良きものを、残そうと、四名の者に、万葉集に入らぬ歌と、それぞれの歌を残せよとの、御言葉をい頂いたのである。

四つの時 九かへり
四つの時とは、春夏秋冬のこと。それが、九回繰り返される、つまり、九年である。

筑波山のふもとよりもしげく
古今の東歌より引いた表現。
筑波嶺の この面かの面に 陰はあれど 君がみ陰に ます陰はなし
つくばねの このもかのもに かげはあれど きみがみかげに ますかげはなし

きこしめす
聞く、飲む、食う、政治を行うの、尊敬語。

それが中に 梅をかざすより始めて ほととぎすを聞き もみぢを折り 雪を見るに至るまで また つる・かめにつけて君を思ひ 人をも祝ひ 秋萩・夏草を見て妻を恋ひ 逢坂山に至りてたむけをいのり あるは 春夏秋冬にも入らぬくさぐさの歌をなむ 選ばせたまいける すべて千歌二十巻 名づけて古今和歌集といふ かくこのたび 集め選ばれて 山下の水の絶えず 浜の真砂の数多くつもりぬれば 今は飛鳥川の瀬になるうらみも聞こえず さざれ石のいはほとなるよろこびのみあるべき

春夏秋冬、賀、恋、離別、旅情、その他、もろもろの歌を集めた。

古今とは、古いものと、今のもの。

このように、歌が集められ、選ばれて、その数が積もり、今は、歌が衰えて行く嘆きもない。ますます発展してゆくのである。

さざれ石のいはほとなる、喜びという。
すでに、さざれ石の巌となる言葉が使われていた。
現在の君が代も、この頃から、すでに、口に上っていたということ。
自然発生的に、君が代が出来たともいえるのである。

つる・かめ
祝いの事を言う。
つると、かめは、縁起の良い言葉だった。
その、長寿と、生命力の強さに、寄った。
つるかめと、言葉にするだけで、その祝いを寿ぐのである。

実は、この序を読むと、彼らが、万葉集に関して、無知であることが解る。
人麿、赤人に関しての記述はあるが、後は、無い。
万葉集の後の和歌は無い。すべて、漢詩のみである。
漢詩全盛が続くのである。

紀貫之らは、和歌の正当な位置を獲得するチャンスだと、古今に取り掛かったが、万葉の知識は、断片的である。
さらに、万葉集は、漢字で表記されたゆえに、平安朝で、すでに読みずらく、近づく人がいなかったといえる。
万葉集に、ひらがなの読みを添えたのは、古今成立の半世紀後である。
それを思うと、万葉集が全滅していたかもしれないと思う。
捨てられていた可能性もある。
万葉集が、重要だと思われない時期が、長く続いたのだ。

平安から江戸時代まで、万葉集は、眠れる歌集だった。

万葉振りを歌で表現しようとしたのは、鎌倉時代の実朝一人である。

万葉集が、認められるようになったのは、何と、明治四十年代である。

その、きっかけになったのが、正岡子規の、明治三十一年である。
貫之は下手な歌よみにて、古今集はくだらぬ集に有之候。
万葉集と、実朝を高く評価したのである。
そして、今再び、平成に、私は、万葉集を日本の伝統であると、声高らかに言う。
日本の伝統とは、万葉集である。

万葉集の最後の歌は、759年である。
その後、千二百余年に渡り、眠れる歌集だった。

実は、万葉は、古今とは、断絶していると考えることである。
万葉の引き続きが、古今だと、考えない方がよい。
だが、歌心は、引き継がれている。断絶しているというのは、万葉集としての、すべてを、知っていた訳ではないということ。

そして、万葉の解釈を、学者たちに、任せたら、万葉の姿が、怪しくなる。
万葉は、大和言葉の理解の上で、読むべきなのである。
しかし、学者たちは、大和言葉の、それを知らない。
数霊に支えられる音霊、それによって成る、言霊を知らない者が、万葉を読むことは出来ない。
単なる、解説ならば、いいが、縄文期から伝わる、言霊の有り様を知らなければ、真実は、見えないのである。

万葉後期の歌は、古今に近づくと言ったが、それは、近づくのであり、古今ではない。
万葉は、万葉で、完結している。

万葉で、世界の始まりと、終わりを読むことが出来るという。
つまり、後期を読めば、文明が進んだ先の精神が、見えるのである。

要するに、病んで、抑鬱になるのである。
文明が進むと、病み、抑鬱になること、万葉集で理解できる。

破壊から、再生の道が、万葉集にて、見えるのである。

ただし、私は、それを語ることはしない。
私は、もののあわれ、を、のみ、語る。



posted by 天山 at 00:00| Comment(0) | もののあわれ第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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