2007年10月04日

もののあわれについて117

天平10年21歳の時の歌

もみぢ葉の 過ぎまく惜しみ 思ふどち 遊ぶ今夜は 明けずもあらぬか

紅葉の季節が過ぎようとしている今夜。気の合う者同士が遊ぶ今宵は、いつまでも、夜が明けないで欲しい。

内舎人、うちどねり、に選ばれて、名門の御曹司として、官界に、颯爽と登場した、家持である。

右大臣の、橘諸兄の嫡男から、宴会に招かれた喜びが、溢れるばかりに歌われている。
人生の、一時期に、こういう時期があってよい。
この宴会が、きっかりとなり、大伴氏と、橘氏が、深い結びつきを持つ。しかし、20年後に、橘奈良麻呂を中心にした、藤原滅亡のクーデターを企てて、多くの断罪者を出した。

女性に、大いにモテて、多くの相聞歌を残しているが、好色でなかったことが、幸いした。歌のやり取りで、見事に、性に溺れることなく、過ごしたのである。

性に溺れる。
男は、人生の一時期、性に溺れることがある。
しかし、多くの女と、交わっても、女を知ることがない。
一人の女を知ることで、すべての女性を知ることになるのである。

一夫多妻の風土のあるところでも、性に溺れるということにはならない。
養うということ、それ、一点に尽きる。
多くの女と、交わり、それらを養う時、性に溺れるということはない。
養うことも出来ずに、女遍歴をする男が、哀れである。

家持は、23歳で、初恋の女性、従姉妹の、坂上大嬢、さかのうえのおおいらつめ、と結婚する。

結婚の年、家持は、聖武天皇が伊勢に行幸するのに、伴っている。

伊勢の国に幸しし時、河口の行宮にて作れる歌
いせのくにに みゆきまししとき かわぐちのあんぐうにて つくれるうた

河口の 野辺に蘆りて 夜の歴れば 妹が手本し おもほゆるかも
かわぐちの のべにいほりて よのふれば いもがたもとし おもほゆるかな

伊勢河口の行宮に滞在され、神宮に幣帛を捧げた時の歌である。
行宮の河口の野辺にいおりつつつ、幾夜かたつにつれて、妻を手枕にして寝たことを思い出すのである。

狭残の行宮にて作れる歌
さぎのあんぐうにて つくれるうた

天皇の 行幸のまにま わぎも子が 手枕まかず 月ぞ歴にける
すめらぎの いでましのまにま わぎもこが たまくらまかず つきぞへにける

天皇の行幸に、御伴して、吾妻の手枕を、まくこともなく日が経ってしまった。

不破の行宮にて作れる歌

関なくば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕 まきて宿ましを
せきなくば かえりにだにも うちゆきて いもがてまくら まきてねましを

もし、関がないのであれば、取って返し、愛しい妻の手枕で寝たいものだ。

新婚の喜びを溢れる程に歌う。
しかし、家持の置かれている政界は、泥沼の如くであった。
それに、まだ、気づかない青年の時期である。

この頃、政治の話を書けば、とんでもなく、長くなるので、省略する。

ただ、724年に即位した、聖武天皇は、仏教を持って、国家の格、柱とした。
現在、お盆と言われる行事、盂蘭盆会も、733年から始まる。
国分寺、国分尼寺の創建の詔を発している。
勿論、国家行事としてである。

聖徳太子と、同じように、仏教を政治の格にするために、様々なことを始めるのである。
全国に、造仏、写経を命ずるというようなことも、行うのである。

最後に、天皇を、三宝の奴、とまで、言う。
三宝とは、仏、法、僧である。

仏教に凝ってしまったのである。

また、この天皇は、簡単に都を移るということもしている。

聖徳太子の仏教は、蘇我馬子らとの、円満な政治の有り様を、模索するものだっだか、聖武天皇は、やみくもに、仏教擁護を、推し進めた。
すでに、仏教は、定着し始めて、行基なども、活躍していた。

唯神、かんながら、神の道との、融合も、うまく行われていた。
神仏混合である。

思想的には、本地垂迹などの土台となる。
日本の神は、仏の化身であるというものだ。

霊感の無い者に言わせるとである。

何のことは無い。インドの神々が、日本に続々と上陸するのである。
そして、目をつけた者に、取憑いて、霊域を広げようとする。

そして、日本は、仏教国と言われるようになるのである。
しかし、冷静に考えてみるに、果たして、日本は、仏教国であるのか。
インドからも僧がやって来るが、日本の仏教は、中国からのものであり、中国で、出来上がったものを持っての、仏教である。
まして、耳障りの良い言葉の、大乗仏教である。

新興宗教を見れば解るが、実に、耳障りの良い言葉や、思想を言う。

大半が嘘である。

日本には、仏陀の信仰など無い。あるのは、中国思想に徹底的に侵された仏教思想である。

また、中国思想でも、学ぶに足るものは、老荘思想であり、その他は、単なる世俗の思想であり、ハウツーものである。

世界の三大書物という時、聖書、仏典、コーランと、すべて、妄想の産物である。
単に、多くの人が、信奉しているというだけである。

今、世界の三大書物といえるのは、老荘の思想と、万葉集と、源氏物語である。

ただし、中国の神仙の思想ではない。
中国には、神などない。
化け物のような、仙人思想である。

あれを、有難がるのは、お目出度い。

それでは、日本でも、多く支持される、孔子は、どうか。
孔子は、はっきりと、鬼神を語らずという。
この世の次元のみに、視点を定めているのみ。
孔子の言う、天とは、この世の人の道の先にある、天であり、それは、迷いの道である。
孔子は、迷いを善しとする。

中国思想は、インド思想の、言葉の遊びに準じたものである。

家持の歌を、続ける。



posted by 天山 at 00:00| Comment(0) | もののあわれ第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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