2007年08月23日

相撲

朝青龍は、相撲界追放でよい。
処分の問題以前である。

処分とは、痛みを伴うものである。
彼にとっては、痛くも痒くもない。

痛みとは、生活がかかるということである。
彼は、もう死ぬまで働かなくてもいいだけ、稼いだ。
それも日本の国技で、である。

日本の国技に参加しているという、礼節も無く、無礼極まりない行為を繰り返して、よくぞ、皆々、黙っていたものである。
彼の相撲に、日本の精神の欠片も無いこと、重々見ていた。

あの、人相である。
小ずるい、傲慢な、自己過信の人相である。

強い相撲だろうか。
あれを、強いと言うのだろうか。
私には、下品にしか見えない。

横綱大関には、品格があるものである。

ハメを外すというなら解るが、あれは、彼の本性である。

国技を舐め切っている。

それにしても、外国人を国技に参加させるなら、まず、日本の礼節を教えて、それが駄目ならば、入れないことである。
相撲ファンは、多い。それは、相撲を通して、良き日本の伝統を観るからである。
のこった、という前の、あの所作にある、礼節は、外国人では、理解できないであろう。

相撲協会も落ちたものである。

私は、相撲を見ない。
サヨウナラ、相撲である。
ちなみに言うが、あれって、不健康極まりない。
糖尿病予備軍である。霜降り肉を思い出させる、体躯である。

食べて、確認することは出来ないが、柔らかいーーーと言われる肉付き。
自分で、尻も拭けないような肥え方である。

品格がなければ、見られたものではない。

まあ、一般にスポーツというものは、不健康極まりないものである。
人の作ったルールに体を合わせるというのは、実に、ご苦労である。
スポーツ精神が、健全だと言うのは、まやかしである。

あの体で、健全になれる訳が無い。
どこか、体が、ボロボロになっているのである。
おもしろうて、やがて悲しきスポーツである。

朝青龍は、どこも何とも無い。
ただ、精神が、イカレているのである。

早く、国に返した方が、慈悲深い。

追伸
モンゴル政府が相撲協会に、詫び状を送ったというから、驚く。
その訳は、あの相撲取りの家族、親類が、国営企業を買い取り、国が豊かになっているからである。
それほど、横綱になると、金になる。
勿論、金になっていい。
公金要領の公務員とは違う。
努力と、精進の賜物であろう。

モンゴルは、社会主義の国である。
支配者層と、人民層に分けられる。
あの相撲取りは、支配者層に入ったのである。日本の金で。

余計なことであるが、中国も、日本の金で、今は、日本を凌駕するほどの勢いで、経済成長を遂げている。
勿論、それの恩恵は、支配者層が得ている。
支配者層とは、金を得ることが出来る者である。つまり、世界は、主義を超えて、金になったのである。
インドも日本に支援により、今は高い経済成長である。
しかし、インドも、貧しい人が多い。
日本のボランティアが、そのインドの貧しい人のために、焼け石に水のようなことを、やっている。

経済大国日本では、生活保護の打ち切りで、死んでいる人もいる。
もう一つ、おまけに、食事も抜いて、学業に打ち込んでいる、若者もいることを、知っているか。
あしなが育英会という団体がある。
親を失い、皆の支援によって、学校に行き、生活している若者たちがいる。
貧しいから、食事を抜く。
この今の日本でと、驚くだろうが、いるのである。

実は、私は、密かに彼らに期待している。
彼らのような、苦難、苦労の若者が、いずれ、政治家になり、日本を立て直して欲しいと願っている。
無いということ知る彼らは、無いということの、価値を知る者だからである。

見よ、溢れるほどに、物に恵まれている者の、傲慢と、その怠慢な姿勢を。
無いという価値を知らないゆえに、もう何度も、生まれ変わりしなければならない。それも、無益な生まれ変わりである。

飛躍のし過ぎである。
オシマイ。



posted by 天山 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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