2007年06月23日

沖縄哀歌

私は、沖縄が大好きである。
15年前に、やっと時間を取って、与那国島まで行った。
本島、那覇にも、石垣島にも行った。その後も、那覇に出掛けた。そして、久米島に、一昨年行くことが出来た。
久米島紬を見たかったのだ。

その沖縄で、一部の扇動家たちが、何やら、戦争末期、軍命令で住民が集団自決をしたいということを言い続けている。
軍命令は、虚構であることが、ここ数年で決定的になっているにも関わらず、何故、地元の新聞二紙も含めて、県民感情を煽るのか、理解出来ない。

それは、誤りだったという証拠が、続々と出ているのである。

それでも、兎に角、沖縄は、犠牲になったのだというのだろうか。勿論、沖縄が犠牲になったことは、百も二百も承知している。
県民感情が、内地や、日本軍を恨むという気持ちも理解できる。
しかし、虚構だったことの証拠があるにもかかわらず、何故、それほどまでに、感情を煽るのか。
また、41市町村議会のうち、半数を超える議会が、教科書検定撤回の意見書を採択したという。

理解に苦しむ。

そうではなかったことが、解ったにもかかわらず、何故か。

反軍、反国、反体制を言うのであろうか。
なかったことを、あったことだと教えることが、正しいことなのか。
それでは、歴史の真実を隠すことになるではないか。

兎に角、日本軍が、沖縄を苦しめた。それである。
そうして、この先、どうするというのか。教科書に、嘘を載せて、良かった良かったと言うのであろうか。

よく解った。反日である。
では、反日を行動せよ。そして、日本からの独立を成せ。
心には、琉球の血が滾っているのであろう。
琉球王国を立ち上げるべし。
そして、国として、日本と渡り合えばよい。
単なる、感情的なものではないことを、独立を持って示すことである。

沖縄大好きな私も、理解に苦しむ行動である。

内輪の中で、気勢を上げることなど、子供でもする。

そんな活動をする前に、沖縄の経済を考えるべきだと思うが、無理であろう。
タクシーに乗れば、女は、どうだと言われる。売春を堂々と進める程、金に困っているのだろう。

米軍の基地が無くなれば、沖縄は全滅するほどであろう。
青臭い抗議行動をする前に、若者に仕事を作れ。。。
そして、もっと旨いものを考案せよ。
旅の楽しみは、旨いものを安く食べること。

数日して、今度は、強制自決を見たという人の話が出された。
そして、県議会も、教科書改訂に反対する意見書を提出するという。
「基地があるかぎり、戦争は、終わりません」
確かに、そうである。

沖縄の人は、今も、戦争のイメージの中にいて、戦う。
ただ今の日本人は、まなぬるい平和の中で生活してきた。アメリカの核のお陰で、戦死者を一人も出すことなく、戦後を過ごした。
世界中、至るところで紛争、戦争が行われていても、日本だけは、免れている。
感謝である。

しかし、いつ、事が起こるか知れない。
理想と、現実がかけ離れているのが、日本の平和である。
だが、よく考えてみるに、また、核兵器で、殺されても、しかたがないのだ。また、それを、善しとして、平和を享受しているのである。
死んでも、文句は言えない。

沖縄には、ただただ、頭を下げるのみ。
そして、自決した皆々様の、ご冥福を、心より祈る。




posted by 天山 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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