2007年06月11日

もののあわれについて10 もののあわれについて106

病に沈みて自ら哀しむ文 山上憶良作る
やまいにしずみてみずからかなしむふみ

天平五年の秋、憶良は、74歳で、死去している。
この歌は、その春頃の歌である。

長い漢文である。
これを、現代語訳にして、紹介する。

ひそかに思うに、朝夕、野山に狩猟をするもの、常に、六斎日も、慎むことなく、出会う禽獣は、大小となく、孕めると、孕めないとに、かかわらず、皆殺して食う。そんなことをしている者ですら、何の災害も受けずに、世の中を渡ることが、出来る。
また、昼夜、河海に、漁をする者、漁夫は竹竿をもって、波浪の上で、釣りをし、海女は、腰に篭をつけて、深く海底に潜って獲物を取る。
その者たちすら、なお慶福に恵まれて、終わりを真っ当することが、できる。
まして、自分は、生まれてから今日まで、仏法の教えに従い、進んで修善の心を持ち、かつて、作悪の心を抱いたとこは、ない。
仏、法、僧の、三宝を礼拝し、読経し、懺悔を発露して、一日として、勤めを怠ったことはない。
天地の諸神を敬服して、一夜として、祀りを欠かしたこともない。
しかるに、ああ、何と恥ずかしいことか。
自分が、どんな罪を犯したというので、こんな重い病に苦しめられなければならないのか。
過去に作った罪があるのか。それとも、今現に犯している過ちがあるのか。
思い当たらない。
思い当たる、罪科もないのに、どうして、こんな病に冒されなければならないのか。
病にかかって、すでに、十余年。
この時、年七十四、髪も白髪となり、筋力は、衰え、ただ年老いたばかりではなく、病苦を加えた。
諺に、痛い傷に更に塩を注ぎ、短い木を更に切るとは、このことを言うのであろう。
肢体は、動かず、節々は、皆痛み、体は、重く、百斤の錘を負っているようだ。
布にすがって、立とうとすれば、翼の折れた鳥の如くであり、杖を頼りに、歩こうとすれば、まるで、びっこの、ロバのようである。
日々、野山や河海で、狩猟して、殺生をする、猟師や漁夫たちでも、何の報いを受けず、幸福に世を送っている。いかなる罪科があって、この自分は、しかも老後に及んで、かくも長く、病に、さいなまれなければ、ならないのか。
幼少の頃から、経典を学び、聖賢の書をひもとき、修善の志を抱いて、日夜、神と仏を敬拝して、いささかも、作悪の心を持ったことは無い。
だのに、何故、こんな、酷い目に、遭い続けるのだ。

この身は、すでに俗界に埋もれて久しく、この心も、俗塵に煩わされている。
自分では、気づかない、禍の潜んでいる所、祟りの隠れている所を知ろうと、占いの家や、巫女の家を訪れて、問い尋ねてきた。
そして、本当であるにせよ、嘘であるにせよ、教えられる通りに、幣帛を捧げて、祈祷をしなかったことはない。
しかるに、苦しみは、いよいよ増すばかりで、一向に軽くも、癒えもしないのである。

これから、憶良は、病と言う病を癒したという、中国の、史書や、古典から、その名医を上げる。
ある者は、胸を開いて、心臓を取替え、神薬を投じて、たちまちに、癒した。ある者は、腸をえぐり、病の塊を取り除き、縫って、四、五日で、回復させた。
そんな過去の、名医を憧れても、及ぶところではない。
今、もし、名医、神薬に、めぐり合えたら、この五臓を開き、腹中を、隈なく探して、百病を、取り除きたいと願うのである。

さらに、続ける。

命の元が、すでに尽きて、天が与えた寿を終えるのすら、悲しいのに、まして、寿命が、まだ、半分なのに、病魔に冒されて、病に喘ぐ者の悲しみは、何に例えられようか。
この世にある、大いなる病の、これより、甚だしいものが、あろうか。

次に、憶良は、漢籍の文を引く。

晋の時代、広平の太守であった、徐玄方という者の娘が、十八で死んだ。
その娘の霊が、黄泉の国の指導者に、自分の寿命は、本来は、八十だった。それなのに、この若さで、妖鬼に殺されて、すでに四年と、訴えて、生き返ることが出来たという。
また、仏典によれば、現世にある、人の寿命は、百二十歳だと、教えられる。
それも、更に伸ばすことができるという。
延寿経という、お経には、難達という比丘は、仏に願って、その寿命を、十八年に、延ばすことができたという。
人間の寿命が、百二十であるならば、自分は、その半分を過ぎたにすぎない。
しかし、病魔にとりつかれて、今、その餌食に、なろうとしている。
だから、生録いまだ半ばならずして・・・と、その憂悶を訴えざるをえないのだ。

この漢籍は、すでに、現存していない、ものである。

そして、また、更に、憶良は、続ける。

略説には、こう書いている。
あれこれと、思いを尽くして、自ら励ますべきは、長生のことである。
あらんかぎり、生きながらえるべきであり、死は、極力、避けるべきものだ。
天地の間にあって、最大の徳は、生きているということである。
だからこそ、死んだ人間は、生きている鼠にも、及ばない。
たとえ、王侯であっても、ひとたび呼吸が止まれば、お金を山のように積まれても、誰も、富める人とは、言わない。
威勢は、海のごとく広大であっても、誰も、貴びはしない。
遊仙窟には、こう書いている。
人が死ねば、一銭の価値はないと。
孔子は、教えて言う。
天から受けて、これを変えることができないものは、形である。どんなに嘆願しても、増してもらえないものは、寿命であると。
そこで、生きていることが、どんなに貴く、命というものが、どんなに、大事であるか。
その至極の貴重さは、言葉などで、言い尽くせるものではない。
思いで、計ろうとしても、とうてい、計れるものではない。というのである。

まだ、続く。
一段落して、検証する。

こうして、漢籍をもって、繰言を続けるのである。
妄執であろう。
この、執着心は、尋常ではない。
語り尽くそうとするのである。

憶良を評価する者は、この語り尽くすということにある。
西洋の思想家、中国の思想家、共に語り尽くそうとする。
それは、民族の違いであろう。
単に、現在の日本の学者の、理解の範疇だから、評価される。

そして、他の万葉の歌を、皆、同じようなものであると、断定するという、愚かさである。
つまり、理解出来ないものを、そのように、断定して、安心するのである。

憶良が、万葉集で、異色なのは、この、語り尽くすという行為によってである。

柿本人麿と比べると、よく解る。
この二人は、同世代である。

万葉集の、選者が、憶良を取り入れたことは、実に、意義深い。
比べる対象を、置いたのである。

私は、否定的に、億良を批判している。

この時代に、大和言葉を理解していないのである。
すべて、漢籍の知識によるのである。
その、努力には、感服する。

あれに、こうも書いていた、あれには、こうも書いていた。
誰かに、似る。日本の思想家とか、哲学を教える者たちである。
決して、自分の思想を持つことなく、ただ、誰かの思想を持って、善しとする。

日本には、西洋の学問が、学問であったということが、未だに続けられている。
憶良が、その魁である。

先駆け、魁という。

知識に迷うのである。

それは、更に続く。



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