2007年06月08日

殺されて

殺されて はじめてわかる 自衛権     天山

どうしても、こうしても、殺されたい人間がいるものである。

日米による先制攻撃を、野党、そしてアホな市民が反対する。
集団的自衛権行使と言う。

一度、死んだ方が、マシなのだろう。

日米安全保障条約第5条では、日本領域での日米いずれかへの攻撃に対して、共同防衛が記されている。しかし、これは、主体的に日本が行動して、はじめて機能するのである。

政治家ならば、それくらいのお勉強をしていても、よかろう。

共産、社民は、税金の無駄である。政党と、認める訳にはいいかない。
そして、左派のアホである。

私は、昔、右派、右翼系だと言われた。
私は、言った。
カミだと。
そう、私は上である。右でも左でもない。
私はカミである。

理想的な人間は、右派、左派と同時に働く。
脳が、そうである。
新皮質と旧皮質が働く。
新は、左派であり、旧は、右派である。

そのバランスを取ると、カミ、上になる。

日米による、先制攻撃を「集団的自衛権行使」として反対するという、その根性は、殺されてもいいということであると、理解する。
また、日本が先制攻撃をしなければ、アメリカが動かない場合もある。

北朝鮮は、アメリカとの取引で、日本にミサイルを発射すれば、10分で主要都市に到達する。よくよく考えるべきである。
空論を玩ぶアホが多数いる。
その間に、日本は壊滅する。
危機意識欠如の何物でもない。

矢張り、死んだ方が増しであろう。



posted by 天山 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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