2007年06月08日

もののあわれについて107

次に歌である。

世の中の 術なきものは 年月は 流るる如し とり続き 追ひ来るものは 百種に

迫め寄り来る 少女らが 少女すさびと 唐玉を 手本にまかし よち子らと

手携はりて 遊びけむ 時の盛りを 留みかね 過し遣りつれ なみの腸 か黒き髪に

何時の間か 霜の降りけむ 紅の 面の上に 何処ゆか 皺が来たりし 丈夫の

壮士さびすと 剣太刀 腰に取り佩き 猟弓を 手握り持ちて 赤駒に 倭文鞍うち置き

はひ乗りて 遊び歩きし 世の中や 常にありける 少女らが さ寝す板戸を

おし開き い辿りよりて 真玉手 玉手さし交へ さ寝し夜の いくだもあらねば

手束杖 腰にたがねて か行けば 人に厭はえ かく行けば 人に憎まえ およしをは

かくのみならし たまきはる 命惜しけど せむすべも無し


訳す。
この世は、どうにも手の施しようが無いものであること。まず、年月は流れの如くに去り、後から後から、絶え間なく追いかけてくる、八大の辛苦は、様々な形をとって、迫ってくる。
花のような乙女らが、乙女らしい振る舞いをして、舶来の玉で、手首を飾り、同じ年頃の乙女らと、手を取りあって、遊び戯れた、盛りの時を、そのまま、留めておくことも出来ない。
ミナの腸のようであった、黒髪も、いつの間にか、霜の降りたように、白髪が交じり、紅の面に、皺が刻まれる。
また、逞しい若者が、男らしく振るまい、剣太刀を腰にとり、弓を、しっかりと握って、赤い馬に倭文織りで飾った鞍を置き、颯爽と、打ちまたがって野山を遊び歩いた、華やかな青春の生活は、果たして、常あるものだっただろうか。
乙女たちが、寝ている、部屋の板戸を開けて、辿り寄って、玉の手を差し交わして寝た夜の、まだ、いくばくでもないのに、はやも、手束杖を腰に持ち添える身となり、あちらに行っては、人に、疎まれ、こちらに来ては、人に嫌われる。
年老いたる者は、皆、こうしたことになるのである。
命は、惜しんで、あまりあることだが、詮無いものであることである。

反歌
常盤なす かくしもがもと 思へども 世の事なれば 留みかねつも
ときはなす かくしもがもと おもへども よのことなれば とどみかねつも

常盤。
常盤と堅盤 ときわとかきは
というように、吉の言葉。永久にという意味。

かくしもがもと
そのように、いつまでも若く逞しくという意味。

世の事なれば。
世の中とは、そういうものだ。

永久に、変わることない、巌のように、いつまでも、若くありたいものだと思うが、人の世は、若さも寿命も、変わらずに留めておくことはできない。

老いる苦しみという、観念である。
では、憶良は、観念を心に定めたかといえば、そうではない。
そうであれば、こんな歌を読まない。

ただ、その苦しみに、のた打ち回ったのである。
しかし、僧侶のように、悟り澄ましたようにしていない。それが、いい。

人生、最後まで、この人の世の常の無い状態に、身を置いた。
憶良に、救いは、無かった。

つまり、憶良は、中国思想の仏教の観念に、やられたのである。

無常観という、嘘にである。

無常は、この世のものであるが、無常観という、観念は、人間が、勝手に、持ち出したものである。
仏教の、誤りは大きい。
仏陀ではない。仏教、つまり、大乗仏教の理屈である。それが、誤りである。

老いは、苦しいという観念。
私は、そんなことを思わない。
その観念に、捕らわれないからだ。
前回も、書いた。
日本には、翁になるという、老成の思想がある。
老成とは、希望である。
老いるということが、理想だった。

余計なことを言う。
老いとは、翁になるとは、神に近づく道でもあった。
人と、神の間にある存在となる。
神懸かるのである。

古神道は、そうである。
だから、老人には、特別な、役割があった。
それは、祭司を取り仕切ることである。
翁でなければ、出来ないことだ。

そして、それは、最も、貴い行為であった。

村の、主、オサは、老人である。
主とは、神である。
絶対超越したものを、日本人は神としなかった。
我等に続く者に、神を見出した。

神、カミとは、大和言葉で、分配する者という意味である。
手を、タと呼んだ。今も、手枕、タマクラと読む。

手、タと、手、タを、結ぶもの、それが、たアであり、その集団を、たアまアと呼んだ。
たま、である。たまは、霊とも、魂とも、書く。

驚くべきことである。
タマは、集団のことであり、霊であり、魂であった。

そして、その集団の、主、オサを、カミと、呼び、そのカミが、食料を分配するという、重大な、役目を負うのである。

カミは、分配する者。
これ、日本の真実のカミの姿である。

その、主に、集団は、絶対服従した。命を、そして、女と子供の命を守るためである。

厳しい自然を生きるべくの、これこそ、人間の知恵であった。

これが、日本の神の、奥義である。

故に、日本には、宗教というものは、存在しないのである。
唯一、宗教を必要としない、民族が、日本民族である。
そして、それは、実に、宗教的であった。

神や仏という、対立概念を必要としなかったのである。

憶良の歌によって、それが証明される。
憶良は、最初に、その対立概念に、玩ばれた一人である。
それは、彼の生まれ育ちの環境と、ぴったりと、重なり、嘘の観念に、嵌ったといえる。



posted by 天山 at 00:00| Comment(0) | もののあわれについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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