2007年06月05日

羽田健太郎逝く

羽田健太郎氏が、亡くなった。
心から、ご冥福を祈ります。

残念です。
まだ、これから活躍が期待されたピアニストです。

ロクなピアノ弾きが多い中、実に、ピアニストと言える方でした。
良い人は、早死にします。
死んだほうがいい人が長く生きます。
これ、この世の事実です。

肝細胞ガンだと言いますが、死因は、嫉妬です。
明白です。

人は、人の思いに殺されます。
科学で証明出来ないだけです。

ほとんどピアノ演奏など聴くことが、ありませんが、ある時、耳にして、頷いたピアノの音が、羽田さんの音でした。
これならば、聴けると耳を傾けました。

クラシックのアホ、馬鹿、間抜け、糞ったれにはない、実に良い人柄がピアノの音にも表れていた。
私は、お会いしたことは、ありませんが、伝わります。

私のような素人の耳に合う、ピアノの音は、中々ありません。
あの野蛮な音を、あれ程、豊かに響かせた功績は、大きいと思います。

勿論、喜んでいる人もいるでしょう。亡くなったことを、です。
それが、世の中です。

人気のあるピアノ弾きの音を、感動して聴けるという、その耳の神経は、ただ事ではありません。
日本人の耳には、ピアノの音は強すぎるのです。
弦を、爪弾く音が、日本人の音でした。それが、ピアノは、叩く、叩きつけるのですから、たまったものではありません。
私が、学生の頃、著名だった、数名の物書き屋が、ピアノ演奏会と、ピアノの曲について、云々した、文を書いたのを読み、こうして、ピアノを聴くということを、喧伝していると思いました。
いい気なものです。
ピアノが解る、その音が解るということが、高級で、教養があると思わせる、作戦です。

今ならば、徹底的に戦っていたでしょうが、皆、死んでいません。
残念です。

兎も角、羽田さんが亡くなって、一つのピアノの理解される点が、無くなったと思われます。
再び、ご冥福をお祈りします。
私は、口先だけではありません。
羽田さんのために、祝詞を献上いたします。

羽田健太郎の命に謹んで申す。
祖先の元に、お戻りになること、清き、明き、直き心、大和魂に、魂幸はえませ。
はだけんたろうのみとこに、つつしんで、もうす
みおやのもとに、おもどりになること、きよき、あかき、なおきこころ、おおいなるやわらぎのこころに、たま、ちはえませ



posted by 天山 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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