2007年05月07日

キリスト3

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」
主イエスの第一声である。

神の国、福音、それは、イエス自身のことである。
当時は、ユダヤ教全盛であり、改めて、神の国、福音を言うまでもないことである。
そのシステムは、完全だった。

悔い改めてとは、物騒である。
今更である。皆々、毎日、悔い改めているのだ。
これは、旧約との決別である。しかし、主イエスは、旧約を完成させるためにと言う。
これには、既成の宗教家たちが、猛反発するひこと、必至である。

「時は満ちた」とは、いかなることか。
それは、過去との決別である。今までの宗教的所作からの開放である。そして、新しく生きること。新しい神の姿を主イエスは、皆に提示する。それが、「愛の神」である。
古きものを否定して、新しい価値を置くとは、過去の遺物を守る人からは、総攻撃される。それを、知っての宣言である。
つまり、死を賭けた。

「神の国」とは、何か。それは心の状態、あり方である。その心のあり方を伝えるというのである。
雁字搦めの教義に支配される人は、主イエスの言葉など聞けない。現に今、主エスが現れて説教を始めたら、確実に、キリスト教徒に殺される。

悔い改めとは、いかなることか。
悔いて、改めるのである。何を悔い、何を改めるのであろうか。
聖書解釈では、悪魔のとりことなっていた人間の世界に云々とある。
欧米の思想は、いつも何か、対立したものを置く。理解しやすいのである。神の存在までも、人間と対立させる。彼らは、この対立から逃れられない。実に、単純馬鹿である。
悪魔の支配にあった人間の世界とは、何事か。それでは、キリスト以前は、悪魔の支配に晒されていたということか。
この程度では、主イエスの言葉など理解も出来ないだろう。
善と悪との対立である。
頭の悪いものが考えることである。

それでは、今でも悪魔の支配が続いている。そう、キリスト教団も悪魔の支配により、成っている。さて、どうする。自分たちだけは、神の側にいると思い込んでいるだけである。当時の人と一緒だ。

キリストは、そこからの解放を言う。
今までのユダヤ教の教えに、全面対決を宣言するのである。
これこそ、命懸けの行為である。

しかし、人は愚かである。単にそういう説教では、如何ともし難い。そこで、主イエスは、奇跡を見せる。
これを私は、悲しむ。
奇跡を見せるということは、魔物のすることである。それで今まで、魔物が人々の支配に君臨していた。それを主イエスも行うという悲劇である。
手品を見せなければ信じない、アホ馬鹿間抜けである。

そして、非常に危険なことが書かれてある。
「ときに、汚れた霊につかれた人が会堂にいて、こう叫んだ。「ナザレのイエスよ、わたしたちをどうしょうというのですか。あなたはわたしたちを滅ぼしに来たのですか。わたしは、あなたがどなたであるかを知っています。神の聖なるかたです」イエスが叱って「黙れ、この人から出て行け」と言われると、汚れた霊はその人をけいれんさせ、大声を上げて出て行った」
悪霊に憑かれた者に、あたなは、神の聖なるかたですと、言わせる。
おかしい。実に、おかしい。
これが、真っ当な霊能者に疑問を起こさせるのである。

果たして、主イエスが、悪魔と、どのような取引をしたのであろうかと。
荒れ野で、悪魔との誘惑を退けて、宣教に立つのであるが、聖書に書かれない部分に疑問を持つのである。
書かれたことより、書かれなかった部分を観る。

神と悪魔の対決、善と悪の対決。それを聖書は提示する。そして、神を強調する。
どこか、シナリオが見える。
ぎりぎりのところで、主イエスは、悪魔から出た者ではないかと疑いが出るのである。
悪魔との、やり取りの筋書きである。
聖書学者等々は、それを知らない。知るはずもない。

仏教で言うところの天上界も、魔神の支配にある。
仏教に極楽など無い。魔界につながる霊界というか、霊界と、魔界は、別物であるが、真っ当な霊界は、無いと断定出来る。
インド魔界の支配にある。

旧約の神というのも、複数であることは、常識である。また、旧約の物語は、アフリカの神話から多く出ている。
果たして、旧約の神は、いつから、神と名乗りを上げたのか。
いずれ、追々と書くことにする。

確実に言えることは、主イエスは、死を持って、自分の言葉を成就させた。これが真実である。
悪魔との取引。それが何であったのか。
新約のテーマである。
そして、悪魔の正体とは。

私は、別波動にて、それを解明する。
古神道に関して、悪魔は、手出し出来ないからである。
つまり、やり取りする次元ではない。そして、古神道の霊界が悪魔と言われる存在とは、異質である。悪魔は、古神道の霊界と、コンタクトする何物もない。

兎に角、主イエスは、高らかに、過去との決別を宣言した。
何を「悔い改める」のであろか。



posted by 天山 at 00:00| キリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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