2007年05月05日

キリスト

キリストの絶唱を書く。
何故、書くか。
カトリック、プロテスタント、その聖職者、聖書研究家、神学者、そして、諸々の識者、作家等々のイエスキリストに関する考察を批判する。

誰も、他の物の見方から、主イエスに関して、書くことはなかった。
私は、古神道と、私の霊学から、主イエスの言葉を観る。
なんとなれば、多くの聖書解釈は、教会による教義としての解釈であり、それは、人為的に作られたものである。
真実、主イエスの言葉を理解するというのは、霊感による。
主イエスの言葉を借りれば、聖霊による。

聖霊とは、何か。
誰も明確に出来ないでいる。
父と子と聖霊の、三位一体という妄想は、ただ事ではない。
これを唱えた原始キリスト教の一派が、皇帝と結び、正統として、異端審判を行ったのが、あの中世の歴史である。
その反省もないいまに、未だに、それを正統とする。

三位一体とは、古神道の考え方であり、古神道の中にこそある。
天人地である。天と人と、地により、この世はある。天と地を結ぶ者は、人である。

聖霊とは、何か。
主イエスは、父と子の関係に、聖霊が関与することを言う。
聖霊は、別の働きをする。
三位とは、同じ格であるということである。
実は、神と呼ばれる御方は、聖霊のことである。それは、目に見えることは無い。
父とは、主イエスの指導霊である。
聖霊こそ、神である。
聖霊の元に、父と子がある。
キリスト教教義の誤りが、そこにある。

無批判にして教えを信じるのが、信仰ではない。
信仰とは、迷いである。
地の果てまでも、私の言葉を伝えよと言う主イエスの真意は、どこにあるのか。
「主よ、主よ、と言う者が天の国に入るのではない。父のみ旨を行う者が入る」と言う。父のみ旨とは、聖霊のみ旨である。

そして、聖霊として、総称される霊は、単独ではない。
聖霊とは、宇宙に充満するエネルギーである。
聖霊に対する罪は許されないと、主イエスは言う。当然である。それを否定すれば、我が身を否定することになるのである。

旧約には、神の名が出る。ヤーゥエ、エホバ、しかし、それは、魔神であるから、神の名を妄りに呼ぶなと言う。
主イエスが、一人で祈る時に、語り合ったのは、神といわれるものではなく、預言者たちである。
いずれ、おいおいと、それについては書く。

キリストの絶唱は、今も続いている。
大きくズレたきリストの言葉の解釈による。
ただ今、一番、主イエスに近い者たちは、ゴスペルを歌う黒人たちである。
旧約の神ではなく、主イエスにのみ向いている。正解である。

旧約の神から、ユダヤ教、イスラム教が生まれた。
勿論、キリスト教も、それらを神と定める。
主イエスは、旧約を成就するために来たと言う。つまり、旧約の神の正体を観たのである。
そこからの、独立だった。
嫉妬と裁きの神、律法の神と言われる旧約の神との対決である。
でなければ、あの壮絶な言葉は生まれない。
聖霊の、愛の神を伝道したのである。

しかし、古神道では、愛も慈悲の神とも言わない。
自然と共生、共感することにあり、すべてを抱擁する。
仏陀は、慈悲を掲げた。キリストは、愛を掲げた。
その地域にのっとり、説教を繰り返した。
古神道には、それらは必要なかったのである。

今、キリスト教徒であると思い込んでいる者多数。しかし、主イエスに繋がる者であるかは、別である。
教団という組織のキリストであり、主イエスキリストを信奉するものではない。
そして、その誤りに気づかない。
天国に行くと信じているのであろうが、霊界に天国は無い。
あるのは、キリスト教霊界である。非常にレベルが低い霊界である。
キリスト教の霊性は、その低いレベルの霊的波動を受けるのみ。だから、奇跡のようなことが起こる。奇跡は、低レベルの霊界の仕業である。

そして、その霊界には、主イエスはいない。当然である。

私は、唯一、新約で正統と認める、マルコの福音書を引用する。
ルカ、マタイ、マルコは、共観福音書と言われるが、ルカと、マタイは、マルコの焼き写しである。
そして大切なことは、書かれたものがあるということは、書かれなかったこともあるということである。
それを埋めるためには、聖霊による。つまり、霊感による。

キリスト教で言う、原罪説などは、聖霊に対する冒涜であること、誰も疑問に思わない程、やられているとしか言いようが無い。
原罪とは、人間が生まれるということである。それを原罪とは、聞いて呆れる。
生まれたことを、最大の罪とする教義を二千年来教えているという罪である。
端的に言う。
セックスを罪とする、肉の欲望とする、極めて遺憾である。





posted by 天山 at 00:00| キリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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