2007年05月01日

南極の雪解け

5月15日、米航空宇宙局が、これまで解けることがないとされていた、南極大陸内陸部の積雪が、米カリフォルニア州に匹敵する約41万平方キロメートルという、大規模な範囲で解けていたことの観測結果を発表した。

これほどの大問題が、新聞の小さなコラム記事になっている。

雪解けが起きた一帯の一部では、気温が5度以上に達した地域もあるという。
大変な事態である。

問題は、解けた後に、再び凍った表層面が、滑りやすい状態のまま残り、今後、海水面の急激な上昇につながる大規模な氷の層の移動が起こる可能性もあるという。

これが起これば、ミクロネシアを始めとして、世界全土に海水の上昇を促すことになる。大変なことだ。

生活圏の存続に関わる人々もいる。
現に、海水の上昇で、島が沈む人々が、オーストラリア、ニュージーランドに逃れている。
自然は、待ってくれない。
突然の活動に、どうすることも出来ないのが、人間である。

人間が住まなければ、こんなことにはならないのである。
この奢った人間に、ついに、自然が牙を向くのである。

しかし、それも多くは先進国といわれる国の起こす問題である。
自然破壊など、なんのその。自然を征服して良しとした欧米中心の考え方を、ここで改めるべきである。とはいうものの、日本は、金のために、どんどんと自然を破壊した。
地霊に断りもなく、どんどんと山を切り、川を埋めて平気である。
ほんの一部の人のためにと、山に道路を作る。皆々、金のためである。それも一部の人の金儲けのためにする。

このままでゆくと、地震のみか、大洪水も、いつ起こるか知れない。
私を含めて、多くの人が、都市が水に沈む夢をみている。
予知夢は、いつと特定できないが、必ず起こる。百年後でも、予知夢である。
勿論、都市が水に沈んでもいい。それは、人間が行ったことのツケである。

きっと、もう後戻りは、出来ないだろう。
温暖化防止政策も、遅々として進まない。
それも、無理ないことである。
あの大国は、公害撒き散らしても平気である。しかしそれも、昔日本も、そうであったと思えば、言う言葉が空しくなる。

発展とは、何か。人間とは何か。
一体、人類は、どこへ行こうとしているのだろうか。

普通の生活をしている私でさえ、捨てる物の多いことに驚く。
どうしてこう、捨てる物が多くなるのかと、佇む。出来る限り捨てないでおくと、部屋がゴミ箱のようになる。

果たして、物に心が宿ると、考えた先人たちに、この生活が適うだろうかと思う。
物は物。そして物に溢れる。
心の置き場も無くして、物に溢れているという現状である。
資源を無駄にしたくないと思っても、どうすることも出来ないのである。
本当に、申し訳なく思う。
着れるものなら、5年だって、10年だって、着ればいいと思うが、そんな考え方は、通用しない。

液体のボディーソープが出てから、固形石鹸が捨てられているのを、多々見た。
それが進化なのであろうか。
捨てられてある物を拾って、ベランダを占領している。
これを、有難いと受け取ってくれる人々に持って行く計画である。




posted by 天山 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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