2007年02月11日

もののあわれの言葉の意味合い

もののあわれの言葉の意味合いを深めることにする。
本居宣長は、物のはれも、あはれも同じことだと言う。
言葉は、使われているうちに、自然に転じてゆくものであると宣長は、考える。
「いささか転じたるいひざま」が「物のあはれ」であるとする。
要するに、物のあはれは、あはれで良いとする。
物をつけるのは、「ひろく言ふときに、添えることばなり」だと言う。
宣長は、和歌の歴史に鑑みて、あはれの用例を調査した。
「阿波禮といふ言葉は、さまざまいひかたはかはりたれ共、其意は、みな同じ事にて、見る物、きく事、なすわざにふれて、情(こころ)の深く感ずることをいふ也。俗には、ただ悲哀をのみ、あはれと心得たれ共、さにあらず、すべてうれし共、おかし共、たのし共、かなしとも、こひし共、情に感ずる事は、みな阿波禮也。されば、おもしろき事、おかしき事などをも、あはれといへることおほし」
問題は、あはれは、情の一つの相ではないということだ。
「阿波禮といふ事を、情の一つにしていふは、とりわきていふ末の事也。その本をいへば、すべての人の情の、事にふれて感(うごく)は、みな阿波禮也」
この宣長の心境について、小林秀雄は、鋭く見据えた。
「彼の課題は、「もののはれとは何か」ではなく、「物のあはれを知るとは何か」であった」と言う。
源氏物語を宣長は「よむ人に物の哀をしらしむるより外の義なく、よむ人も、物のあはれをしるより外の意なかるべし」と言うのである。
小林は「心と行為との間のへただりが、即ち意識と呼べるとさえいえよう」と言う。
「心が行為のうちに解消し難い時、心は心を見るように促される」とも言う。

さて、私は、話を元に戻す。
もののあわれは、あわれであると言う宣長と、私は、違うのである。
あはれで善しとするのは、時代性なのか、宣長の考え方なのか・・・
あわれに、ものが付かなければ、私の、もののあわれについては、進めないのである。つまり、言霊、音霊のことである。
もののあわれ、でなければ、私の、もののあわれは、語れない。
宣長は、物は「ひろく言ふときに、添える言葉なり」と言うが、私は違うのである。
ものは、もオのオである。オという母音の意味がある。オの母音は、贈る、送る、という意味を総称する。それを拡大して解釈すると、送る、贈るは、与えるとか、お別れとか、おーーーと音出して、向こうへお送りすることなのである。
あわれを、流して行く。生きることは、もののあわれなのであると言うのは、人生を流して行くことと、私は捉えるのである。
存在するものを、オという母音は教える。存在する物は、流れてゆくのである。何処へ。何処かへである。
縄文期から続いた、迎え入れる音ウを、送る時には、オと発した。これ、神呼びの音霊である。
現在の神道家が、どの様に神呼びをするのかは、知らないが、察するところ、迎え入れも、お送りも、オのみではないかと思う。
形式になるのであから、どうでもいいのだと思う。
宣長の言う、ものという言葉は、添える言葉だと言う説に、私は異を唱える。
あはれを、人間の心の有様、顕在意識も、潜在意識も、すべてを丸抱えであるとは、最もなことであるが、それに、もの、という言葉がつかなければ、解決しないのである。
もの、とは、存在を言う。在るもの、すべてを、ものと言う。
あはれとは、存在するもの、すべてに宿るもの。宿命であると、私は考える。
繰り返し言う。あわれとは、存在するもの、すべてが、あわれ、なのであるということ。
人間だけが、あわれか、否である。存在するもの、すべてがあわれなのである。
動物、植物、等々、皆々、あわれを生きるのである。
情のあるものは、人間のみであると考えることは、傲慢極まりない。

一例を上げる。
植物に意識は無いかと言えば、違う、植物にも意識があり、霊性もある。
それを、知らないだけである。知らないことは、無いことだと、傲慢不遜に考える人とは、同席しない。
千年の樹を切り倒して、祟られること多々あり。
人を殺せば、殺人者になるが、樹を切り倒しても、殺樹者とは言われない。ましてや、環境を破壊する者を、環境破壊者などと言わない。山を切り崩しても、平気でいる。それらに、もののあわれを理解せよと言っても、理解できない。

ユングという学者は、集合意識までつきとめた。ただし、民族の集合意識と言う。
「言さえぐ」仏教の唯識論でさえ、それを通り越して、すべての意識と通ずる意識があることを、突き止めている。
「松のこと松に、竹のことは竹にきけ」とは、松尾芭蕉であるが、その通りである。
存在するもの、すべてに、あわれがある。私の考えである。
その、存在を総称して、「もの」と言う。
あわれに、ものという言葉が必要な訳である。





posted by 天山 at 00:00| Comment(0) | もののあわれについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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