2006年09月07日

一年祭に向けて

過ぎてしまえば、あっという間。時間というのは、瞬時にワープするようです。
確かにあったはずの365日という日々を一瞬のうちに、射抜いたように・・・
地球が太陽を一周して24時間を経たという、時間というものを、哲学してみたいと思いつつ、こうして日を過ごし、まだ観ぬ明日へ向こうとしている。明日が確実にあると信じて。
私は、藤岡の死を日に幾たびも反芻すること多々あった。
その度に、決心をした。
藤岡を通して、観たもの、聞いたもの、考えたこと、それらを表現すること。
私の表現は、書くこと、踊ること、花を活けること、そして歌うこと。歌は、朗詠から、本格的に歌手として活動を始めた。
手本はある。藤岡である。影を慕いて、行く。
それらは、すべて芸術である。芸の術である。美学にある芸術ではない。術は技である。技は心である。
世阿弥は、花は心、種は技なるべし、と言う。私は言う。技は心である。
私には、花などない。技のみが勝負である。つまり、歌は命として歌う。いのちがけの歌である。それでなければ、藤岡の歌に追いつかない。
歌は誰でも歌う。そして誰でも上手になる。それを舞台で成すということは、とてつもない体力と、心力を使う。普通ならば、死ぬ。死なずに歌えるのは、まだ序の口である。私は、歌で死ぬことにした。
藤岡は、大いに笑うであろう。年甲斐もなく、少年のように、情熱に燃えているのだから。自分でも、呆れている。
一年祭は、私のスタートの年である。そう思うことにした。


posted by 天山 at 10:37| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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