2016年05月16日

玉砕125

戦争をしない国、矢部宏治
そこから、引用している。

戦争末期、海軍予備学生として旅順にいた私の父は、1945年6月の出来事をこう書き残しています。
「沖縄の戦局は日に日に劣勢で、6月になるとついに全島が制圧されたことを知った。
そんなある日、一枚の紙がさりげなく全員に配られた。
(あなたはと特別攻撃隊が編制されたとき、これに志願することを、
1,熱望する
2,希望する
3,希望しない
以上いずれかに○をつけよ)
アンケートはすぐに回収された。当時の情勢、雰囲気からいって、3はありえなかった。私もやむなく2に○をつけたが、この○の意味は大きい。いわゆる特攻志願とは、おおむねこういう形のものだったと思う」

戦争に関する庶民の手記が教えてくれるのは、旧日本軍の指導者は「天皇」の名のものに、驚くほど簡単に国民の命を奪うことができたという事実です。「一億玉砕」という国民全員を殺害するような「戦法」を、軍の「戦争指導者」が公式文書の中に表記していた過去をもつ日本、それは純粋な自衛以外の戦争など、絶対にやってはいけない国なのです。

上記、私も、共感し、賛成する。

人命軽視の思想は、まことに、残念なことだ。
この玉砕のエッセイでも、多々触れた。

ただ、特攻については、上記が、すべてではない。
進んで、志願をして、特攻隊員になった者も、多数存在したことを、加えておく。

純粋な自衛以外の戦争など、絶対にやってはいけない国なのです・・・
全く、その通りである。

そこで、自衛の場合は、戦争も辞さないという、心得、心構えは、必要不可欠であることを、確認しておく。

戦争自体、やっては、いけないことである。

事実、国連憲章では、個別の戦争を禁止している。
何事かある場合は、国連軍が、それに対処するという、規定がある。
しかし、後に、矢部氏の案内で、それが、法的トリックであることを、書く。

さて、もう一つ、矢部氏の書いたもので、重要なことがある。

今上天皇陛下は、
平成16年2004年の、秋の園遊会における、明仁天皇のお言葉を伝えている。

その内容は、
当時、東京都教育委員をつとめていた元人気棋士の米長邦雄氏が、おそらく天皇からおほめの言葉をもらおうと思ったのでしょう。
「日本中の学校にですね、国旗をあげて国歌を斉唱させるというのが、私の仕事でございます」
といったとき、こう返答されたのです。

「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」
天皇という権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制する。そうした日本の社会や権力者のあり方が、戦前の多くの国民の命を奪うことになりました。その代表がすでにふれた特攻です。明仁天皇のこと言葉には、二度とそうしたことがあってはならないという強い決意がこめられています。

上記、少しばかり、違和感がある。

天皇の権威を借りて、法的根拠のない、義務を強制するという・・・

私も、それに対しては、反対する。
しかし、国旗掲揚、国歌斉唱に関しては、法的根拠の問題ではない。

世界的常識の問題であり、天皇の権威云々の問題ではない。
天皇は、願い、希望、理想をお言葉にされる。
しかし、現場にいる者は、その現場に対処しなければならない。

教育の現場で、国旗掲揚、国歌斉唱を教えず、どうするというのか・・・
教育は、緩やかな、強制を伴うものである。

都知事だった、石原慎太郎氏も、あるテレビ番組で、そのこと、強制について、問われた時に、天皇のお言葉を示されて、強制のないようにとの、司会者に対して、私と同じように、発言した。

お言葉と、現場とは、違うのである。

これは、他国に出掛けた際に、明確になる。
日本の子どもたちは、教えられないが故に、他国の国旗掲揚、国歌斉唱の際に、起立することを、しないので、顰蹙を買う。

スポーツの親善大会でも、問題になる。
日本の子どもたちは、座っている。

更に、日本の国旗掲揚、国歌斉唱の際も、座っていて、注意されている。
教育の現場では、必要最低限の、礼儀作法を教えなければならない。

これは、日教組が言う、信条の自由とも違う。

天皇の権威を使い、法的根拠のない義務を貸せるという、言葉は、国旗掲揚と国歌斉唱には、当たらないのである。

勿論、明仁天皇の、又、矢部氏が書く、
天皇の権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制することは絶対にしない

という明仁天皇の強い決意だと思います。天皇がまず、誰よりも率先して憲法を守るのだという立憲主義の精神です。

上記に対して、私は、共に、共感するものである。

そして、加えて、天皇のお言葉は、限りなく、願いであり、希望であり、理想であることだ。

矢部氏は、
天皇制と民主主義は、そもそも矛盾するという根強い批判があります。申請のほとんどを出版会ですごしてきた私も、つい最近まで100%、そう考えていました。しかし沖縄の問題を調べ始めて、逆に考えが変わったのです。
と、ある。

私は、天皇の歴史から、天皇の政は、民主主義であると、考えていた。
日本流の、民主主義である。

君臨すれども、統治せず。
様々な意見を取り入れ、最終的に、決められたことを、天皇は、決済するという、形である。



posted by 天山 at 06:09| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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