2016年05月06日

もののあわれについて809

上はまめやかに心憂く、雲居雁「あくがれたちぬる御心なめり。もとよりさる方にならひ給へる。六条の院の人々が、ともすればめでたき例にひき出でつつ、心よからずあいだちなきものに思ひ給へる。わりなしや。われも、昔よりしかならひなましかば、人目も慣れて、なかなか過ごしてまし。世のためしにしつべき耳頃ばへと、親兄弟よりはじめ奉り、めやすきあえものにし給へるを、ありありては、末に恥ぢがましき事やあらむ」など、いといたう嘆い給へり。




奥方は、本当に嫌な気がして、うつつを抜かしていらっしゃるようだ、初めから、そういうことに慣れていらっしゃる、六条の院の、ご婦人方を、どうかすると、結構な例に、引いたりして、私を気に食わない、愛想の無い女だと、思っているのは、酷いこと。私だって、昔から、そういう習慣になっていたら、人の見る目も平気で、いっそ、気楽に過ごすことも出来た。世間の模範にしてよいご性質だと、親兄弟をはじめとして、結構な果報者として下さっているのに。挙句の果てに、今頃、世間に顔向け出来ないようなことが、起こるだろうか。など、酷く、嘆かれるのである。




夜も明け方近く、かたみにうち出で給ふことなくて、そむきそむきに嘆き明かして、朝露の晴れ間も待たず、例の文をぞいそぎ書き給ふ。いと心づきなしと思せど、ありしやうにも奪ひ給はず。いとこまやかに書きて、うち置きてうそぶき給ふ。忍び給へど、漏りて聞きつけらる。

夕霧
いつとかは おどろかすべき 明けぬ夜の 夢さめてとか 言ひしひとこと

うへより落つる」とや書い給へらむ。おしつつみて、なごりも、いかでよからむ。など口ずさび給へり。人召してたまひつ。御返事をだに見つけてしがな、なほいかなることぞと、けしき見まほしう思す。




夜明け間近で、互いに口に出すこともなく、背中を向け合って、嘆きのうちに、夜を明かして、朝露が晴れるのを待たず、例により、手紙を急いでお書きになる。
なんて、嫌なと思うが、以前のようにはしない。細々と書いて、下に置き、低く吟じる。声をひそめていらっしゃるが、漏れ聞えて、分かるのである。

夕霧
いつになったら、お尋ねすれば、よろしいのでしょう。夜の夢が覚めてからと、おっしゃったお言葉では・・・

お手紙もないので、とか、お書きになったのでしょうか。さっと、包んで、その後も、どうして良いか、など、口ずさんでいらっしゃる。
人を呼び寄せ、お渡しになる。宮様の、ご返事でも、見たいものだ。矢張り、本当は、どうなのか。と、様子を知りたいと、思うのである。

主語が無いのが、夕霧と、雲居雁の、所作と、心境である。




日たけてぞ持て参れる。紫のこまやかなる紙すくよかにて、小少将ぞ例の聞えたる。ただ同じ様に、かひなきよしを書きて、小少将「いとほしさに、かのありつる御文に、手習ひすさび給へるを盗みたる」とて、中にひきやりて入れたり。目には見給うてけりと思すばかりの嬉しさぞ、いと人わろかりける。そこはかとなく書き給へるを、見続け給へれば、

女二
朝夕に なくねをたつる 小野山は 絶えぬ涙や おとなしの滝

とや、取り成すべからむ。ふるごとなど、物思はしげに書きみだり給へる御手なども見所あり。「人の上などにて、かやうのすき心思ひ入らるるは、もどかしううつし心ならぬ事に見聞きしかど、身の事にては、げにいと堪え難かるべきわざなり。怪しや、などかうしも思ふべき心いられぞ」と思ひ返し給へど、えしもかなはず。




日が高くなってから、返事を持参した。
紫の、濃い立派な紙で、小少将が、いつも通り、お返事したものである。全く、いつもと同じで、何にもならなかったとの趣旨を書いて、あまりお気の毒なので、あの頂戴したお手紙に、宮様がお筆を染められたのを、こっそり取りましたのです。とあり、中に引きちぎりいれてある。
御覧になることは、なったのだと、思いで、嬉しいとは、体裁の悪い話である。とりとめもなくお書きになっているのを、文句を続けて、御覧になると、

女二宮
朝に晩に、声を立ててなく、小野山は、流れ続ける私の涙が、音なしの滝となっているのだろうか。

と、でも読み取るべきか。古歌など、嘆きに沈む気持ちで、あれこれと、お書きになっている。その御筆跡なども、見事である。他人のことで、こんな女二の宮に思い込んでいるのは、歯がゆくもあり、正気の沙汰ではないと、見たり、聞いたりしていたが、自分のことだと、本当に、とても我慢できることではない。変な具合だ。何故、こんなにまでして、いらいらしてしまうのか、と反省されるが、思うに任せないのである。

小野山・・・
拾遺集 恋二 題知らず 読み人知らず
恋ひわびぬ ねをだに泣かむ 声たてて いづこなるらむ 音無の滝

少将が、宮の手習いを届けたのである。
少将は、夕霧の手紙を見せても、何にもならないと言うのである。

その、宮の手習いを、夕霧に届ける。



posted by 天山 at 06:41| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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