2016年05月04日

もののあわれについて807

なほ、かくおぼつかなく思し侘びて、また渡り給へり。御忌など過ぐしてのどやかに、と思し静めけれど、さまでもえ忍び給はず。今は、この御なき名の、何かはあながちにもつつまむ。ただ世づきて、つひの思ひかなふべきにこそは、と思したばかりにければ、北の方の御思ひやりを、あながちにもあらがひ聞え給はず。正身は強う思し離るとも、かのひと夜ばかりの御恨み文をとらへどころにかこちて、えしもすすぎ果て給はじ、と頼もしかりけり。




矢張り、大将、夕霧は、このように、お手紙もないのに困り、改めてお越しになった。御忌みなどが明けてから、ゆっくりと、と思いを抑えておられたが、それまで、我慢が出来ないのである。今では、あの、あらぬ浮名を、何の無理に隠すことがあろう。ただ世間の人をまねて、ついに、思いを遂げるまでのこと、と思案を巡らすので、北の方の想像を無理に、打ち消すことも無い。
本人は、まるきり、お気持ちなしでも、あの、一夜ばかりの、とあった母君が、お恨みのお手紙を手がかりに、押し入って、よもや、言い逃れが、おできにならない、と、うまくゆきそうに、思えるのだ。

御忌とは、御息所の四十九日のこと。
夕霧は、ただ世づきて・・・、つまり、世間の男たち並にと、考えている。
女二宮に、迫るつもりである。




九月十余日、野山のけしきは、深く見知らぬ人だにただにやは覚ゆる。山風にたへぬ木々の梢も、峰の葛葉も、心あわただしう争ひ散る紛れに、尊き読経の声かすかに、念仏などの声ばかりして、人の気配いと少なう、木枯らしの吹きはらひたるに、鹿はただまがきのもとにたたずみつつ、山田のひたにも驚かず、色濃き稲どもの中にまじりてうち鳴くも、うれへ顔なり。滝の声は、いとど物思ふ人を驚かし顔に、耳かしがましうとどろき響く。草むらの虫のみぞ、より所なげに鳴き弱りて、枯れたる草の下より竜胆のわれ独りのみ心長うはひ出でて露けく見ゆるなど、みな例の頃の事なれど、折から所からにや、いと堪え難き程のもの悲しさなり。




九月の十日過ぎ、野山の景色は、何事も分からぬ人でも、何とも思わずにいられようか。
山風に堪え切れない木々の梢も、峰の葛葉も、気ぜわしく争い、散る中に、尊い読経の声が、かすかに聞えて、念仏の声ばかりして、人のいる感じはなく、木枯らしが、吹きすさんでいる。鹿は、まがきのすぐ傍に佇んで、山田の鳴子にも驚かず、色の濃くなった稲の中に混じり、鳴いているのも、悲しそうである。滝の水音は、ひとしお、愁いを抱く人を、はっとさせるように、やかましく、とどろきわたっている。草むらの、虫ばかりが、頼りなさそうに、鳴き声が弱り、枯れ果てた草の下から、竜胆が、われ独りだけの、のんびりと這い出して、露っぽく見えるのなどは、皆、いつもの晩秋の姿だが、こういう折か、こういう場所か、とても、堪え切れないほどの、もの悲しさである。




例の妻戸のもとに立ち寄り給て、やがてながめ出だして立ち給へり。なつかしき程の直衣に、色こまやかなる御衣のうちめ、いとけうらに透きて、影弱りたる夕日の、さすがに、なに心もなうさし来たるに、まばゆげに、わざとなく扇をさし隠し給へる手つき、「女こそかうはあらまほしけれ。それだにえあらぬを」と見奉る。物思ひの慰めにしつべく、えましき顔のにほひにて、少将の君を取り分きて召し寄す。すのこの程もなけれど、奥に人や添ひいたらむとうしろめたくて、えこまやかにも語らひ給はず。夕霧「なほ近くてを。な放ち給ひそ。かく山深く分け入る心ざしは、隔て残るべくやは。霧もいと深しや」とて、わざとも見入れぬ様に山のかたを眺めて、「なほなほ」とせちに宣へば、鈍色の几帳を、すだれのつまより少し押しいでて、裾を引きそばめつついたり。




いつものように、妻戸のところに、お立ち寄りになって、そのまま、あたりを眺めて立っていらっしゃる。少し着慣れた直衣に、濃い紅のお召し物の、砧の打ち目が、とても美しく透いて見える。光の弱くなった夕日が、それでも、何気なく差してきたので、まぶしそうに、わざとでもなく、扇で顔を隠していらっしゃる手つき、女は、こうありたいものだ。女でさえ、こうは出来まいと、人々は拝見している。
物思いの時の、慰めにしたいほどの、微笑まれてくるような、お顔の美しさで、少将の君を、名指しで、お呼び寄せになる。すのこは、幅もないが、奥に人が一緒にいるだろうと、気になって、打ち解けた話はなさらない。夕霧は、もっと近くで。逃げないでください。このように、山の奥へやってきた私の気持ちは、他人扱いして、よいものでしょうか。霧も深い、と、わざと見る振りでもなく、山のほうを眺めて、もっと近くと、しきりに、おっしゃるので、鈍色の几帳を簾の端から少し押し出して、着物の裾を、引き寄せて座った。




大和の守の妹なれば、離れ奉らぬうちに、幼くよりおほし立て給うければ、衣の色いと濃くて、つるばみの喪衣ひとかさね、こうち着たり。夕霧「かくつきせぬ御事はさるものにて、聞えむかたなき御心のつらさを思ひ添ふるに、心魂もあくがれはてて、見る人ごとにとがめられ侍れば、息はさらに忍ぶべきかたなし」と、いと多く恨み続け給ふ。かの今はの御文の様も宣ひいでて、いみじう泣き給ふ。




大和の守の妹なので、血縁の御縁者の上、幼い頃から、御息所がお育てくださり、着物の色を黒くして、つるばみの喪服一そろいに、こうちぎを着ている。夕霧は、こういう尽きないお悲しみは、それはそれとして、申し上げようもない宮様の、お心のつれなさまでを思うと、魂も抜け出して、見る人ごとに、怪しまれるので、今は、全く我慢のしようもないのです。と、沢山の恨み言を言い続ける。あの最後の時の、御息所のお手紙の内容も、お話されて、酷く、泣くのである。




posted by 天山 at 05:46| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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