2016年04月27日

打倒・韓国76

韓国は、もともとソウルを中心としたごく少数の都市と、七万ほどの村によって成り立っていた村国家であった。そして、中国以上に中央集権国家の典型であり、半万年近くも自給自足をしてきた世にも珍しい自閉国家でもあった。それは、古くから人為的に鎖国を敷いていただけではなく、地理的にも閉鎖的であったからである。だから「隠者の国」とも言われている。
黄 文雄

黄氏の文献から、紹介する。

つまり、そのままだと、なんの進歩も発展も、望めない国だった。
国とも、言えないのである。
国家意識など、今でも、持っていないと、私は思っている。

唯一、よく分からない、民族意識である。
が、その民族も、精々、4000年の歴史である。

韓国は、一度、人種が分断されている。
現在の、韓国人は、古代の朝鮮人ではないのである。

これを書き続けると、長くなるので、省略する。

さて、自閉的国家、国、いや、地域とでも言う、韓国は、交通は発達せず、人的流れも発達しなかったのである。

李朝時代には、全国の道路を都城道路と地方道路に大別し、大小の路が造られたことはあるが、それも、有名無実で、実際には、道路らしい道路はなかった。

交通手段は、ソウルでは、カゴ、地方では、小型馬の朝鮮馬である。
荷車もなかった。

橋もなく、渡し船、丸木で渡河することが多かった。
「朝鮮交通史」にも、主要道路においてさえ、かろうじて、人馬が通れる悪路が多く、河川には、橋が無く、徒歩、渡し船に頼る、との記述である。

大量貨物の長距離輸送などは、不可能である。

簡単に言うと、道路閉鎖は、国家安全のために、欠かせないものだった。
というのは、「倭乱」「胡乱」による被害を鑑み、安全のために、あえて着手しなかったという、救いの言葉もある。

また、李朝末期は、ソウルを除くほとんどの地域で、強盗が跋扈していた。
この強盗は、満州、中国、台湾の東アジアでは、共通することで、強盗社会だったのだ。

もし、日本が満州も、そのまま満州国としていたなら、強盗は、無くなっていただろう。

アーソン・グレイブスの「悲劇の朝鮮」から・・・
ソウルの光が他の地方を絶対的に圧倒しており、朝鮮人が皆ソウルに住みたがるのには、それなりのいろんな理由がある。
ソウルにおいてのみ宮廷と王の眼をひきやすく、またそうしてこそ公職の道も開けるというわけだ。そうして公職の身にあって初めて、権力と名誉と富を手に入れることができるのだ。
それだけではなくさらに、国事を研究し津々浦々の出来事を早く知ることのできる所としては、おそらくソウルが朝鮮随一の場所だろう。
改行は、私

だが、それも、ほんの一部の人である。
多くは、農民で、極貧の生活を強いられていた。
半島は、暗澹たる土地だったのだ。

方言がただ一定の限られた地域で用いられるのに反し、ソウルの言葉は清朝の官話(役所で使われる言語の意)の場合と同じくどこでも通じる。
首都圏では常に生活必需品の供給が豊富なので、全国が貧困にあえぐことがあってもソウルで餓死する者はいない。
地方では盗賊が頻繁に出没し手当たり次第に人を殺傷し、略奪と放火の大被害を与えたりするが、ソウルの中での個人の安定度は比較的高い。
改行は、私

ソウルでは、餓死する者がいない・・・
地方では、餓死しているのだ。

ソウルの中での安定度は、比較的高い・・・
完全ではないということ。

恐ろしいのは、ここからで、
地方の課税は庶民に重い負担となっているが、ソウルの人は完全に免税である。
ソウルの手工業や商人は自分たちなりに組合をつくって自らの利益を守っているが、地方の職人制はまだ充分な発達を見ておらず、手工業、商人はそれぞれ官庁の権力濫用や一般人の詐欺に対処できないでいる。

今、現在も、引き続き、地方は、とても損をしている状態だ。
権力濫用、詐欺・・・
今も、勿論、続いている。

ソウルではあまり僧侶を見かけない。
ところが地方ではこの憎悪の対象である僧侶をどこでも見ることができる。
最後にソウルが朝鮮で最上の居住地にかぞえられる重要な理由のひとつは、国で一番といわれる墓地がソウルの近くにあるという事実だ。
死んだ人が生きている人よりも大事にされる国柄だけに、この事実はとても重要な意味を持つ。
それにしても、ソウルの町を歩きながらその様々な側面を二つの目でしっかり見た異邦人たちにとってのソウルの印象は、この国の庶民たちのそれとはいささか違いがあった。
興味深いところがないというのではないが、隣国の日本や中国の小都市に比べてみてもソウルにはこれといった見所がないのだ。
改行は、私

日本は、36年という、短期間で、朝鮮半島を日本に次ぐ、アジア第二の、交通整備国家に、仕立て上げた、という事実である。

日本人ではない、多くの外国人が、それを認めている。

もし、中国に取られていたら、どうなっていたか・・・
もし、ロシアに取られていたら、どうなっていたか・・・

この、もし、を考えることが出来れば、韓国の未来も明るいが、それは、無理なことと、私は、考えている。



posted by 天山 at 05:36| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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