2016年04月25日

玉砕120

玉砕について、書いている。
そろそろ、最後の沖縄戦になった。

それを書く前に、これはエッセイであり、論文ではないから、一度、立ち止まり、私の考えることを、書いてみる。

その一つは、大東亜戦争は、アメリカに引き摺られて、始まった戦争であることだ。
何度も、他のエッセイでも触れているが、日本は、戦争を回避したが、特に、昭和天皇は、外交努力により、解決の道を示唆したが・・・
すでに、戦争に突入すべき状況が、作られていたということだ。

アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチルが、望み、そして、ソ連のスターリンである。
つまり、皆、白人たちである。

これは、白人支配の当時の、時代性、時代精神を理解することだ。
有色人種の国は、すべて、日本とタイを除いた国々は、植民地支配を受けていた。

そして、唯一、日露戦争に勝利した日本が、有色人種の国として、五大列強の仲間入りをしたのである。

戦争の根底には、人種差別があると、私は言う。
特に、キリスト教白人主義と、私は、呼ぶ。

そして、もう一つは、当時の、日本の軍部というもの。
それは、統帥権という問題があった。

つまり、軍部は、唯一、天皇の望みに行為するという、統帥権である。
これが、軍部を単独行動に駆り立てた、ポイントである。

昭和天皇の意見さえ、聞くことが無かった、軍部、特に陸軍である。

もし、軍部の強行な意見に、天皇が賛成しなければ、昭和天皇は、暗殺されていただろうという、見方である。
昭和天皇御自身の、お言葉にもある。

昭和天皇は、自分が暗殺され、国内に、内戦が起こることを、恐れた。
だから、ギリギリまで、戦争を回避した。

だが、敗戦により、天皇のご聖断が必要になった。
敗戦の御聖断が、出来なら、開戦を阻止することも、出来たではないかという、意見は、当時の状況を知らない者が、言う事である。

そして、もっとも早く、敗戦を認めて、云々という、意見も同じである。

軍部には、本土決戦もありという、兵士も大勢存在していた。
本土決戦をしていたら、日本は、消滅していただろう。
また、確実に、アメリカの植民地になっていた。

勿論、現在も、アメリカの植民地である。
それは、日米安保条約、それらの密約を見れば、一目瞭然である。

それでも、戦争をせずに、敗戦後70年を経た。

今上天皇は、丁度、戦中派である。
私の母とも同じ年である。
今年、82歳である。

その、今上天皇のお言葉から、象徴天皇の願いと、希望を見ることにする。

昭和天皇は、同じく象徴であり、君臨すれども、統治せずを、守られた、御方である。

当時も今も、君主であるが、昭和天皇は、側近君主であらせられた。
つまり、側近が、多くの決断をするというもの。

それを、陛下が了承して、政治が進む。

両天皇は、平和主義であり、共に、憲法を守るという、一点にある。
だが、時代性と、時代精神が違う。

今上天皇72歳の誕生日会見での、お言葉を見る。
平成17年、2005年

先の大戦では非常に多くの日本人が亡くなりました。全体の戦没者310万人の中で、外地で亡くなった人は240万人に達しています。戦後60年に当たって、私どもはこのように大勢の人が亡くなった外地での慰霊を考え、多くの人々の協力を得て、米国の自治領である北マリアナ諸島のサイパン島を訪問しました。・・・
昭和19年6月15日、米軍がサイパン島へ上陸してきたときには日本軍はすでに制海権、制空権を失っており、大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため、7月7日に日本軍が玉砕するまでに陸海軍の約4万3千人と在留邦人の1万2千名の命が失われました。軍人をはじめ、当時島に在住していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみは、いかばかりであったかと計り知れないものがあります。
この戦闘では米軍にも3500人近い戦死者があり、また900人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。またこの戦闘では朝鮮半島出身の人々も命を落としています。この度の訪問においては、それぞれの慰霊碑におまいりし、多くの人々が身を投じたスーサイド・クリフとバンザイ・クリフを訪れ、先の大戦において命を落とした人々を追悼し、遺族の悲しみに思いを致しました。・・・
日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います。

上記、天皇陛下は、不戦の誓いをしているのである。
また、それは、祈りであり、希望である。

天皇は、憲法を守るとの、強い決意がある。
それは、平和憲法のことだ。

そこで、私は、天皇陛下の、願いと、希望を日本人として、しかと、受け止めたいと思う。

だが、現実は、願いや、希望の叶わぬことも、多々あると言う事。
昭和天皇は、いつも、希望します、という言葉で、お言葉を締めくくった。

だが、希望は、そうやすやすと、叶うものでないことも、十分に、ご承知だった。

だから、問題は、これからである。



posted by 天山 at 06:09| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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