2016年04月18日

もののあわれについて805

程さへ遠くて、入り給ふ程いと心すごし。ゆゆしげに引き隔てめぐらしたる儀式のかたは隠して、この西面に入れ奉る。大和の守出で来て、泣く泣くかしこまり聞ゆ。妻戸のすのこにおしかかり給うて、女房呼びいでさせ給ふに、ある限り、心もをさまらず、物も覚えぬ程なり。かく渡り給へるにぞ、いささか慰めて、少将の君は参る。物もえ宣ひやらず、涙もろにおはせぬ心強さなれど、所のさま人の気配などを思しやるもいみじうて、常なき世の有様の人の上ならぬもいと悲しきなりけり。ややためらひて、夕霧「よろしうおこたり給ふさまに承りしかば、思う給へたゆみたりし程に、夢もさむる程はべなるを、いとあさましうなむ」と聞え給へり。




道のりも、遠いのだが、邸にお入りになると、まことに、物寂しい。お弔いらしく、引きめぐらしてある式場は、大将に見せず、この西座敷に、お通しもうしあげる。
大和の守が出て来て、泣く泣く、ご挨拶申し上げる。妻戸の前の、すのこに寄りかかりになり、女房を呼び出すが、いる者すべて、気も動転して、何も分からない時である。
大将がお出でなさったので、少し気持ちも安らいで、少将の君は、御前に出る。何一つ、おっしゃることができない。涙もろくない、気丈な方だが、ここの様子や人の有様などをお考えになると、胸にこたえて、無常なこの世の有様が、人事ではないのも、まことに悲しいのだった。少し気持ちを落ち着けて、夕霧は、少しは、持ち直しされたふうと、承ったので、油断いたしていましたうちに。夢でも覚めるには、間があると申すのに、何とも思いがけないことです。と、申し上げる。




「おぼしたりし様、これに多くは御心も乱れにしぞかし」と思すに、さるべきとは言ひながらも、いとつらき人の御契りなれば、いらへをだにし給はず。人々「いかに聞えさせ給ふとか聞え侍るべき。いとかるらかならぬ御様にて、かくふりはへ急ぎ渡らせ給へる御心ばへを、思しわかぬやうならむも、あまりにはべりべし」と口々聞ゆれば、女二「ただおしはかりて。われは言ふべき事も覚えず」とて臥し給へるも、ことわりにて、人々「ただ今はなき人と異ならぬ御有様にてなむ。渡らせ給へるよしは聞えさせ侍りぬ」と聞ゆ。




母君のお心のうちを考えると、大将のことで、多くお心を痛めたのだと、思いになる。こうなる運命と言うものの、何とも辛い、大将との因縁なので、返事さえできない。人々は、どう申し上げよと、仰せ遊ばしたと申しましょうか。本当に、軽くは無いご身分で、こうして、わざわざ急いで、お出であそばしたお心遣いを、お分かりにならないようなことも、あんまりでございます。と、口々に申し上げると、女二の宮は、よろしいように。私は、どう言っていいのか、分からない。と、おっしゃり横になるのも、当然と思う。今のところ、亡き人も、同様のご様子でして、お出であそばしたことは、お耳に入れました。と、申し上げる。




この人々もむせかへる様なれば、夕霧「聞えやるべきかたもなきを今少しみづからも思ひのどめ、また静まり給ひなむに参りこむ。いかにしてかくにはかにと、その御有様なむゆかしき」と宣へば、まほにはあらねど、かの思ほし嘆きし有様を、かたはしづつ聞えて、「かこち聞えさする様になむなり侍りぬべき。今日は、いとど乱りがはしき心地どものまどひに聞えさせたがふる事どもも侍りなむ。さらば、かく思しまどへる御心地も限りあることにて、少し静まらせ給ひなむ程に、聞えさせ承はらむ」とて、われにもあらぬ様なれば、宣ひいづる事も口ふたがりて、夕霧「げにこそ闇にまどへる心地すれ。なほ聞え慰め給ひて、いささかの御返りもあらばなむ」など宣ひ置きて、たちわづらひ給ふもかるがるしう、さすがに人騒がしければ、帰り給ひぬ。




この人々も、むせび泣きの様子なので、夕霧は、申し上げようもないが、もう少し、私も気が静まり、また、宮様も落ち着いた頃に、伺いましょう。どうして、このような急なことにと、その時の、ご様子が知りたいが。と、おっしゃると、曖昧であるが、御息所が、嘆いていらしたことを、少し申し上げると、夕霧は、愚痴を申し上げることになることでもありましょう。今日は、ひとしお取り乱した皆々の気持ちのせいで、間違ったことを申し上げる事も、あれこれと、ございましょう。ですから、こんな悲しみに暮れていらっしゃる宮様のお気持ちも、きりがあるはずです。少し落ち着きあそばした頃に、お話を申しあげ、お言葉を賜りましょうと、言い、正気もない様子なので、言いたいことも、口にしにくく、夕霧は、全く、私も闇に惑っている気がする。矢張り、宮様を慰め申し上げくださり、少しのご返事でもあったら。などと、おっしゃり、立ち去りにくそうになるのも、身分に障るし、何と言っても、人目が多いので、お帰りになった。




今宵しもあらじ、と思ひつる事どものしたため、いと程なくきはぎはしきを、いとあへなしと思いて、近き御荘の人々召しおはせて、さるべき事ども仕うまつるべく、おきて定めて出で給ひぬ。事のにはかなれば、そぐやうなりつる事どもいかめしう、人数なども添ひてなむ。大和の守も、「ありがたき殿の御心おきて」など喜び、かしこまり聞ゆ。名残だになくあさましき事と、宮は臥しまろび給へどかひ無し。おやと聞ゆとも、意図かくはならはすまじきものなりけり。見奉る人々も、この御事をまたゆゆしう嘆き聞ゆ。大和の守、残りの事どもしたためて、大和守「かく心細くてはえおはしまさじ。いと御心のひまあらじ」など聞ゆれど、なほ、峰の煙をだにけ近くて思ひ出で聞えむと、この山里に住みはてなむとおぼいたり。御忌に籠れる僧は、東面、そなたの渡殿・下屋などにはかなき隔てしつつ、かすかにいたり。西の廂をやつして、宮はおはします。明け暮るるも思し分かねど、おのづから日ごろ経にければ、九月になりぬ。




今晩では、まさかあるまいと、思っていた葬儀万端の手はずが、短時間に整えられたのを、大将は、何ともあっけなく思いになり、近くの御料地の人々を、お呼びになり、お命じになって、しかるべき用意をして、差し上げるよう指示して、お帰りになった。
急なことで、簡略そうだった葬儀も、厳かに、お供の人数なども増えた。
大和守も、一方ならぬ殿のご配慮、などと喜び、御礼申し上げる。跡形もなくて、酷いことと、宮様は、臥して、まどろんで、悲しみに暮れたが、しかたがない。親子の仲でも、こんなにまで、親しくしてはいけないことだった。お傍の人々も、このご様子を、また縁起でもないと、ご心配申し上げる。
大和の守は、あとの雑用を片付けて、こう心細いことでは、お暮らしになれますまい。とても、心の紛れる時は、あるまい。などと、申し上げるが、矢張り、峰の煙だけでも、近くで見ていて、思い出し申し上げようと、この山里で、一生を終わろうとお考えになった。御忌みに籠っている僧は、東座敷や、そちらの渡殿、下屋などに簡単な隔てをして、ひっそりとしている。
西の廂の間の飾りを取り、宮様は、お住まいである。夜の明けるのも、日の暮れるのも、お分かりにならないが、ひとりでに日数も重なり、九月になった。




posted by 天山 at 05:44| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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