2016年04月13日

もののあわれについて802

大輔の乳母、いと苦しと聞きて、物も聞えず。とかく言ひしろひて、この御ふみは引き隠し給ひつれば、せめてもあさり取らで、つれなくおほとのごもりぬれば、駒走りて、「いかで取りてしがな」と、「御息所の御ふみなめり。何事ありつらむ」と目も合はず、思ひ臥し給へり。女君の寝給へるに、よべの御座の下など、さりげなくさぐり給へど、なし。隠し給へらむ程もなければ、いと心やましくて、明けぬれど、とみにも起き給はず。女君は君だちにおどろかされて、いざり出で給ふにぞ、われも今起き給ふやうにて、よろづにうかがひ給へど、え見つけ給はず。女は、かく求めむとも思ひ給へらぬをぞ、「げに懸想なき御ふみなりけり」と心にも入れねば、君だちのあわて遊びあひて、雛つくりひろひすえて遊び給ふ、ふみ読み手習ひなど、さまざまにいとあわただし。小さきちご這ひかかり引きしろへば、取りしふみの事も思ひいで給はず。男はこと事も覚え給はず、かしこにとく聞えむと思すに、よべの御ふみのさまも、え確かに見ずなりにしかば、見ぬさまならむも、散らしてけるとおしはかり給ふべし、など思ひ乱れ給ふ。




大輔の乳母は、辛いことと、聞いていて、何も申し上げることはない。あれこれと言って、このお手紙は、隠して、おしまいになったので、強いて、探し出さず、何食わぬ顔で、お休みになったので、気が気ではなく、何とか、取り返したいと思い、御息所のお手紙らしい。何事かあったのかと、目も合わず、考え考えて、横になっていらっしゃる。
女君が寝られたので、昨夜の御座の下などを、何気ない振りで、お探しになったが、ない。お隠しになるような暇もなく、とても気になって、夜は明けたが、すぐには、起き上がらない。女君は、お子たちに起こされて、にじり出たところに、自分も、今起きたような振りをして、何かと探りになるが、見つけることが出来ない。
女は、このように捜そうと思っていないので、本当に色恋ではない手紙だったのだと、気にもとめないで、お子たちが騒いで、遊びあい、雛を作り手にとって座らせて、遊ばれる。本を読んだり、手習いしたりなど、あれこれと、慌しい。
小さな子が、這い回り、着物を引っ張るので、取った手紙のことも、思い出さない。
男は、夕霧は、他の事は、心に入らず、あちらに早く、手紙を差し上げようと考えるのだが、昨夜のお手紙の内容も、はっきりと、見ることが出来ないままになってしまい、見ていない風の返事をしたりしても、無くしたのだと、思われるだろう、など、思い乱れるのである。




誰も誰も御台まいりなどして、のどかになりぬる昼つかた、思ひわづらひて、夕霧「よべの御ふみは何事かありし。あやしう見せ給はで。けふもとぶらひ聞ゆべし。悩ましうて、六条にもえ参るまじければ、ふみをこそは奉らめ。何事かありけむ」と宣ふが、いとさりげなければ、ふみはをこがましう取りてけり、とすさまじうて、その事をばかけ給はず、雲居雁「一夜のみ山風にあやまり給へるなやましさななりと、をかしきやうにかこち聞え給へかし」と聞え給ふ。夕霧「いで、このひが事な常に宣ひそ。なんのをかしきやうかある。世人になづらへ給ふこそ、なかなか恥づかしけれ。この女房たちも、かつは、あやしきまめざまをかく宣ふと、ほほえむらむものを」と、たはぶれごとに言ひなして、夕霧「そのふみよ。いづら」と宣へど、とみにも引き出で給はぬ程に、なほ物語など聞えて、しばし臥し給へる程に、暮れにけり。




どなたも、食事を召し上がったりして、一息ついた、昼頃、困りきって、夕霧は、昨夜のお手紙は、何が書いてあったのだ。けしからんことに、お見せにならない。今日も、お見舞い申さなければならない。気分が悪くて、六条にも参上できないから、手紙だけは、差し上げよう。何事が書いてあったのか。と、おっしゃるが、とても、何気ない様子で、手紙は、愚かなことに、取ってしまったと、味気なくなり、そのことには触れず、雲居雁は、先夜の、深山風に、調子を悪くなさっての、病気なんですと、風流な書きぶりで、言い訳申し上げなさいませ。と、申し上げる。
夕霧は、いや、そんなことはよくない、冗談は、あまりおっしゃるな。なんの風流なところがあるものか。世間の人と一緒になさるのは、かえって、はた迷惑です。この女房たちも、内心では、不思議なほどの、堅物ぶりを、こんなにおっしゃると、笑っているだろう。と、冗談にしてしまい、夕霧は、あの手紙は、どこなのだ、と、おっしゃるが、すぐにも、取り出さないままに、またお話などして、しばらく、臥しているうちに、日が暮れてしまった。




ひぐらしの声におどろきて、「山の陰いかに霧ぬたがりぬらむ。あさましや。けふこの御返事をだに」と、いとほしうて、ただ知らず顔に硯おしすりて、「いかになしてしにかとりなさむ」と、ながめおはする、おましの奥の、少しあがりたる所を、こころみに引き上げ給へれば、「これにさしはさみ給へるなりけり」と、うれしうもをこがましうも覚ゆるに、うちえみて見給ふに、かう心苦しき事なむありける。駒つぶれて、「一夜の事を、心ありて聞き給うける」と思すに、いとほしう心苦し。




ひぐらしの声に、目が覚めて、小野山の麓では、どんなに霧がかかって、駒もいっぱいなことだろう。しまったことをした。今日、あの御返事だけでも、と、気の毒でたまらず、ただ、素知らぬ振りで、硯をすって、手紙をどうした事にして、取り繕うかと、考え、考え、視線を向けていらした、その御座所の奥の、少し高くなっている所を、ためしに、引き上げたところ、ここにさしはさんでいらしたのだと、嬉しくも、馬鹿らしくも思えて、にっこりして、御覧になると、ああいう、気がかりなことが書いてあるのだった。
ぎょっとして、先夜の出来事を、そういう風に、お聞きになったのだと、考えると、いたわしく、お気の毒である。




「よべだに、いかに思ひ明かし給うけむ。けふも今までふみをだに」と、いはむかたなく覚ゆ。いと苦しげに、言ふかひなく書き紛らはし給へるさまにて、おぼろげに思ひ余りてやはかく書き給うつらむ。つれなくて今宵の明けつらむ、と、いふべきかたのなければ、女君ぞいとつらう心憂き。「すずろにかくあだへ隠して。いでや。わがならはしぞや」とさまざまに、身もつらく、すべて泣きぬべきここちし給ふ。




昨夜でさえ、どれほど心配して、明かされたであろう。今日も、今まで、手紙さえ上げずにと、言いようも無い気がする。とても、苦しそうな、話にもならない、書きぶりをされた様子も、一通りの心配ぐらいで、こんなに、お書きになるものか。返事もなしに、昨夜は、明けたのだと、言いようも無い気がして、女君が、とても辛く、恨めしい。わけもなく、こんなふざけて、隠して。いやいや、自分が、このように躾けたのだ。と、あれこれ、わが身も、情けなく、泣きたい気がするのである。




やがて出で立ち給はむとするを、「心やすく対面もあらざらむものから、人もかく宣ふ。いかならむ。かん日にもありけるを、もしたまさかに思ひ許し給はばあしからむ。なほよからぬ事をこそ」と、うるはしき心に思して、まづこの御返りを聞え給ふ。夕霧「いとめずらしき御ふみを、かたがた嬉しう見給ふるに、この御とがめをなむ、いかに聞し召したる事にか。

秋の野の 草のしげみは 分けしかど 仮寝の枕 むすびやはせし

あきらめ聞えさするもあやなけれど、よべの罪はひたや籠りにや」とあり。宮にはいと多く聞え給て、御厩に、足とき御馬に移し置きて、一夜の大夫をぞ奉れ給ふ。夕霧「よべより六条の院にさぶらひて、ただ今なむまかでつる、と言へ」とて、言ふべきやうささめき教へ給ふ。




そのまま、出かけようとするが、簡単に、宮様に会うことも出来ないだろう。けれど、御息所も、こうおっしゃる。どうしたものだろうか。かん日でもあり、もし、万一宮様を、御許し下さるなら、日が悪いだろう。矢張り、縁起の良いようにと、真面目な性格だから、まず、この御返事を、差し上げになる。

夕霧は、とても、珍しいお手紙は、何かと嬉しく拝見しましたが、このお叱りは、どのように聞き遊ばすのかと、思います。

秋の野原の、草の茂みを分けて、そちらに伺いましたが、仮初の夜の枕に、草を結んだりいたしましょうか。

弁解申し上げるのも、変ですが、昨夜の罪は、お伺いせずにいたということでしょう。と、ある。
宮へは、こまごまと、申し上げて、お馬屋にある、足の速い馬に、移し鞍を置いて、先夜の、大夫を差し向け、申し上げる。
夕霧は、昨夜から、六条の院に候していて、ただいま、やっと退出しました、と言えと、言って、言うべき事柄を、ひそひそと、教えられる。




posted by 天山 at 06:18| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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