2016年03月25日

もののあわれについて800

宮も、物のみ悲しうとり集め思さるれば、聞え給ふこともなくて見奉り給ふ。物づつみをいたうし給ふ本性に、きはぎはしう宣ひさはやぐべきにもあらねば、恥づかしとのみ思すに、いといとほしうて、いかなりしなども問ひ聞え給はず。おほとなぶらなど急ぎ参らせて、とかう手づからまかなひなほしなどし給へど、ふれ給ふべくもあらず、ただ、御ここちのよろしう見え給ふぞ、胸少しあけ給ふ。




宮も、もの悲しいことばかり、あれこれ胸に湧いてきて、申し上げる事もなく、御息所のお顔を見ていらっしゃる。口数が、大変少なくていらっしゃるご性格で、はきはき、言い開きできることではないから、恥ずかしいとばかり、思いなので、とても、気の毒で、どうだったとは、お尋ね申し上げない。灯火など、急いでつけさせて、お食事なども、こちらで差し上げる。何も召し上がらないとお聞きになって、あれこれ、手ずから、お料理を並べ直したりなどされるが、お箸をつけそうにもない。ただ、御息所のご気分が、少しよく見えるので、気持ちをいささか、楽にされる。




かしこよりまた御ふみあり。心知らぬ人しも取り入れて、「大将殿より、少将の君にとて御使あり」と言ふぞまたわびしきや。少将恩ふみは取りつ。御息所、「いかなる御ふみにか」と、さすがに問ひ給ふ。人知れず思し弱る心も添ひて、したに持ち聞え給ひけるに、さもあらぬなめりと思ほすも、心騒ぎして、御息所「いで、その御ふみなほ聞え給へ。あいなし。人の御名をよさまに言ひなほす人はかたきものなり。そこに心清う思すとも、しか用いる人は少なくこそあらめ。心うつくしきやうに聞えかよひ給ひて、なほありしままならむこそよからめ。あいなきあまえたるさまなるべし」とて、召し寄す。苦しけれど奉りつ。
夕霧「あさましき御心の程を、見奉りあらはいてこそ、なかなか心安く、ひたぶるこ頃もつき侍りぬべけれ。

せくからに 浅さぞ見えむ 山川の 流れての名を つつみはてずは

と、ことばも多かれど、見もはて給はず。この御ふみも、けざやかなるけしきにもあらで、めざましげにここちよがほに、こよひつれなきを、いといみじと思す。御息所「故かむの君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、おほかたのもてなしは、まだ並ぶ人なかりしかば、こなたに力あるここちして慰めしだに、よには心もゆかざりしを、あないみじや。大殿のわたりに思ひ宣はむこと」と思ひしみ給ふ。




あちらから、また、お手紙が来た。丁度、事情を知らぬ者が、受け取って、大将殿から、少将の君にといい、お使いが来ました。と、言うのも、辛いことだ。少将が、お手紙を受け取った。
御息所は、どういうお手紙ですか。と、それでも、お尋ねになる。人知れず、弱気な考えも起こって、大将のお越しを、内心お待ち申していらしたのに、手紙が来たのでは、お越しにならないだろうと考えるのも、胸騒ぎがして、御息所は、さあ、そのお手紙に、ご返事なさい。失礼ですよ。どなたのことであっても、良く弁護する人は、いないものです。あなたは潔白だとお考えでも、そう受け取る人は、少ないでしょう。素直に、手紙のやり取りをなさって、矢張り、今まで通りなのがよいでしょう。返事をしないのは、失礼で、いい気なやり方でしょう。と言い、手紙を見せよと、おっしゃる。少将は、辛いが、差し上げた。

夕霧は、驚くほかにない、お心の内を、はっきり拝見しては、かえってあっさりと、一途な恋心をきざすに、違いありません。

私を、せいて、それであなたの心の浅さは、分かってしまう。山川の流れのように、浮名は、包みきれません。

と、他にも言葉が多いが、終わりまで、御覧にならない。このお手紙も、はっきりとした態度ではなく、癪に障るほど、いい気になって、今宵は、来ないのを、とても情けないと、思うのである。亡き督の君の、お気持ちが思いがけない様子であった時、とても辛いことだと、思ったが、世間向けの扱いは、他に肩を並べる人もなかったので、こちらに、権威がある気がして、心を慰めていたのでさえ、決して、満足はしなかった。ああ、困ったことです。太政大臣のあたりで、どう思い、どうおっしゃることか。と、ご心痛である。

当時の、男女の関係は、複雑で、難しい様子である。
というより、貴族社会のことである。




なほ、いかが宣ふと、けしきをだに見むと、ここちのかき乱りくるるやうにし給ふ目おししぼりて、あやしき鳥のあとのやうに書き給ふ。御息所「頼もしげなくなりにて侍るとぶらひに、渡り給へる折りにて、そそのかし聞ゆれど、いとはればれしからぬさまにものし給ふめれば、見給へわづらひてなむ、

をみなへし しをるる野べを いづことて 一夜ばかりの 宿を借りけむ

と、ただ書きさして、おしひねりて出だし給ひて、臥し給ひぬるままに、いといたく苦しがり給ふ。御物の怪のたゆめけるにやと、人々言ひ騒ぐ。例の験ある限り、いと騒がしうののしる。宮をば、「なほ渡らせ給ひね」と人々聞ゆれど、御身の憂きままに、おくれ聞えじと思せば、つと添ひ給へり。




矢張り、どうおっしゃるのかと、せめて、様子を探ってみようと、心は乱れ、涙で真っ暗におなりの目を、押し開けて、変な鳥の足跡のような字で、お書きになる。
御息所は、もちそうもない私を、見舞いに、宮様が起こしになっていた折で、お返事をお勧め申したのですが、とても、気分の優れない様子でいらっしゃるので、見かねまして、

女郎花の、思い萎れている、この野辺を、どういうところと、思い、ただ一夜の宿を、お借りになったのでしょう。

と、ほんの書きさしたまま、捻り文にして、お出しになって、横になられ、とても酷く、苦しがる。物の怪が油断させていたのかと、女房たちが、騒ぐ。例によって、効験のある僧たちが、とてもやかましく、大声で祈る。
宮様には、矢張り、あちらにお移りあそばせ、と女房たちが、申し上げるが、ご自身が辛く思われるままに、母君に、遅れ申すまいと考えているので、じっと、付きっ切りでいらっしゃる。




posted by 天山 at 05:33| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。