2016年02月26日

もののあわれについて795

聞き入れ給ふべくもあらず、くやしう、かくまで、と思す事のみやるかたなければ、宮はむこと、はたましておぼえ給はず。夕霧「いと心うく若々しき御さまかな。人知れぬ心に余りぬるすきずきしき罪ばかりこそ侍らめ、これよりなれ過ぎたる事は、さらに御心許されでは御覧ぜられじ。いかばかり、ちぢにくだけ侍る思ひにたへぬぞや。さりとも、おのづから御覧じ知るふしも侍らむものを。しひておぼめかしう、けうとうもてなさせ給ふめれば、聞えさせむかたなさに、いかがはせむ。ここちなく憎しと思さるとも、かうながら朽ちぬべきうれへを、さだかに聞え知らせ侍らむとばかりなり。言ひ知らぬ御けしきのつらきものから、いとかたじけなければ」とて、あながちに情け深う用意し給へり。




宮は、聞き入れるはずもなく、嫌だ、こんな事までも、との、お考えがお心を去らず、お口にされる言葉など、まして思い浮かばないのである。
夕霧は、何と情けない小娘みたいな、なさりよう。人には、秘めた胸の内を抑えかねた、好色の罪がありましょうが、これ以上、馴れ馴れしい事は、決して、お許しがなければ、いたしません。どれほど、ちぢに乱れる思いに、耐え兼ねたことか。いくらなんでも、自然とお気づきになさる事も、ございましょう。わざと、知らないふりをして、よそよそしく、お扱い遊ばすようなので、ここまま朽ちて、果てなければならない悲しさを、はっきりと申し上げておこうと、思ったのです。言いようのない態度が、辛いものの、恐れ多いと思うことゆえに。と、努めて思いやり深くと、お気をつけられる。





障子をおさへ給へるは、いと物はかなきかためなれど、引きあけず、夕霧「かばかりのけぢめをと、強ひて思さるらむこそあはれなれ」と、うちわらひて、うたて心のままなるさまにもあらず、人の御ありさまの、なつかしうあてになまめい給へる事、さはいへど、ことに見ゆ。世とともに物を思ひ給ふけにや、やせやせにあえかなる心地して、うちとけ給へるままの御袖のあたりもなよびかに、け近うしみたる匂ひなど、とり集めてらうたげに、やはらかなるここちし給へり。




襖を、抑えられていられるのは、頼りにならない守りだが、引き開けもせず、夕霧は、これだけの隔てはと、強いてお考えなのが、お気の毒と、にっこりして、いやらしい、無理強いしようとの様子でもない。宮のお姿の、上品で、もの柔らかい雰囲気は、なんといっても、格別に思える。ずっと、物思いに沈んでいるせいか、痩せて、か弱い感じで、普段着のままでいられる、お袖のあたりも、しなやかで、親しみやすく、焚きしめた香なども、何もかも、可愛く、なよなよした、感じでいられる。




風いと心細う、ふけゆく夜のけしき、虫の音も、鹿の鳴くねも、滝の音も、ひとつに乱れて艶なる程なれば、ただありのあはつけ人だに、寝覚しぬべき空のけしきを、格子もさながら、入りがたの月の山のは近き程、とどめがたうものあはれなり。夕霧「なほ、かう思し知らぬ御有様こそ、かへりては浅う御心のほど知らるれ。かう世づかぬまで、しれじれしきうしろ安さなども、たぐひあらじとおぼえ侍るを、何事にもかやすきほどの人こそ、かかるをば、しれ者などうち笑ひて、つれなき心も使ふなれ。あまりこよなく思し落としたるに、えなむ静めはつまじき心地し侍る。世の中をむげに思し知らぬにしもあらじを」と、よろづに聞え責められ給ひて、いかが言ふべき、と、わびしう思しめぐらす。




風が、物寂しく、ふける夜の様子は、虫の音、鹿の鳴き声、滝の音も、一つに入り乱れて、気もそぞろになる時節なので、薄っぺらい者でさえ、寝覚めするに違いない空の様子で、格子もそのままに、入り方の月の山の端近い頃は、涙を抑えかねる、もののあはれである。夕霧は、やはり、このように、お分かりくださらないご様子こそ、かえって、浅い心と思われます。こう、世間知らずで、馬鹿正直で、心配のいらないところなど、二人といないと、存じますが、何事も、気楽に出来る身分の者は、こんな私を、馬鹿者と、笑い、つれない仕打ちもするのです。あまりに酷く、蔑みになさるので、思いを抑えきれない気がします。男を全くご存知ないでもありますまい。と、言葉を尽して、攻められるが、どう言ったものか、と、宮は、やりきれない思いで、思案される。




世を知りたるかたの心安きやうに、をりをりほのめかすねめざましう、げにたぐひなき身の憂さなりや、と思し続け給ふに、死ぬべくおぼえ給うて、女二「憂きみづからの罪を思ひ知るとても、いとかうあさましきを、いかやうに思ひなすべきにかはあらむ」と、いとほのかに、あはれげに泣い給うて、

女二
われのみや 憂き世を知れる ためしにて 濡れそふ袖の 名をくたすべき

と、宣ふともなきを、わが心につづけて、忍びやかにうちずし給へるもかたはらいたく、いかに言ひつる事ぞ、と思さるるに、夕霧「げにあしう聞えつかし」などほほえみ給へるけしきにて、

夕霧
おほかたは われ濡れぎぬを きせずとも くちにし袖の 名やはかくるる

ひたぶるに思しなりねかし」とて、月明きかたにいざなひ聞ゆるも、あさましと思す。心強うもてなし給へど、はかなう引き寄せ奉りて、夕霧「かばかりたぐひなき心ざしを御覧じ知りて、心安うもてなし給へ。御許しあらではさらにさらに」といとけざやかに聞え給ふ程、明け方近うなりにけり。




夫を持ったことが、近づきやすい理由のように、時々、口にするのも気になり、本当に、二人とない、我が身の不運と、考えこんでいらっしゃると、死んでしまいそうになり、宮は、情けない我が身の過ちを知ったとしても、こんなひどい有様を、どう考えたら、いいのでしょう。と、かすかに、悲しそうに、泣くのである。

女二
私だけが、不運な結婚をした女として、涙の袖を更に濡らし、悪い評判を受けなければならないのでしょう。

と、おっしゃるともなく、口にされるので、大将、夕霧は、心の中で、三十一文字にして、低く口ずさんでいるのも、きまりが悪く、どうして、言ってしまったのか、と思うが、夕霧は、本当に、悪いことを、申しました、などと、微笑んでいらっしゃる様子で、

夕霧
私は、あなたに濡れ衣を着せなくても、立ってしまった、浮名は、消えるものですか。

いっそ、思い切りなさい。と、月の光の明るいほうへお連れしようとするが、もってのほかと思いで、気強いお扱いをされるが、わけなく引き寄せて、夕霧は、これほどの、またとない愛情を、認めてくださって、気を楽になさって下さい。お許しなしでは、決して、決して、これ以上は、と、はっきりとした言い方で、そのうちに、夜明け近くになってしまった。




posted by 天山 at 07:01| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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