2016年02月19日

打倒・韓国64

日韓併合条約に署名した、総理大臣、李完用は、現在の韓国では、売国奴の代表にされている。

1905年、李は、第二次日韓協約が結ばれたときに、学部大臣として、外部大臣、内部大臣、農商大臣、軍部大臣の四人と共に、韓国では、「五賊」の一人と言われている。

朴氏が、書く。
李完用はソウルの両班の出身である。私が調査したところでは、高潔な人格者だった。韓国の王羲之(中国の名筆家)といわれるほど書がすばらしかった。独立回復後の韓国ではあれほどまでに悪くいわれてきたのに、不正蓄財を行なったとか、妾の持っていたとか、農民や、民衆を苛めたといった非難が行われたことはない。

李完用は韓国が独立を回復した後に、最大級の売国奴とされてきたために、今日まで伝記が一冊も書かれたことがない。もし伝記を欠いたとしたら、傑出した人物だったことがわかってしまうからである。

と、いうように・・・
韓国では、都合の悪いものは、蓋をする、あるいは、埋めてしまうのである。

真っ当な、歴史的事実も、同様である。

李完用は李朝末期に苦悩したうえで、日本と結び、最終的には日本と合併するほかには国を救う道がないと誠実に感じて、あのような行動をとったにちがいあるまい。李完用も歴史の囚人であったのであり、愛国者だった。


その通りだろう。
日韓併合は、大成功したのである。

ところが・・・

韓国人は、韓国が第二次世界大戦後に独立を回復してから、日本に対して、日本が韓国を略奪したということを許すことができない、という怒りを向けてきた。このような心情は充分に理解できることである。しかし、日本へ向けての非難を裏返ししてみれば、あの時期に日本が韓国を統治しないでいられたはずだ、という前提がなければならない。


韓国は、独自で、独立を勝ち取ることも、更に、近代国家に向かうことも出来なかったはずである。
それは、李朝末期を何度も見てきたが、絶望的である。

朴氏が、書く。
韓国は、日本が統治するまでは、中国の属国であって、独立国ではなかった。
と、明確に、韓国人が、言うのである。

今では、それさえも、屁理屈をつけて、否定する。
要するに、自己を真っ当に、見つめる目を持たないのである。

朴氏は、その前に、こうも書く。
しかし、当時の韓国のほんとうの悲劇は、今日からあの時代まで遡って、歴史に「イフ」を設定することができないことである。あのときの韓国はまったく無力だった。東アジアにおいて真空状態をつくりだしていたのだ。李朝末期は、まるで朽ちた枯れ木だった。南に日本があり、北にはロシアと清という二つの強大な帝国が控えていた。もし、日本が韓国を統治することがなかったとしても、韓国は独立を保ちえなかったことだろう。

それを、現在の韓国人は、考えられない程、頭がやられているのだ。

妄想、想像の歴史観である。
これは、何度も書いている。

当時の、世界は、欧米列強の、時代である。
弱い者は、倒される時代。

だから、日本が、統治しなければ、あっさりと、シロア、中国に、編入されていた。

朝鮮を最初に、独立国として、扱ったのは、日本である。
1875年、朝鮮と称していた韓国に、修好条規を締結した際に、第一条を、朝鮮を「自主の邦」と規定して、独立国として、扱い、それは韓国を、それまでの、中国を中心とした秩序を破るものだった。

この時点で、日本は、朝鮮統治を考えてはいない。

その後、ロシア、ヨーロッパ諸国、アメリカも、1882年以降、次々と、朝鮮と修好通商条約を締結して、進出をはかるようになる。

日本にとっては、欧米諸国が、朝鮮半島に入ることは、日本の安全を脅かすものだった。
そこで、日本は、朝鮮が、他国の支配下に入ることがないように、韓国の近代化を促し、その近代化を助けて、韓国を、しっかりとした独立国として、育てようとしたのである。

日本にとっても、韓国が安定していることが、国益に叶ったのである。

だが、韓国から見れば、日本以外の、欧米列強、シロア、清などの支配下に入るより、日本が関わったことが、最大の、幸運だった。

もし、何処かの国の、植民地になれば、現在の韓国の存在は、なかった。
日本の統治のように、他の国がしただろうか・・・

日本以外の国であれば、植民地とは、略奪、掠奪、収奪の対象とされる。

特に、李朝末期であれば、韓国人は、野蛮そのものであった。
以前にも書いたが、とても、人間の暮らしというものではなかった。

日本統治以前の、ソウルの写真を見ても、それは、一目瞭然である。

暮らしといっても、土人の暮らしである。
糞尿に溢れた、街々・・・
救いようがない程の、庶民の暮らしだった。

何度も書いたので、省略する。

さて、やはり、清国も、日本や欧米諸国が、朝鮮に積極的に進出を図っていることに対し、警戒心を強め、韓国に対する、干渉をはじめたのである。

そこからは、以前に書いた通り、日清戦争へと続く道である。

もし、日本が、救いの手を差し伸べなかったら・・・
朝鮮、韓国は、他国の手に落ちていた。
それ以外の、道は無かったのである。


posted by 天山 at 06:51| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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