2016年02月16日

打倒・韓国61

朴テショク氏の案内で、進む。

25年ほど前に、出版された、醜い韓国人、という本である。
韓国人が書いているということを、前提にして、書く。

朴氏が、紹介している、文書がある。
それは、日本が敗戦後、アメリカ占領下にあったとき、連合軍最高司令部の、労働問題顧問として、日本に滞在した、ヘレン・ミアズ女史が、1948年に、「日本・アメリカ人にとっての鏡」と題する、著書である。

この本は、占領下にあった日本では、発売禁止の指定を受けて、訳出することが、許されなかったものである。

何故か・・・
アメリカには、都合が悪いもの。

それでは、その中味を見る。

今日、われわれは日本の近代史が初めから終わりまで「凶暴で貪欲」だったといって非難をあびせている。そして日本人が19世紀以後に築き上げた帝国を破壊することによって、日本を罰している。この措置は合法的な驚くべき新しい発想を必要とする。―――すなわち、ただ日本の犯罪時に、日本の行為が犯罪と見なされなかったばかりではなく、今、断罪役にある裁判官のなかには、当時の行為を扶助した者もいるのに、日本がその行為のために、今、有罪の宣告を受けることは、被告日本にとって当然なむくいである、という考え方がそれだ。

実際、アメリカ、及び、白人は、日本を徹底的に、貶め、断罪するという、意欲に燃えていたのである。
二度と、立ち上がれないように、である。

白人に、逆らうことは、許されないという精神である。
それは、精神であり、根性である。

敗戦後の日本は、その罠にかかったまま、今日まで至るといっても、いい。

さて、
1943年カイロにおいて、大英帝国を代表するチャーチル首相と、アメリカを代表するルーズベルト大統領が、日本が朝鮮国民を「奴隷化」したと宣言した。だが民主国家であるアメリカとイギリスの両政府が、朝鮮の「奴隷化」を発見したのは、日本の真珠湾攻撃とシンガポール攻略の後になってからのことだった。今日、日本を断罪する裁判官となっている三大強国のなかで、ロシアだけが、19世紀の朝鮮における日本の進出に反対したのであった。しかし、ロシアの反対も、日本の行動に対する嫌悪に立脚したものではなく、たんに自分が日本の代わりをしたいという欲望に基づいたものだった。その当時、英米政府は、ロシアの代わりに日本をその場に置くことに、大賛成だったのである。

その通りである。
ロシアが出るより、日本が出ることが、理想だと、考えた。
そして、それで、良かったのである。

更に、
1894年7月29日に、韓国におけるわが代表であったシル氏は、次のように書いている。「日本は韓国に対して非常に親切に行動したいと思っているように見える。日本は断乎、中国の統治権の軛を解き放って、弱小な隣国を援け、その独立国としての立場を強化することのみを希望しているように見える。即ち日本は、韓国国民に平和と繁栄と開化をもたらすような諸革命の実行を支援しようとしている。この動機は知識層の韓国官吏の多くを喜ばせているし、また、アメリカでも不賛成なことはなかろうと私は思う・・・」

韓国国民に平和と繁栄と開化をもたらすような諸革命の実行を支援しようとしている
ということで・・・
その通りである。

日本が、裁きを受ける何物もないのである。

続けて、
今日、日本による朝鮮「隷属化」を非難するにあたって、われわれは朝鮮において日本政府は、例外的なぐらいひどい植民地統治をやったという。しかし、病院、学校、朝鮮人の政治への参与(地方行政の場合)、通信、産業の発達、資源の開発など、通常「進歩的」発達の標準として容認されている基準から判断すれば、日本の記録は、通常の植民地母国の標準、いや、はるかにそれに、立ち勝っていた。今日、日本の朝鮮統治を非難する者はその根拠を、日本の主要な目的が朝鮮大衆の福祉よりも、日本自身の国家の安全の確保と経済的財政的福祉にあった、ということに置くのだ。しかし、そのような状態は、すべての西ヨーロッパ植民地母国によって、当然なことと容認されているのである。

西ヨーロッパの植民地政策は、略奪、掠奪、収奪だったのだが・・・
まあ、女史も、白人であるから、弁護したのだろう。

そして、
朝鮮において悪かったことは、日本の統治ではない。植民地制度そのものであった。1894年当時、アメリカ人のシル氏が日本の改革計画に賛同して、「国民に平和と繁栄と啓発をもたらすもの」と評価したとき、おそらく氏はこの人道主義的な言葉をまじめに書いたことだろう。日本人は、朝鮮国民の「指導」の責任が日本にあるとする理由を説明するにあたって、朝鮮のように長年の虐政でひどく痛めつけられた国民には、「独立」などは不可能であるといった。おそらく日本人はそのとき、今日、われわれが同様なことを口にしていると同程度に、真剣なことだったろう。

上記で、驚くべき言葉は、
植民地制度そのものであった、と言う。

女史も、植民地という意識である。
日本は、植民地にしたのではない。
併合であり、合邦国家だった。

しかし、アメリカ人が、このように、日本の統治を評価したことは、事実である。
当然、発売禁止、翻訳禁止になるだろう。

現在の日本の中でも、朝鮮半島を、植民地にしたという人は、いる。
反日左翼、在日関係、その他、諸々・・・

朴氏が、書く、
韓国統治の収支決算では、韓国のなかでも多くの有識者が、「日本は敗戦によって投資した額の三分の一も回収できなかっただろう」とか、「いや、三分の一以上は回収したはすだ」とか「全部回収したはずだ」などと話し合うことが、しばしばある。それなのに公式の席上や、あるいはマスコミのうえではいっさい触れないのが実情である。

日本は、投資、更にたま、投資したのであり、回収などしていない。
出しっ放しである。

それでも、未だに、韓国、韓国人は、日本からの、金が欲しいようで、日韓の政府が約束したことをも、無かったことにしているという、実に、馬鹿げた、有様である。

完全かつ最終的に解決している。

本当のところ、敗戦後に、韓国には、一銭足りとも、支払う必要はなかった。
充分過ぎるほど、日本は、朝鮮で、支出したのである。



posted by 天山 at 06:57| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。