2016年02月08日

玉砕100

南西諸島方面にて、23歳で、特攻死した、林市造。
出撃2日前に、母宛の切々たる手紙を書く。

お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。
 親思ふ 心にまさる 親心 今日のおとづれ 何ときくらむ (吉田松蔭)
この歌がしみじみと思われます。
ほんとうに私は、幸福だったのです。我ままばかりとおしましたね。けれども、あれも私の甘え心だった思って許して下さいね。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。
母チャンが、私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることができずに、安心させることもできずに死んでゆくのが、つらいです。

お母さんは、偉い人ですね。私はいつも、どうしてもお母さんに及ばないのを感じていました。お母さんは、苦しいことも身にひきうけてなされます。私のとてもまねのできないところです。
お母さんの欠点は、子供をあまりかわいがりすぎられるところですが、これをいけないと言うのは無理ですね。私はこれが、すきなのですから。
お母さんだけは、まだ私の兄弟たちは、そして私の友だちは、私を知ってくれるので、私は安心して往けます。

私は、お母さんに祈ってつっこみます。お母さんの祈りは、いつも神様はみそなわして下さいますから。
この手紙、梅野にことづけて渡してもらうのですが、絶対に他人にみせないで下さいね。やっぱり恥ですからね。もうすぐ死ぬということが、何だか人ごとのように感じられます。いつまでもまた、お母さんにあえる気がするのです。逢えないなんて考えると、ほんとうに悲しいですから。

その二日後に、特攻死したのである。
何とも、悲しい手紙である。
しかし、その母は・・・

その悲しみを抱きつつ、息子の思いを祈った。
親思ふ 心にまさる 親心・・・
絶句である。

私は今、特攻の本、を参照している。
その中で、神社新報社の編集したものが載っている。

その、遺稿の前に、書き込みがある。

かの大戦に出征した人々の多くが他界することにより、戦争体験そのものが風化しつつある。それはそれで平和の証であるからよいではないかという考えもある。確かにそれも一理ある。
しかし、憲法では日本が戦争を放棄しようとも、戦争は日本を放棄してくれない。日本では憲法は最高法規であるが、他国にとって日本の憲法などはまったく関心のないもので、ただひとつ意義があるとすれば、日本の憲法が戦争放棄を明文化しているというただ一事である。戦争を放棄しているなら、他国は安心して日本に武力行使ができる。これほど国辱的な憲法を持っている国は他にない。

ともあれ日本人の平和ボケは、戦争体験の風化と共に加速度的に進行している。しかし、日本人のこと平和ボケを厳しく叱り、真の平和とは何かを無言のうちに日本人の魂に激しく訴えかける場所がある。東京・九段の靖国神社である。

と、いうことで、ここからは、遺稿と共に、靖国神社、そして、戦争放棄の憲法を考えつつ進む。

昭和19年10月に、フィリピン・レイテ島周辺で始まった、特攻作戦が、最も、熾烈化したのが、沖縄戦である。
この方面の、航空作戦を、天一号作戦と、呼んだ。

海軍は、西日本の第五航空艦隊が、担当し、第一航空艦隊が、台湾から、支援した。

陸軍は、九州の第六航空軍と、台湾の第八飛行師団が担当し、作戦は、米機動部隊が、沖縄方面に来襲した、昭和20年3月23日に、発動され、やがて、沖縄戦が終了するまで、多数の若者が、特攻、散華した。

23歳で、特攻死した、若麻績隆は、特攻の意義を記す。

本日八分隊の○○名が転勤して行った。
送る送られる、別離の様式は至って清らかである。声をかけるでもなく、手を取り合うでもない。人が去って行くのは己がやがて去るであろう事を示し、人が死するのはやがて己も死ぬるを知る。
極めて当然なことである。
当然なりと自殺するのではない。今日の友の立場は明日の己の事である。
国を思う心に結ばれて同じ隊に生活したものにとっては、ある深い感慨が「淡々」という言葉の中に湧き出づる。
征く友よ、散る友よ、御身等の願うところは武名に非ず、功名に非ず、征けば必ず散り、散った後に、大日本帝国が厳たる勇姿を、硝煙の中から表れ出づる事を願うのみである。

戦時下における別れは、大半が、永別、死別となる。

ここで、極めて、見事な言葉は、武名に非ず、功名に非ずという、淡々とした、心情である。

つまり、冷静なのである。
この年齢にして、このような、心境、心情を抱くことが出来るという・・・
国のために、淡々として、死ぬ。

その彼らが、帰り着く所が、靖国神社なのである。
神社といえば、神道であるが・・・
靖国神社は、神道などという、以前の問題の場所である。

英霊を奉るという、その一点である。
国の施設である。

社とは、やしろ、である。
そこには、遺骨は無い。
その名を奉じているのである。

命と書いて、みこと、と、読む。
英霊は、○○○○の命、と呼ばれる。
つまり、日本の伝統である、死者が、神になるという思想である。

彼らとの、つながりの、窓口が、靖国神社なのである。
そして、全国にある、護国神社もそうである。
そして、慰霊碑である。

死者は、何かを窓口にして、生きる者達と、対座する。

靖国神社とは、そういう施設なのである。
一つの宗教施設ではない。


posted by 天山 at 07:12| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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