2016年02月04日

もののあわれについて789

御土器ふたわたりばかり参る程に、冷泉院より御消息あり。御前の御遊びにはかに止まりぬるを口惜しがりて、左大弁、式部の大輔、また人々ひきいて、さるべき限り参りたれば、大将などは六条の院に侍ひ給ふ。と、聞こし召してなりけり。




お杯が、二回りした頃、冷然院から、お手紙がきた。主上の御前での、音楽会が中止になったのを、残念に思い、左大弁や式部の大輔が、別に大勢を引き連れて、才能豊かな者ばかりが伺ったので、大将などは、六条の院にいられると、お耳にしたのである。




冷泉院
雲の上を かけ離れたる すみかにも 物忘れせぬ 秋の夜の月

同じくは」と聞え給へれば、源氏「なにばかり所狭き身の程にもあらずながら、今はのどやかにおはしますに、参りなるる事もをさをさなきを、本意なき事に思しあまりておどろかせ給へる、かたじけなし」とて、にはかなるやうなれど、参り給はむとす。

源氏
月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞかはれる

ことなることなかめれど、ただ昔今の御有様の、思し続けられけるままなめり。御使にさかづき賜ひて、禄いと二なし。




冷然院
宮中から、すっかり離れた、この上皇御所にも、忘れもせずに、秋の月は、輝いている。

同じことなら、との、お言葉があったので、源氏は、さして、動きにくくなった身分でもないのだが、今は、ごゆっくりしておられる、冷泉院に、伺うことも全く無いので、思いに任せぬことと思いあまり、わざわざ、お手紙を下さったのは、もったいないこと。と、急なことではあるが、参上しようとされる。

源氏
陛下は、昔と同じ光と尊敬しておりますが、こちらが、何かとうまくゆかず、失礼しております。

たいしたことではないが、ただ、昔と今と、御様子が違うことが、あれこれと考えられるので、このような歌を、お作りになったのだ。お使いには、お酒が振る舞われ、禄が、またとないほど出された。




人々の御車次第のままにひき直し、御前の人々立ちこみて、静かなりつる御遊び紛れて、いで給ひぬ。院の御車に、親王奉り、大将、左衛門の督、藤宰相など、おはしける限り皆参り給ふ。




人々のお車を、身分の順に列をなし、前駆の連中が、いっぱい集まり、静かであった音楽も終わり、ご出発になった。院のお車には、兵部卿の宮が、同乗し、大将や左衛門の督、藤宰相など、伺っていた者が、皆、参上される。




直衣にて軽らかなる御よそひどもなれば、下襲ばかり奉り加へて、月ややさしあがり、更けぬる空おもしろきに、若き人々、笛などわざとなく吹かせ給ひなどして、忍びたる御参りのさまなり。




直衣で、お手軽なお召し物で、下襲だけをお召し加えて、月が次第に上って来て、夜が更けた空の、おもしろさを見つつ、若い連中は、笛などをわざとらしくなく、吹かせられたりして、お忍びで、参上の行列である。




うるはしかるべき折節は、所狭くよだけき儀式を尽して、かたみに御覧ぜられ給ひ、またいにしへのただ人ざまに思しかへりて、今宵はかるがるしきやうに、ふとかく参り給へれば、いたうおどろき待ち喜び聞え給ふ。ねびととのひ給へる御かたち、いよいよことものならず、いみじき御盛りの世を御心と思し捨てて、静かなる御有様に、あはれ少からず。
その夜の歌ども、唐のも大和のも、心ばへ深う面白くのみなむ。例の言たらぬ片端は、まねぶもかたはら痛くてなむ。
明け方に文など講じて、とく人々まかで給ふ。




正しくすべき時には、仰々しく、厳しく儀式を尽して、お互いご対面されるのだが、昔の臣下時代に戻ったお気持ちで、今夜は、ごく気軽に、予告もなく、このように参上されたので、大変驚き、お出でを、喜び申し上げる。すっかりと、成人されたお顔立ちは、ますます、そっくりで、まだまだお盛りの最中に、ご自分から、ご譲位されて、静かに送るご生活は、心を打たれること、少なくない。
この夜、ご一同の詠まれた歌は、漢詩、和歌も多く、結構なものであったが・・・例により、一部分だけ申し上げるのは、気が引けますので・・・
明け方に、漢詩など披露して、早々に、ご一同は、ご退出になった。

冷泉院は、源氏の実の子である。
いよいよことものならず・・・

冷泉院もそれを知る。
譲位して、源氏に天皇の位を譲るという、気持ちだったが・・・
源氏が、それを控えたのである。



posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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