2016年01月27日

打倒・韓国58

「日帝」時代は、古代朝鮮の伝説神・檀君の開国以来、朝鮮半島にもっとも社会の安定をもたらし、人権が保護され、生存権が確保された時代であり、朝鮮人がもっとも生命力にあふれ、人口は急増した時代であったのである。これは、通説とはまったく逆の見方だが、ちゃんと根拠はある。


通説・・・とは、逆とは・・・
つまり、韓国では、全く違う説明がされているということだ。
つまり、妄想、嘘の歴史である。

何せ、韓国は、古代文明の最初だと言うから、呆れる。
更に、日本は野蛮で、文化は、すべて朝鮮半島から与えたものと、続く。
日本の伝統文化の、何から何まで、朝鮮が与えたらしい。

加えて、反日教育が盛んである。
それを、子供の時から、教えられる。
と、どうなるのか・・・

韓国から海外に出ない人は、それを、そのまま、信じているということになる。
救いは、海外に留学して、ようやく本当の歴史を知ると、驚愕するのである。

そして、韓国の歴史と、本当の歴史で、混乱する。
中には、韓国の教育が間違っていることに気づき、改めて、歴史を学び直す人達もいる。

1910年に設置された朝鮮総督府について私がもっとも評価していることは、新羅朝以来の朝廷の内訌を止揚したということだ。これは、明治維新後の近代国民国家造りを意識した日本人だからこそ、可能となったことだろう。
総督府は、李朝朝廷に代わって朋党の争いの根源を絶った。さらに、半島内の党争の病巣も根絶あるいは追放し、半島に安定した社会をもたらしたことにより、近代法治社会の土台を作ったのである。


まさに、朝鮮の近代の、朝を作ったのである。
彼ら自身では、何も出来なかった。
ただ、乱れているだけである。

朋党の争いの根源を絶つということは、日本人にしか出来なかったのである。
そのままであれば、半島は、近代化が遅れ、今なお、後進国として、貧しい、そして、乱れた社会にいたのである。

日本の総督府が行なったことは、評価しても、し過ぎることはない。

何せ、反日運動自体が、民族同士の殺し合いだったのである。
同じ民族で、殺しあうというのは、朝鮮の伝統とも、言える。

東学党の壊滅は、日本軍のせいでも清国のせいのでもなく、互いに争い合う歴史を歩んできた朝鮮人の宿命として、東学党員「30〜40万人」が自爆、自滅したのである。


何せ、東学党農民蜂起の時、二代教祖である、崔時亨直轄下の北接派は、はじめ蜂起に反対していた。
そして、湖南の全ホウ準と湖西の、徐章玉という、二人の指導者を、国家の逆賊であり、師門の乱賊であるとして、「討南旗」を掲げて、譴責した。
蜂起してから、早々に、内輪もめが、始まっていたのである。

そして、内紛は、激化し、南北接の指導者が、分裂、党員による、人塚の盗掘、略奪、暴行などが行われた。

内紛・・・
朝鮮半島の、宿命ともいえる。

義兵運動も似たようなものだ。初期の義兵は、儒学の忠孝思想という大義名分を持って、復仇の反日決起をした。しかし、しょせん民衆の基盤が何も無い運動である。反日運動はすぐに平定され、たちまち「火賊」「東匪」「活貧党」などに変身して匪賊化、単純小な農民一揆に走っていった。


ここで言う、火賊とは、韓国人特有の、殺人、掠奪、放火をはたらく、強盗集団のことである。
直情的な、匪賊であった。

匪賊に成り下がった義兵は、軍資金を民衆から過渡に奪い、散発的な狙撃をしていた。
これは、総督府から見ても、民衆から見ても、匪賊以外の、何者でもない。

生活で精一杯の民衆が、支援するわけもなく、義兵たちは、農村を襲う。
当然、住民たちから、嫌われ、はじかれる。
そして、山間へ逃げ込み、ゲリラと化す。
義兵たちは、匪賊と化してゆくのである。

農村では、彼らの集解はから身を守るために、警察と手を組み、討伐団をつくることもあった。

だから・・・
韓国人には、法治が必要なのである。が、今も、法治国家に遠い。
そして、益々、社会が、歪になってゆく。
今、現在も、そうなのである。

韓国に、誇れるものがあるか・・・
何一つ無いのである。

それで、嘘をつく。
特に、日本に関しては、嘘の付き放題である。
日本は、悪の国だからである。
そのように、子供たちに教える。

そうして、成長した韓国人青年は、反日感情を爆発させて、行動する。
その多くの国に対する不満を、反日活動に振り向けるのである。

1900年以後に出現してきた「活貧党」も、日本商人を襲ったり、商品を掠奪したり、果ては通商禁止を叫んで義賊化していった。東学党から義兵運動に至るまで、時代背景は多少違っていても、その思想は「衛正斥邪」に基づいていた。排外的・反侵略的な大義はあったのだ。そのなかで、反日が共通していたというだけのことで、反日運動そのものではない。さらに、その大義の根底には華夷思想が根付いているため、反民族主義運動と言ってもいいだろう。


反民族主義運動・・・
そういうと、今の韓国人は、信じられ無いだろう。
何せ、今は、民族主義一辺倒である。
しかし、裏を返せば、華夷思想なのである。

今も、残る、事大主義である。
結局、中華から、逃れられない運命なのか・・・
気の毒だ。



posted by 天山 at 06:38| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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