2016年01月08日

もののあわれについて781

殿に帰り給へれば、格子などおろさせて、みな寝給ひにけり。「この宮に心かけ聞え給ひて、かくねんごろがり聞え給ふぞ」など、人の聞え知らせければ、かやうに夜ふかし給ふもなま憎くて、入り給ふをも聞く聞く、寝たるやうにてものし給ふなるべし。




三条の殿にお帰りになると、格子などおろさせて、皆、お休みになっている。
この宮に、ご執心になり、こんなに親切にしていらっしゃるのだ、と、誰かご報告した者がいるので、このように、夜遅くまで、外にいらしたのも、憎らしく、入ってくる物音を耳にしつつも、寝ているふりをしていられる。

それは、夕霧の妻、雲居雁である。




夕霧「いもとわれといるさの山の」と、声はいとをかししうて、ひとりごち歌ひて、「こはなどかく鎖し固めたる。あなうもれや。今宵の月を見ぬ里もありけり」と、うめた給ふ。格子あげさせ給ひて、御簾まきあげなどし給ひて、端近く臥し給へり。「かかる夜の月に、心やすく夢みる人はあるものか。すこし出で給へ。あな心憂」など聞え給へど、心やましううち思ひて、聞きしのび給ふ。




夕霧は、いい人と一緒に入るあの山の、と、大変美しい声で、お一人、歌いになる。なんと、どうして、こんなに鍵をかけたのだ。ええもう、鬱陶しい。今夜の月を見ないところもあるのだな、と、不満気に、おっしゃる。女房に、格子を上げさせ、ご自分で、御簾を巻き上げ、端近くに臥すのである。
こんな月の夜なのに、気楽に夢を見る人があるものか。少しは、外へお出ください。なんて嫌な、など、申し上げるが、女君は、面白くないので、聞き流していられる。




君達の、いはけなく寝おびれたる気配など、ここかしこにうちして、女房もさしこみて臥したる、人気にぎははしきに、ありつる所の有様思ひ合はするに、多く変はりたり。




お子たちが、あどけなく寝ぼけている様子など、あちこちでしていて、女房も沢山寝ているのは、とても、賑やかな雰囲気で、先ほどの一条の宮の様子と、考えあわせてみると、全く違っている。




この笛をうち吹き給ひつつ、「いかに名残もながめ給ふらむ。御琴どもは、調変はらず遊び給ふらむかし。御息所も、和琴の上手ぞかし」など、思ひやりて臥し給へり。「いかなれば故君、ただ大方の心ばへは、やむごとなくもてなし聞えながら、いと深き気色なかりけむ」と、それにつけてもいといぶかしう覚ゆ。「見おとりせむ事こそ、いといとほしかるべけれ。おほかたの世につけても、限りなく聞くことは、必ず然ぞあるかし」など思ふに、わが御中の、うち気色ばみたる思ひやりもなくて、むつびそめたる年月の程を数ふるに、あはれに、いとかうおしたちて、おごりならひ給へるも、ことわりに覚え給ひけり。




この笛を、軽く吹かれて、どんなに、私が出た後も、思いにふけっていられるだろう。お琴の合奏は、調べも変えずに、続けていらっしゃるだろう。御息所も、和琴の上手な方だ、などと、思いつつ、横になられる。
どうして、死んだ柏木は、表向きの気配りは、姫宮らしく、北の方らしくて、差し上げながら、深い愛情はなかったのか。と、考えるにつけても、どうも腑に落ちない。器量が良くないということであれば、なんとも、お気の毒だ。だいたい、どこの話でも、素晴らしい評判は、いつもこのようなものだ。などと、考える。
ご自分の夫婦仲が、浮気めいたことをしないかとの、心配もなくて、仲良く暮らし続けている年月を、数えると、感心して、こんなに、我が強くて、いい気になっているのが、常なのも、と、考えられた。

最後は、妻の、雲居雁のことである。


posted by 天山 at 06:39| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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