2016年01月18日

玉砕96

末期の眼という、言葉がある。
つまり、死を目の前にした時に、見るものである。

特攻隊は、その、末期の眼を、若くして得たといえる。

とりあえず、長生きしても、末期の眼を持つ人になるか、どうかは、分からない。
この、末期の眼こそ、実は、人間が身につけなければならない、最高の心境であろうと、私は思う。

回天特攻・多聞隊の一員として、敗戦わずか、四日前に、18歳で、沖縄東方海面において、特攻死した、佐野一の、戦死当日の遺文である。

八月十一日、一七三〇、敵発見、輸送船団なり。我落ち付きて体当たりを敢行せん。
只天皇陛下の万歳を叫んで突入あるのみ、さらば神州の明保のきたれ。
七生報国のはちまきを締め、祈るは轟沈。
父上様、母上様、祖母様へ、休暇の時は何も真実を語らず、只語れるのはうそのみ。何たる不幸ぞ。しかし軍機上致し方なし。黙って訣別の外なし。やがてわかることならん。わが生存中の我儘切にお詫び申す。
父母に先立つは長男として申し訳なけれども大君のためなれば何の父母であり、兄弟なるか。胸中に神州の曙を画き、勇んで敵艦船と大和魂との突撃を試みん。実に爽快なり。

18歳の少年である。
また、少年だからなのか、この見事な、心意気である。

何とも痛ましく、悲しいが・・・
彼は、違う。
大君のためなれば・・・
そういう意識を、養っていたということだ。

出撃当日、愛する妹に遺書を残した、19歳、沖縄本島東方海域で特攻死した、高瀬丁(つよし)。

妹よ。
兄は、死場所を得て、武人の本懐と勇んで征く、必ず必ず立派な死に方をする。
妹よ、此の兄死すとも嘆くなかれ、五体はなくとも魂は、いつもお前達のもと悠久の大義に生きている。嘆かず頑張ってくれ、祖国の為に。
妹よ、お前達は帝国海鷲の妹なるぞ、兄の死に方に恥じないよう、何事も頑張ってくれ。父母上をたのんだぞ。兄が残す最後の言葉は、父母に孝、君の忠をつくせ、のみだ。
妹よ、たのむぞ、兄は勇んで征く。妹よ、体を大切に永く永く幸福にしらしてくれ・・・
お前達の面影を偲びつつ征く。

19歳の少年の遺書とは・・・
自殺攻撃である。

そして、それが、大義に明文されている。

その時代の、不可抗力である。
戦争という、不可抗力の時代が来ないことを、切に祈る。
だから、慰霊の行為が大切なのである。

特攻隊の若者が、妹宛に残した遺書は、存外に多いという。
その理由は、男兄弟は、すでに戦地に赴いているか、戦死しているからだ。

そうなると、妹という、存在に未来を託すことになる。
そして、異性としての、存在でもある。
恋人のいない、特攻隊員は、妹に、愛という情緒を持って切実として、遺書を残したと、想像できる。

23歳、南西諸島海域で、特攻死した、重信隆丸少尉は、妹、妙子に出撃前夜、手紙を書いている。

妙子、全く意地悪ばかりして申し訳ない兄だったね、許してくれ。いよいよ明日は晴の肉弾行だ。意地悪してむくれられたのは、今から思えばみんな懐かしい思い出だ。お前も楽しかった思い出として笑ってくれ。兄さんが晴の体当たりをしたと聞いて、何もしんみりするんぢゃないよ。兄さんは笑って征くんだ。
・ ・・
兎に角何も心配することなんか此の世にはないのだ。明るく朗らかに紡績に励み勉強し、立派な人間になってくれ。それが取りも直さず御国への最も本当の御奉公なのだ。兄さんはそれのみを祈りつつ征く。

明るい調子で、書かれているが、何か、透き通る、悲しみを感じる。

何故、今、私は、特攻隊の遺書、遺文、手紙を書くのか・・・
忘れないためにだ。
このような、事態を二度と、起こさぬようにという、祈りである。

戦地、激戦地を慰霊していると、兎に角、このような思い、このような事態になることがないようにと、祈る。
英霊に対し奉り、二度と、このようなことがないようにと、祈る。

一人の人間の死は、多くの人間の心に、打撃を与える。
まして、明確に死ぬという、若者である。
その家族、親族、友人、知人・・・
皆々、激しい情緒に陥る。

戦争というものを、恨む。
しかし、それだけでは済まない人は、軍部や、その上層部、果ては、天皇陛下を恨む。
恨んで解決されるはずもない。

どうしたら、戦争にならないようにすべきかということを、考える。
そして、行動する。

戦争も、国際社会の問題解決の一つであるという、一見、当たり前のことを言う者もいるが・・・
もし、人類が、知恵というものを持てば、それを何とか、防ぐ方法を考えてもいい。

戦争とは、戦う前の、情報戦、経済戦、そして、軍事行動がある。
それは、それぞれの、国益に関わる、重大な問題だ。

戦争回避の、国際法などない。

日本、日本人は、70年間、戦争を経験していない。
そして、更に、平和にボケている。

平和憲法さえあれば、戦争はないと、信じている風情である。
違う。

平和を願うならば、まず、英霊、戦争犠牲者の追悼慰霊が、まず、前提である。
それなくして、戦争反対という運動は、魂が入らない、ただの、妄想である。



posted by 天山 at 07:29| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月19日

玉砕97

回天特攻、菊水隊として、26歳で、ウルシー海峡にて、特攻死した、佐藤章少尉は、出撃に際して、妻、まりゑに手紙を残している。

かねて覚悟し念願していた「海征かば」の名誉の出発の日が来た。日本男子として皇国の運命を背負って立つは当然のことであるが、然しこれで「俺も日本男子」だぞと、自覚の念を強くして非常にうれしい。短い間ではあったが、心からのお世話に相成った。俺にとっては日本一の妻であった。
小生は何処に居ろうとも、君の身辺を守っている。正しい道を正しく直く生き抜いてくれ。
子供も、唯堂々と育て上げてくれ、所謂偉くすることもいらぬ。金持ちにする必要もない。日本の運命を負って地下百尺の捨て石となる男子を育て上げよ。小生も立派に死んでくる。
充分体に気をつけて栄へ行く日本の姿を小生の姿と思いつつ強く正しく直く生き抜いてくれ。

無心である。
ただ、日本のために生きるべく生きた。
そして、子供も同じように、日本の運命を負って生きるようにと・・・

こういう人たちによって、日本という国の根幹が、作られている。
日本人としては、誉れである。

実は、私も驚いていることがある。
特攻隊は、若者というイメージだったが、中には、熟年と言える兵士も存在していたのである。

38歳、沖縄周辺海域で特攻死した、佐藤清大尉である。
出撃に際して、哀切な手紙を残している。

妻に対して、
後事は只々貴方様を信じ、何の言うべき辞もありません。

いつでも覚悟はしている事で、又貴方様にも申し渡してある事、何を今更申し述べる事もありません。ただ申し訳なく思う事は貴方様にも随分苦労をかけ、これからは又貴方様一人に希望から責任を担わして子供の将来を委して逝く事であります。

昌志よ、優子よ、そして未だ見ぬ腹中の子よ、父は神州男子として護国の大義に殉ずるのだ。必ず強敵は撃滅せずにはおきません。お前達はお母さんを中心に、兄妹仲良く助け合い、お父さんの志を心として必ず人に笑われぬ様な日本男子、日本女性になって、強く正しく明るい人に育って下さい。この手紙を書いているうちにも敵機の襲来を見ました。痛憤やるかたなく奮激の極みであります。血は煮え立つ様であります。私と一緒に突っ込んで下さる部下の人々はとても張り切って、既に準備万般整っております。元気な若々しい優秀な人達揃いです。こんな立派な若い神鷹の先頭に立って、敵撃滅の矢面に立ち得た感激を貴方様も昌志も優子も感じとって下さい。

文は、現代文に変えている。

妻と、二人の子、そして、まだ生まれぬ子を、思いつつ・・・
断腸の思いであろうと、推測する。

部下の若者たちと一緒に、特攻するのである。
痛ましく、切ない。

やはり、特攻攻撃は、批判され、非難されるものだ。
しかし、特攻隊を、非難する者はいない。

特攻攻撃を美化しない。
ただ、時代と、戦争という、不可抗力に生きた人達。
戦争に突き進んだ、日本という国を、どう受け入れるのか・・・

大義に生きるというが・・・
現代の世の中と、その大義という言葉ほど、乖離している言葉はない。

国を守るために、死ねるだろうか・・・

余談であるが・・・
私が、特攻を目指して、死ぬことも厭わないと言うと、支援活動で一緒のコウタに言われた。
その年では、無理だ。
特攻というのは、若者だから出来る。
つまり、それだけの、鋭敏な感覚と、技量が必要だ。
年老いた者は、特攻には無理だと・・・

確かに・・・
もう、鋭敏な感覚など失った。
機転も利かない。
そうだったのか・・・
何故、若者かというのは、そういうことだったのだ。

22歳、南西諸島方面にて、特攻死した、中西達二中尉は、出撃前、両親に宛てて、手紙を書いている。

明日私は十一時二十分、魚雷と同じ大きさの爆弾をかかえて、後に予備学生出身の田沢少尉と予科練出身の阿部二等飛行兵曹とを乗せて出発します。後日新聞社からかもしくは大本営からか、三人で一緒にとった写真が届くかもしれませんが、そのときは一緒に弔ってやって下さい。・・・
私もあと二十日で大尉に進級するのではありますが、死んで中佐になろうと、少佐になろうと、階級はどうでもよろしい。大義の道にかかわりなく敢えて進級を望みません。
先日多数の同期生と教え子のものが第一陣をうけたまわって、特攻隊として出てゆき大戦果をあげましたが、皆んなニッコリと笑って元気に私に挨拶して出てゆきました。今度は私がニッコリ笑って元気に出てゆく番です。

父上、母上様の莫大なる御恩も、体当たり一事を以ってお報いする覚悟であります。どうかご両親様益々ご自愛されてご多幸ならんことを地下よりお祈りいたします。

散る桜 残る桜も散る桜
散って護国の花と惜しまん

特攻隊員は、誰もが、我が身の死により、祖国防衛の大きな、捨て石となると、覚悟している。

特に、沖縄戦では、特攻により、米機動部隊を、一日沖縄に釘付けすれば、本土決戦の準備が一日増えるという、確信をもって、出陣したといえる。

沖縄戦は、悲劇であった。
しかし、日本の各都市が、空襲を受け、広島、長崎には、原爆が投下された。
そして、沖縄戦では、住民も巻き込んだ悲惨である。
しかし、日本の若者たちは、沖縄の防衛と、戦いのために、命を捨てた。

沖縄は、特攻の聖地でもある。
posted by 天山 at 06:55| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月20日

玉砕98

22歳で、沖縄東方海域において、特攻死した、小泉宏三が、両親に宛てた手紙である。

何も私がやらなくとも特攻隊員は幾らもあるだろうに、と考える人もあるかもしれません。だがそう言う考え方は私の心が許しません。この戦争遂行に一体何万の尊い人命が失われた事でしょう。これら靖国の神々の前にも、そして幾多の困苦を闘いつつ生産に敢闘しつつある人々に対しても、絶対かかる私的な考えは許されません。
俺がやらなくて誰がやるか、各々がこの気持ちでいなかったら日本は絶対に負けると言って決して過言ではありません。
そして国が敗れて何の忠がありましょうか、七生報国の決意を果たすべき時は今、正にこの一期に掛かっているのです。
お父さんお母さん、私を失われる事は悲しいことでしょうが、このような事情を良くお考えになって下さい。
そしてこの決戦の一つのちからに、自分の子がなった栄光に思いを及ぼして下さい。

私は、特攻隊の、遺書、遺文を書き続けているが、それを、理解してくれる人は、多数ではないと、思っている。

国のために、命を捨てる・・・
そんな馬鹿な行為が、出来るものか・・・
日本は、そのような国になったと、私は、思う。

だが、今一度、平和国家、戦争をしない国といっても、戦争が、向こうから近づいて来た時に、どうするのかとも、思う。
戦争放棄しても、戦争の側から、向かってきた場合は、どうする。

只今の世界は、テロ戦争が勃発している。
そして、中国が、その覇権主義を剥きだしてきた。

東シナ海・・・尖閣諸島にも、手を伸ばしている。
あらゆる偽装を念頭に置いて、我が国の、核心的利益だと、言うのである。

侵略行為は、すでに始まっている。
更には、沖縄までも、手を伸ばして、工作員を乗り込ませている。

特攻隊が、必死で守った、沖縄を、中国が侵略して、よいものか。
それを、許してよいものか。

やはり、19歳で、南西諸島方面で、特攻死した、服部寿宗も、自分の戦死について、出撃前夜、母宛に、綴る。

我戦死すと聞かれてもどうか泣かずに立派に死んだと褒めて下さい。少しも力を落とされる様なことのない様に。そして恭宗や節子に力を落とさず励まして、しっかり各々の進む道に邁進させて下さい。
戦地にある父上には呉れ呉れも母上より宜敷くお伝え下さい。私からは別にお便りは出しませんでした。

母上様、父上様、恭宗殿、節子殿。
益々御壮健で何時迄も御幸福にお暮らしになられん事を、寿宗大空の一角よりお祈り致しておりますと同時に、皆様の輝かしい前途を見守っております。では之にてお別れします。
一家の前途に幸あらん事を祈って筆を置きます。永々有難う御座いました。

我が身の死ぬことより、その家族の幸福を祈るという、姿。
家族に対しても、敬語を使う心遣いである。

簡単にいえば、武士道である。

この国には、誇るべき、武士道と、特攻隊精神が存在する。

忘れる事のないように、私は、こうして、書き綴る。

昭和18年12月、およそ十余万人の大学生が、学業半ばにして、徴集された。
学徒出陣である。
このうち、約2000人が、第十四期海軍飛行予備学生となり、402人が、帰らぬ人となった。

その学徒たちの遺書、遺文が、密かに、遺族に届けられたという、ああ同期の桜、という本から抜粋する。

彼らは、神風特攻隊が編成され、その真の闘いに、参加した面々である。

22歳、南西諸島方面で、特攻死した、佐々木八郎。
入隊半年前の日記である。

僕は、戦の庭に出ることも自分に与えられた光栄ある任務であると思っている。現下の日本に生きる青年として、この世界史の創造の機会に参賀できることは光栄の至りであると思う。我々は死に物狂いで、与えられた義務としての経済学を研究して来た。この道を自ら選んだ自分の義務であるからだ。そのうえ体力に恵まれ、活動能力を人並み以上に授かった自分としては、身を国のために捧げ得る幸福なる義務をも有しているのだ。2つながら、崇高な任務であると思う。
戦の性格が反動であるか否かは知らぬ。ただ義務や責任は課せられるものであり、それを果たすことのみが我々の目標なのである。全力を尽くしたいと思う。反動であろうとなかろうと、人として最も美しく崇高な努力の中に死にたいと思う。形にとらわれることを僕は欲しない。後世史家に偉いと呼ばれることも望まない。名も無き民として自分の義務と責任に生き、そして死するのである。

日本人は、偉かった。
このように、考えることが出来たのである。

当時、学生たちは、様々な情報から、祖国日本が、危急存亡の時にあると、知っていた。そして、それを守るのが、自分たちであることも。

義務と責任・・・
今ほど、この義務、責任の不在な時代は、無いと思える。
権利だけを、主張する、反日左翼などの行為、行動を見れば、一目瞭然である。

さて、佐々木は、昭和18年12月8日、海軍への入隊前日、最後の日記を書く。

悠久の歴史の流れに身を委ねて、僕は僕の真髄を発揮しよう。対人的な個々の感情には、好悪愛憎の些些たる波がつきまとう。すべては大いなるものの力によって決されるのである。
僕は今は遺言を書くまい。ただ今まで恩顧をうけた人々がそれぞれの道を真っ直ぐに歩んで、それぞれの天命を全うされんことを望むのみである。各人が世界史の審判に何の恐るるところなく直面せられんことを望むのみである。幸いに諸兄、健康に、それぞれの道を歩まれることを、そしてそれぞれの人が、佐々木八郎なる人間の与えた印象を、それぞれの人なりに濃く淡くその胸にとどめおかれて、進んでいただきたいと念願するのみである。
これをもって、この日記を閉ずることとする。

佐々木八郎の哲学を、作り上げて、特攻散華したと、私は思う。
衷心から、哀悼の意を捧げる。
posted by 天山 at 07:20| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

玉砕99

南西諸島方面で、特攻死した、22歳、旗生良景は、串良基地に赴任した、昭和20年4月16日から、出撃の4月28日まで、遺書の代わりに日記を書いた。

今日はまだ生きております。
昨日父さんにも母さんにも、兄、姉にも見送って頂き、全く安らかな気持ちで出発できました。T子にもお逢いになった由、本日川村少尉より依託の手紙で知りました。皆なんと感じられたかは知りませんが、心から愛した、たった一人の可愛い女性です。純な人です。私の一部だと思って、いつまでも交際して下さい。葬儀には、ぜひ呼んで下さい。
当地は、前進基地の感が身にひしひしと迫ります。昨日も今日も、グラマン、シコルスキーの銃爆撃下、士気極めて旺盛、爆敵の心いや高く、大艦と引き換えの大事な体を、泥にまみれつつ、いたわっております。

ここは故郷の南端の地、春はようやく更けて、初夏の迫るを覚えさせられます。陽の光和やかに、緑濃き故郷を敵機に蹂躙される無念、やる方なし。この地、父母の在す故郷を、死を持って護らんと、いよいよ決意を固くしております。

国を守るということは、すなわち、故郷を守り、そこに住む、家族を護るという意識だ。
愛国心というより、郷土愛と言ってもいい。

彼は、日記の最初に、今日も生きています、と綴る。

今日も生きています。
陽光麗かに、微風頬を撫でて過ぎ、蝉の声しきり。ここ基地の空は、あくまで平和です。この平和も、銃撃に夢を破られます。父母の在す地、故郷の南端、しかもここは最前線です。体を粉にして、愛する日本を守りぬき、皆を幸福にしてあげるのだと、さらに闘魂を湧き立たせております。
皆に逢えて安心です。心に残るは、T子のことのみ。弱い心、お笑い下さい。しかし死を前にして、T子に対する気持ちの深さを、今更のように驚いています。人間の真心の尊さを、思った下さい。

今日も生きています。
朝からB29の空襲です。滝の落ちるような落下音、それに続く物凄い爆音、機上で勇敢な搭乗員も、地上では這いまわっています。四方に上がる黒煙と火焔、空には雲雀が囀り、地上には蓮華が咲き乱れているのに、無念やる方ない。

そして、4月28日、神風特別攻撃隊八幡神忠隊に、出撃命令が出された。

基地に到着してから、12日目のことである。

最後の日記である。

只今より出発します。何も思い残すことはありません。
お父さま、お母さま、兄さん、姉さん、御幸福に。
軍服をぬいで行きます。真新しいのが行李の中にありますから、それを家に取って、古い方をT子のところへ送って下さい。必ずお願いします。戦死がわかりましたら、一度家へ呼んで、遺書などをお渡しになればよいと思います。
おばあさん、良和ちゃん、和子ちゃん、皆元気に暮らして下さい。
日本は必ず勝ちます。帝国の繁栄のために、死所を得たるを喜んでいます。
心爽やか、大空の如し。こうしているのも、あと暫くです。
さようなら、お元気で。
御一同様。

こういう人達によって、今、現在の日本の平和を、享受している、私達である。
ありがたい。

ここで、考える。
特攻は、最終的に、撃沈させるというより、突入するということの、行為自体に、意義があると、思う。
それを悟った、特攻隊員である。

これは、生命尊重という、価値観をも、超える。
強制ではなく、志願するからである。

だから、敗戦後、このような行為は、皆無になった。
その時代が、産んだ、壮絶な生き方であると、言う。
つまり、もう、二度と、特攻攻撃という行為は、無い。

次に、21歳で、南西諸島方面にて、特攻死した、伊瀬輝男を見る。
入隊翌月の、昭和19年1月25日、配属された佐世保第二海兵団で、家より送られてきた、小包を渡された。

中には、母、姉が、仕上げた千人針の腹巻き、常備薬と、何通かの手紙が入っていた。

まず出て来しは孝治郎の習字なり。
「ガンバレ」
実に雄々しく書きたり。わが手を取りて教えし結果、三重丸張出しの成績ならん。また日の丸の絵、一年生にしては格段の出来栄え。頑張れ孝治郎、勉強するのだぞ。片仮名で綴りし手紙も同封あり。
「アンチャンニアイタイ。シャシントハナシテイル。オモチヤオカシノトキハ、タベナサイ・・・」
等々、一字一字がたまらなく可愛い。その純粋に余を慕い懐かしんでくれるのに、涙がでるのをどうすることもできなかった。

最後に出てきたもの・・・ああそれは、母の手紙であった。母の手紙、実に思いがけないものであった。母から手紙を貰ったことは、勿論一度もない。母が字を書くのを見たこともない。
その母が、余に手紙をくれたのだ。
紙の切れ端にたどたどしく書かれた母の字、我を思いしあまり書きたるものなり。
有難し。
たどたどしく子供の如く天真爛漫なる文字、ああ我が母の字なりけり。
「父母のことは心配せず、任務につとめよ。金ぴら様は船神だから信仰せよ」
涙、泉の如く、胸つまり五体ふるう。この有難き母の愛、雄々しき愛、母上、不孝の子、ここに誓って母上の教えを守ります・・・と幸福に吊床の中にしばし眠らず。

戦場では、息を引き取る際に、お母さん、母さんという、声が響いたと聞く。

天皇陛下万歳・・・とは、あまり聞かない。
勿論、陛下万歳を叫んだ兵士もいる。
しかし、圧倒的に、母を呼ぶ。

敗戦後、岸壁の母、という、歌が、何度もリメイクされて、歌われた。
それは、母と子の、互いの思いの深さを歌う歌詞である。

海山千里というけれど、なんで遠かろ、なんで遠かろ、母と子に・・・
歌詞の一部である。

遠い異国に出ても、母と子の思いは、つながっている。
愛国心、家族愛、肉親の情・・・
戦争は、それら、すべてを、確認したものだった。
posted by 天山 at 06:20| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月22日

打倒・韓国55

韓国人の、人種差別と、階級差別は、甚だしい。
今、現在でも、それが強く名残として、存在する。

西洋人を、洋奴、ヤンノム、日本人を、和奴、ウエノム、大国人であった、中国人を、垢奴、テンノムと呼んだ。
中国人は、垢だらけで、不潔だったからだろう。
それでも、中華主義である。

韓国はかつての南アフリカのアパルトヘート以上の人種差別国家であり、おそらく韓国人自身もそれは否定できないだろう。ことに、在韓中国系朝鮮人と在日朝鮮人・韓国人に対する差別は、すでに多くの書物で告発されている。
黄 文雄

在米韓国人は、黒人とヒスパニック系人を差別する。

現在の韓国人も、自己本位、自民族の優越意識や、人種差別意識から、一歩も抜けだしていないのである。

東南アジアを旅する私は、実際にその姿、状況を見ている。
実に、傲慢である。

現地の売春婦を買った男は、その優越意識が、顔に出ている。
女をモノのように扱う。

韓国人たちのグループを見ていると、確実に、東南アジアの人々は、韓国を嫌うと、感じる。

実際すでに、法律まで作り、韓国人を排斥する国々もある。

面白い話は、
在韓中国人が「垢奴」と呼ばれて差別されるようになったのは、韓国の事大主義が清国から日本に代わってからである。

というから、笑う。

在韓華僑は、台湾系華僑や華人といわれるが、韓中国交樹立までを正確にたどれば、そのほとんどが中華民国籍華僑、山東人である。かつての満州万宝山事件以降、在韓シナ人は韓国人に虐殺され、その勢力はいちじるしく衰えてしまい、朝鮮戦争中にもひどい殺害を受けた。土地、職業、出入国の制限は、財産と生活、生存権の剥奪と言える。極端に言えば、ナチスのユダヤ人に対する迫害にも劣らぬ行為である。これが、朝鮮半島からの華僑流出の一因となった。


15万人を超えていた、台湾系華僑は、今や、一割もいないという。
現在は、多少増えたが、一時は、二万人まで、激減した。

また、面白い話は、
在日韓国・朝鮮人は、ややもすれば指紋押捺などの問題を針小棒大に取り上げて反日キャンペーンに狂奔する。では、祖国における在韓外国人への指紋押捺の強制、人種差別、人権蹂躙などの犯罪行為は、いったいどう釈明するのか。さらに、残念なのは、韓国知識人たちがあまりにも反日・克日に夢中になっており、漢民族の人種差別への狂奔を自己抑制する理性を失ってしまったことだ。


と、いうことで・・・

呆れる話が、満載である。
どんな民族なのか・・・と、思う。

満州での、中国人からの迫害に、日本軍に助けられ、更に、日本国籍を求めて与えられると、即、中国人の迫害をはじめたという朝鮮人である。

何処か、頭が、ヤラれているのではと、思われる、性質である。

何か、民族的に、欠陥があるのではないかと、考えてしまう。

更に、面白い、というか、台湾には、失礼な話だが・・・

以下、黄文雄氏の文を引用する。
二十一世紀は韓国の世紀などとのぼせあがっているとき、思いもかけず金融が崩壊し、IMFの管理下に入ることになってしまった。その後、日本に過去の謝罪と反省を迫りながら、高圧的な態度で30億ドルの借款を約束させた。さらに、台湾にも100億ドルの借款を打診した。これは国家関係改善であるなどと都合のいいことを言って、下心まるだしの一方的な好意を押し付けた。

台湾には、韓国に対する「借り」はほとんどない。逆に「貸し」があるぐらいだ。1963年、韓国がはじめて経済開発五カ年計画を開始したときも、まっさきに資金援助したのは台湾だった。

だが、1992年の中国・韓国国交樹立にともなう台韓断交直前、韓国は台湾政府の弱みにつけこんで、国際市場で人気がなく売れなかった韓国車を五万台も国民党政府に無理やり買わせるという、ゆすりたかりを働いた。

ここまで、読むと、本当に、韓国は、異常な国だと、思う。
要するに、人間で言えば、自分勝手な国なのだ。

断交後はさらにエスカレートし、アジア・スポーツ大会の主催国争いにおいて、大本が韓国に権利を譲らなければ大会から追放すると恫喝した。国際会議で「台湾は国家ではないから参加させない」と台湾の大学生を閉め出したこともあった。また、中国政府からの指示を受けて、国連やIMFをはじめ、台湾の国際機関への加盟に韓国だけが強硬に反対した。

中国と北朝鮮の蜜月に気をもみ、中国の歓心を買おうとわざと台湾を叩いて忠誠心を示し、火事場泥棒ぶりを発揮したこともあった。ことに台湾史上初の総統直接選挙前夜、中国がミサイルで威嚇攻撃をしてきたときは、韓国の台湾叩きはいっそう激化した。

このように、韓国の小国に対するいじめはかなり徹底している。ことに台湾に対しては、反日感情の域をはるかに超えて、尊厳ある人間としてとても耐えられるものではない。

まだ、話は続くが・・・

これは、実は、台湾に限ったことではない。
現在の、東南アジアに対する態度も、韓国人の個々が、実に不遜な態度を取って、扱うのである。

要するに、見下す。
侮蔑するのである。
見ていて、呆れる程、傲慢さである。
次に、続く・・・
posted by 天山 at 06:53| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

打倒・韓国56

もともと、韓国と台湾の関係はそれほど悪くなかった。かつて韓国人の台湾留学生は1000人を超え、台湾外国人留学生の半数以上を占めていたこともあった。しかし、韓国の台湾叩きがあまりにも冷酷無情なものだったため、いっときは韓国人ジャーナリストが台湾のタクシーで韓国語を話しただけで降ろされたりもした。
台湾人は、この韓国人ののぼせ上がった弱者いじめに対して、目には目を歯には歯をとの姿勢で逆襲に出ている。・・・


韓国は、今も台湾に対しては、なにがしかのいじめをしている。
特に、スポーツの世界などでは、顕著である。

食道楽の台湾でありながら、韓国の台湾叩きの最中に韓国焼き肉店は閑古鳥が鳴き、つぶれてしまう店もあった。これもすべて、韓国人の弱者いじめ、人種差別からくるものだろう。韓国人は、台湾人がもっとも苦悩と苦難を抱えているときに、その弱みに乗じて恫喝してくるのだ。なんとも無情ないじめである。


この、韓国人の、人種差別的な態度、行為は、東南アジアでも、目立つものである。
あきらかに、多民族、他国を、侮蔑する態度は、呆れるばかりだ。

このことで私がよく連想するのは、戦後日本の焼け跡で、どさくさに紛れて日本人の土地を強奪したあさましさである。ところが日本人の反応は台湾人と違って、謝罪や反省をするばかりだ。それはそれで韓国の弱者いじめに対抗するひとつの方法なのかもしれない。


上記は、呆れる気持ちを通り越す。
日本帝国は、韓国から、何もかも奪った・・・と、言うが、
自分たちは、どうだろうか。
今も、平然として、日本人から奪った土地を、我が物としているのだ。

こういった韓国人の弱者いじめ、人種差別は、伝統文化に見られるマゾヒズムとサディズムという矛盾だけの両面性の視点からさまざまな研究がなされているが、私はそれは両班文化からくるものと考えている。李朝時代の両班階級と常人や賤民との関係が原点にあって、その後遺症が今日の韓国社会に暗い影を落としているのではないか。
しかも、それは近代化とともに回収されるどころか、逆に韓国人の経済生活が向上するにしたがって、何でも「世界一」という錯覚を生み、それによってさらに差別やいじめは膨張していくものだ。韓国人の反日感情は日帝三十六年の悪事が原因だといわれるが、実際は経済大国となった日本を嫉んでのことである。


そのとおりだろう。
悪いことは、誰かのせいにし、良いことは、我が物だと、胸を張る韓国人に、付ける薬はない。

民族には、誇りが必要だが、韓国のように、世界を知らずに、世界一だとは、笑わせる。
更に、知らないということを、知らないのである。

大中華と小中華の、近代に至る異民族差別や迫害は許されるべきものではない。彼らは、洋夷や倭夷というだけで平気で迫害し虐殺をはかる。大院君時代1863年〜1873年にはフランス人神父が処刑され、8000人以上のカトリック教徒が惨殺された。
百歩譲って、この時代は「衛正斤邪」の思想があったことを考慮したとしても、時代が下るにつれて虐殺や迫害が激化、頻発化しているのは、どういうことだろうか。分断後の韓国と北朝鮮、このふたつの異母兄弟は、反共やら反帝などの名の下において、いったい罪のない民衆を何人殺してきたのか。

日本が過去のできごとを半世紀以上にわたって謝罪や反省する必要があるとすれば、韓国人は何億年も自己反省するべきだ。自国民に対する粛清や虐殺を、「それとこれとは違う」などと言い逃れもいい加減にしてほしい。


知れば知るほど・・・
朝鮮、韓国人というものの、実体が解り、驚くばかりである。

果たして、韓国、韓国人は、未来を創造することが出来るのだろうか。

慰安婦問題でも、捏造の強制連行を世界に向けて言うが、韓国の国内、あるいは、ベトナムでした、慰安婦の強制や、強姦、そして、韓国兵の子供の問題などは、全く意に介さないのである。

まさしく、韓国と、韓国人を表明する行為である。

こういう人を、日本では、恥知らず、と言う。

更に、現在進行中の、フィリピンでの、コピノ問題である。
韓国人の男が、フィリピン女性に子供を産ませて、トンズラするというのである。

その数、一万人以上というから、驚く。
そこで、フィリピン政府は、韓国人男性に対する、厳戒令を敷いた。

この、コピノたちは、下手をすると、ストリートチルドレン化する。

過去に、日本人の男たちも、フィリピンに日系の子供を放置した。
しかし、フィリピンの日本人会などが、立ち上がり、支援活動を続けた。
韓国とは、全く別な対応である。

そして、カンボジアでは、韓国人男性との、結婚を法律で禁止したのである。
それほど、酷いということだ。

この状態を韓国人は、どう考えているのか。
きっと、何も考えていないだろう。
平然としている。

要するに、人間が違うと、考える。
日本でも、常識という言葉があるが、簡単に言うと、常識、人間における必要な常識に欠ける民族だということである。

何処かが、欠落していると思うしかない。
それが、世界一とは、何の話かということになる。

韓国で、世界一なるものなど、何も無い。

日本の文化は、皆、韓国から出たものである・・・
平然として言う根性は、大したものだ。

嘘も、妄想も、一緒くたなのである。
知能の問題もあるだろう。

兎に角、関わらないことが、一番の、民族であると言うしか無い。
posted by 天山 at 06:31| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

打倒・韓国57

日本は、韓国への、戦争責任など、全く負っていない。
つまり、日本は、韓国と戦争はしていないのである。

何故か・・・
当時の、大東亜戦争、第二次世界大戦は、韓国は日本であった。
併合国家であった。

日韓50年戦争などと、韓国人は、言うが、全く根拠がないのである。
妄想、愚説の類である。

もし、日帝50年というものがあれば、日清戦争の発端となった、「東学党の乱」1894年のことだろう。

この当時、李朝を統治していたのが、清である。
この反乱平定のために、無通告出兵をした清国に対して、日清両国ともに、朝鮮に出兵の際は、互いに通告することという、天津条約違反だということで、日本は、清と開戦したのである。

日本軍は、東学党との交戦は、皆無である。
日清戦争前の日本軍は、公使館護衛の二個小隊のみを置いていただけである。

東学党の死者が、30余万人だとすると、最低でも、100万人以上の軍隊が必要になる。また、当時の朝鮮半島の人口が、1000万人未満であった。それほどの死者を出すには、東学党以外の、市民も皆殺しにしなければならない。

この、死者、30万人というのも、朝鮮人特有の、嘘、妄想である。

東学党の乱は、半島史上最大の農民反乱であったことは確かだ。しかし、それは日本に対する反乱ではなく、李朝とその宗主国・清朝に対する蜂起であった。反乱は、日本軍が朝鮮半島に上陸する前に、すでに清軍によって平定されていた。


日本政府はこのとき、居留民保護というよりも清政府の条約違犯を口実にして朝鮮に出兵し、日清戦争となった。・・・
日本の目的はあくまでも清国であった。そして、あれほど本格的な戦争であった日清戦争でさえ、日本軍の死者は8395人であり、東学党の死者30万人とはほど遠い数字である。


結局、朝鮮の様々な乱は、正確なものではない。
また、書物があっても、信用出来ないのである。

読み込むと、矛盾だらけということになる。

さて、日露戦争以後、大韓帝国は、日本の保護国となり、統監府が置かれて、日本の憲兵、警察が、朝鮮半島の隅々に駐在した。
それを、韓国では、極悪非道の弾圧と、虐殺を意のままに行っていたと、嘘を言う。

全くの、嘘であり、虚言である。

この当時、日本軍の朝鮮駐留軍は、はじめ一個師団、後に、二個師団だけで、交代制で、朝鮮に駐在していた。
その役割も、主に、ソ連からの領土防衛であり、反日の義兵や独立運動などでは、出ないのである。

義兵運動の対処は、大半が、警察に任せていた。
日本の朝鮮駐留軍部隊が、はじめてソウルの街頭に出たのは、日本の敗戦後である。
それは、日本居留民を保護するためである。

統監時代から、三・一独立運動に至るまでの、憲兵と、警察の人数は、増加しているが、それも、朝鮮人、日本人と合わせて、7000人ほどである。
それは、単に、朝鮮の人口が、増えたためであり、これだけの人数では、半島の隅々まで、駐在するのは、無理である。

日韓併合当時の朝鮮は、盗賊が跋扈するという、非常に治安の悪い社会であり、数千人の、憲兵、警察は、治安維持だけで、精一杯だったはず。

かりに「半島の隅々」にまで憲兵・警察が駐在していたとしても、せいぜい「ムラ」ひとつあたり憲兵・警察ひとりずつといった計算になる。現在の交番や駐在所とそっくりだ。もし村人の協力がなければ、義兵や反日ゲリラに袋だたきにされていただろう。逆に言えば、憲兵・警察は村の守り神だったということだ。


その通りだろう。
日本統治時代の、朝鮮人は、日本がなにをしてくれているのかを、理解していたのである。
自分たちが、安心して、暮らせる世の中であることが、日本によって、行われたということだ。

こうして、憲兵・警察の数からみても、日帝三十六年の義兵や民族運動は誇大宣伝であり、朝鮮人はかなり順民だったのである。ましてや、民族主義者が言うような全民衆的な抗日運動などあるはずがない。たとえあったとしても、駐留している二個師団だけでは、全民蜂起に勝てるはずもないだろう。


つまり、そういう事も、嘘なのである。
妄想全開である。

実際、殺戮、放火、略奪、暴行などいうものは、反日、抗日による者ではなく、朝鮮人同士の殺し合いによって、数千とか、数万人の死者が出たのである。

自分たちがしたことを、日本が行ったという、話は、朝鮮人、韓国人の、得意技である。

ちなみに、中国の残虐行為も、自分たちが行なったことを、日本軍が、行なったという。
嘘も、百回つけば、本当になる・・・
違う。嘘は、嘘なのである。

秀吉による、朝鮮出兵により、300万人が殺戮された・・・という、嘘を言う。
当時の、人口は、200万人ほどである。

これも、中国の南京事件と同じで、20数万人が、30万人虐殺されたという嘘話と、同じである。

黄文雄氏は、
日本人は誠の民族で、追いつめられた時は嘘をつくより謝ることのほうが多い、しかし韓国人、ことに戦後の韓国人学者は、よく嘘をつき歴史を捏造する。国家を指導する国家元首たるものまでが、平気で嘘をつく。ここが、日韓の最大の違いではないだろうか。
と、言う。

まさに、その通りと言うしかない。
そして、いずれ、その嘘で、自分たちの、首を締めることになるのである。

posted by 天山 at 06:54| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月27日

打倒・韓国58

「日帝」時代は、古代朝鮮の伝説神・檀君の開国以来、朝鮮半島にもっとも社会の安定をもたらし、人権が保護され、生存権が確保された時代であり、朝鮮人がもっとも生命力にあふれ、人口は急増した時代であったのである。これは、通説とはまったく逆の見方だが、ちゃんと根拠はある。


通説・・・とは、逆とは・・・
つまり、韓国では、全く違う説明がされているということだ。
つまり、妄想、嘘の歴史である。

何せ、韓国は、古代文明の最初だと言うから、呆れる。
更に、日本は野蛮で、文化は、すべて朝鮮半島から与えたものと、続く。
日本の伝統文化の、何から何まで、朝鮮が与えたらしい。

加えて、反日教育が盛んである。
それを、子供の時から、教えられる。
と、どうなるのか・・・

韓国から海外に出ない人は、それを、そのまま、信じているということになる。
救いは、海外に留学して、ようやく本当の歴史を知ると、驚愕するのである。

そして、韓国の歴史と、本当の歴史で、混乱する。
中には、韓国の教育が間違っていることに気づき、改めて、歴史を学び直す人達もいる。

1910年に設置された朝鮮総督府について私がもっとも評価していることは、新羅朝以来の朝廷の内訌を止揚したということだ。これは、明治維新後の近代国民国家造りを意識した日本人だからこそ、可能となったことだろう。
総督府は、李朝朝廷に代わって朋党の争いの根源を絶った。さらに、半島内の党争の病巣も根絶あるいは追放し、半島に安定した社会をもたらしたことにより、近代法治社会の土台を作ったのである。


まさに、朝鮮の近代の、朝を作ったのである。
彼ら自身では、何も出来なかった。
ただ、乱れているだけである。

朋党の争いの根源を絶つということは、日本人にしか出来なかったのである。
そのままであれば、半島は、近代化が遅れ、今なお、後進国として、貧しい、そして、乱れた社会にいたのである。

日本の総督府が行なったことは、評価しても、し過ぎることはない。

何せ、反日運動自体が、民族同士の殺し合いだったのである。
同じ民族で、殺しあうというのは、朝鮮の伝統とも、言える。

東学党の壊滅は、日本軍のせいでも清国のせいのでもなく、互いに争い合う歴史を歩んできた朝鮮人の宿命として、東学党員「30〜40万人」が自爆、自滅したのである。


何せ、東学党農民蜂起の時、二代教祖である、崔時亨直轄下の北接派は、はじめ蜂起に反対していた。
そして、湖南の全ホウ準と湖西の、徐章玉という、二人の指導者を、国家の逆賊であり、師門の乱賊であるとして、「討南旗」を掲げて、譴責した。
蜂起してから、早々に、内輪もめが、始まっていたのである。

そして、内紛は、激化し、南北接の指導者が、分裂、党員による、人塚の盗掘、略奪、暴行などが行われた。

内紛・・・
朝鮮半島の、宿命ともいえる。

義兵運動も似たようなものだ。初期の義兵は、儒学の忠孝思想という大義名分を持って、復仇の反日決起をした。しかし、しょせん民衆の基盤が何も無い運動である。反日運動はすぐに平定され、たちまち「火賊」「東匪」「活貧党」などに変身して匪賊化、単純小な農民一揆に走っていった。


ここで言う、火賊とは、韓国人特有の、殺人、掠奪、放火をはたらく、強盗集団のことである。
直情的な、匪賊であった。

匪賊に成り下がった義兵は、軍資金を民衆から過渡に奪い、散発的な狙撃をしていた。
これは、総督府から見ても、民衆から見ても、匪賊以外の、何者でもない。

生活で精一杯の民衆が、支援するわけもなく、義兵たちは、農村を襲う。
当然、住民たちから、嫌われ、はじかれる。
そして、山間へ逃げ込み、ゲリラと化す。
義兵たちは、匪賊と化してゆくのである。

農村では、彼らの集解はから身を守るために、警察と手を組み、討伐団をつくることもあった。

だから・・・
韓国人には、法治が必要なのである。が、今も、法治国家に遠い。
そして、益々、社会が、歪になってゆく。
今、現在も、そうなのである。

韓国に、誇れるものがあるか・・・
何一つ無いのである。

それで、嘘をつく。
特に、日本に関しては、嘘の付き放題である。
日本は、悪の国だからである。
そのように、子供たちに教える。

そうして、成長した韓国人青年は、反日感情を爆発させて、行動する。
その多くの国に対する不満を、反日活動に振り向けるのである。

1900年以後に出現してきた「活貧党」も、日本商人を襲ったり、商品を掠奪したり、果ては通商禁止を叫んで義賊化していった。東学党から義兵運動に至るまで、時代背景は多少違っていても、その思想は「衛正斥邪」に基づいていた。排外的・反侵略的な大義はあったのだ。そのなかで、反日が共通していたというだけのことで、反日運動そのものではない。さらに、その大義の根底には華夷思想が根付いているため、反民族主義運動と言ってもいいだろう。


反民族主義運動・・・
そういうと、今の韓国人は、信じられ無いだろう。
何せ、今は、民族主義一辺倒である。
しかし、裏を返せば、華夷思想なのである。

今も、残る、事大主義である。
結局、中華から、逃れられない運命なのか・・・
気の毒だ。

posted by 天山 at 06:38| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

打倒・韓国59

乱れ乱れていた、朝鮮の、法治と人権を実現したのも、日本の統治であった。

儒家思想の核は倫理である。これは、ひとつの社会規範とされ、人は仁や義や礼を重んじるべきだと説いている。宗教信仰のように内発的・自律的に発生するものではなく、あくまで「仁たれ、忠たれ、孝たれ」と規定するもので、外的強制によるところが儒教倫理の特色なのだ。


日本では、孔子の論語などは、大変、ありがたがって、読まれていたが・・・
文としては、評価するものがある。
しかし、孔子の思想は、平面的であり、それほど、重大に捉えるものではない。

何せ、見える世界だけのことであり、見えない世界のことには、触れない。
見える世界は、見えない世界に、支えられてあることを、知らないのである。

従って、儒教国家においては法治よりも人治、「朕」すなわち法であり、仏教国家と違って刑罰が厳しく、厳刑峻罰の国になるのは避けられないことなのだ。その儒教国家である「大中華」も「小中華」も、当然ながら人治国家で、刑罰は厳しい。


そして、
最高の仁義道徳を持つ有徳者が国家を治める儒教社会は、法治社会とはあまりに原理が違うため、一般的に法的規則が極めて困難である。だから、「朕」すなわち、「法」の人治社会では、法とは人を裁くもので、朕は例外とされる。孔子の事大、「刑、太夫に及ばす」と言われたように、刑とは民衆を罰するものであり、統治者には及ばない。それが儒教国家である。


現在の国際社会では、通用しない。

朝鮮社会は、李朝末期などは、特に、司法などなく、乱れていた。
賄賂が横行し、罪人は拷問され、無理やり自白させられた。

更に、監獄は不足して、設備が古い。
それなのに、罪人が多く連行される。

罪人が増えれば、費用がかかるため、死刑である。
死刑執行は、晒し者にされ、山中の杉、クヌギの樹に吊るして、処刑する。

日本の朝鮮統治について、最も批判的だった、スコットランド系カナダ人の、有名な著述家、マッケンジが、「朝鮮の悲劇」に書く。

監獄は呪詛のまとであり、拷問は自由に行われ、周期的な監獄掃除に際しては一時に数十名の囚人を絞首してしまい、裁判は売買された。

アーソン・グレイブスの「悲劇の朝鮮」でも、
朝鮮はきわめて盗賊の多い国家で、城塞の外で夜を過ごすことは大変危険だった。ソウルの外廊には人命をハエの命ほどにも思わぬ山賊やならず者で溢れていた。

ホーマー・ハルバートの「朝鮮滅亡」では、
金次第でどうにでもなり、多額の金を提供するか、裁判官を畏怖させるほどの有力者を後ろ盾にもっていることを見せつけるしかしたほうが、かならず有利な判決にありつけることは、世間一般の常識。

どうであろうか・・・
それが、今の、韓国人の祖先達である。

そして現在、韓国はいまだに世界有数のワイロ国家として有名だ。儒教国家とワイロとは、切っても切れない関係なのである。


と、いうことで・・・
言葉がない。

儒教国家といえば、中国である。
政府高官のお金は、すべて賄賂である。
公務員も、賄賂である。
そして、中国を見限り、海外に出る。
愛国心などというものは、無い。

さて、朝鮮総督府は、李朝末期から残っているこういった前近代的刑罰を徹底的に排除しようとした。土地制度と租税制度の改正、財政破綻や官僚腐敗などの病巣を取り除くために、階級制度による身分差別の撤廃、行使奴婢の廃止と、女性再婚の自由と保証、苔刑の廃止、一族まで類の及ぶ罪人連座法の廃止など、過去の陋習に徹底的にメスを入れたのである。そして、法治社会の確率、個人の独立、人権の尊重など近代的法治国家の概念を植え付けようとした。


これを、朝鮮総督府の、武断政治、という。

その御蔭で、戦後分断後の韓国は、朴セイキの、開発独裁を経ても、近代化の基礎を再建することが出来た。

一体、韓国人は、その歴史を、どのように見ているのか・・・
見ていないのである。
更に、それだけの、知識を持てないのである。

特に、ハングル世代になると、アウトである。
全く、別の、いや妄想の歴史を、教えられる。

ハングルしか、読めないからである。
漢字を全廃してしまった、ツケである。

海外に出た、若者だけが、全部ではないが、少しばかり、事実を知ることになる。そして、驚愕し、慌てる。
中には、真剣に学び、日本統治時代が、いかに素晴らしいかを知る。

日本は、併合したのである。
植民地にしたのではない。
しかし、仮に、植民地化したとしても、どこに、そんな植民地統治があるのか・・・

白人達の、植民地となった国、土地は、どうだったか・・・
略奪、剥奪、掠奪である。

酷いのは、民族絶滅である。要するに、虐殺である。
人種差別の激しい、白人主義は、どんなことを行なったか・・・
そして、一度でも、謝罪したか・・・
今も、平然として、人種差別をしているのである。
posted by 天山 at 06:37| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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