2015年12月28日

玉砕93

出撃の朝。
散歩に行くような、小学校の頃遠足に行くような気持ちなり。
○ 三○○朝めし。すしを食った。あと三時間か四時間で死ぬとは思えぬ。皆元気なり。

遺書の最後である。
22歳、南西諸島方面で特攻死した、牧野けん

若者だからか・・・
これは、死ぬことを無意識に追い出している。

午後、幾組かの飛行機○○基地へ向け進出す。館山から一緒だった高木少尉、渡辺功男一飛曹も出た。遠からず俺たちも出ることだろう。人生五十年、その半分を無事に生き抜いたことも思えば不思議なくらいだ。子供の頃が思い出される。三月十七日三浦君とであったが、これが最後であろう。三浦君も遠からず行くであろう。
突っ込む時は、どんなものであろうか?
さっぱりとしたなんともいえぬ気持ちだろうと思うのだが、何となく気に掛かる。

24歳で、沖縄海域にて、特攻死した、飯沼孟である。

ここでも、恐怖心は、無い。
一瞬の出来事で、死ぬのである。
純粋さゆえの、諦観なのか・・・

矢張り、24歳で、沖縄海戦で、特攻死した、千原達郎は、

遺言のごときは敢えて書かず、ただ立派にお役に立ちますよう夜昼となくお守り下さった母上に心からありがとうを申し上げるのみなり。

と、覚悟の決定をしている、様である。

この時代に、生まれ合わせた若者として・・・
不可抗力を受け入れている。

生死一如の心境を、多くの著作から、読み続けていた私は、この特攻死の覚悟には、及ばない。
ただし、今、私は、大義のために、死ぬことを善しとする。
大義のために、死ぬ機会があれば、私は、死ぬ。

私は誰にも知られずそっと死にたい。無名の幾万の勇士が大陸に大洋に散っていったことか。私は一兵士の死をこのうえもなく尊く思う。

22歳で、沖縄海域で、特攻死した、溝口幸次郎である。

いよいよ出撃もあます二三日だろう。明日より菊水四号作戦あり。一号より三号まで多大なる戦果とともに、数多の戦友は散華した。
ひととせを かへり見すれば なき友の
数へ難くも なりにけるかな
四号作戦終われば、いよいよ俺の中隊突入の番だ。最後まで自重せん。沖縄は断じて敵にゆずらず。生命もいらず、名誉も地位もいらず、ただ必中あるのみ。深山のさくらのごとく、人知れず咲き、散るべき時に潔く散る。何の雑念も含まず。
夜十時、進出命令下る。

23歳、南西諸島方面にて、特攻死した、西田高光である。

この心境を、一生に渡り、持続して持ち続けて生きることは、至難の業である。しかし、特攻隊は、若き一瞬にして、生死一如の境地を得たと思う。

海軍航空隊に生活して、初めて私も悠久の大義に生きる道を悟りました。戦地に来て未だ十日ですが、私の戦友部下達の相当の数が戦死しました。これらの友と部下達のことを想うと、生きて再び内地の土を踏む気持ちにはなれません。
私は必ず、立派に戦って、悔いなき死に場所を得るつもりでおります。

皇国三千年の歴史を考うる時、小さな個人、或いは一家のことなど問題ではありません。我々若人の力で神洲の栄光を護り抜いた時、皇恩の広大は小さな一家の幸福をも決して見逃しにはしないと確信します。

26歳、フィリピン方面で特攻死した、吹野匡は、母に書いた遺書である。

これを読むと、日本には、武士道と、特攻精神があると、納得する。

小さな個人、或いは一家のことなど問題ではありません
上記は、すでに国家と、そして、皇室、天皇を、信じている。
皇恩とは・・・
天皇を戴く、日本という、国を信じている。
この意識は、素晴らしいものだ。
愛国心・・・そんな言葉では、語れないのである。

国家に忠誠を尽くすという、心意気。
国家を信じている有様は、今現在の、日本の若者には、考えられないほどの、威力である。

我々に明日はない。昨日もない。ただあるものは今日、否、現在のみ!

私は郷土を護るためには死ぬことができるであろう。私にとって郷土は愛すべき土地、愛すべき人であるからである。私は故郷を後にして故郷をいまや大きく眺めることができる。私は日本を近い将来に大きく眺める立場となるであろう。私は日本を離れるのであるから。そのときこそ、私は日本を本当の意味の祖国として意識し、その清らかさ、高さ、尊さ、美しさを護るために死ぬことができるのであろう。

25歳、本州東方海上で特攻死した、林憲正の遺書である。

散る桜 残る桜も 散る桜
未だこういう大悟の境地をしかと把握してはいませんけれど、これはほんとうに真理だと思います。およそ生をうけたものはすべて死すべき運命をもって生まれてきております。必ず死ななければならないんです。だから死すべき好機を発見して死ぬことができたならば大いに意義ある人生を過ごしえたことになると思います。御国のために死ぬということは天地と共に窮りなき皇国日本と、とこしえに生きることであると思います。

22歳、南西諸島海域で戦死した、真鍋信次郎である。

現代の、少しばかり、賢い若者、そして、斜に構えた若者には、理解しえないことだろう。国のために、死ぬということ。

この時代の、不可抗力を受け入れた姿。
そこに、意味と意義を見出し、そして、大義を得たのである。

死ぬ意味を見出す行為は、ただでさえ、難しい。
しかし、その時代にあって、その意義を見出しえた若者である。

何度も書くが・・・
特攻攻撃を批判し非難しようと、特攻隊その人たちを、批判、非難することは、出来ないのである。

彼らの、死に対して、ただ、黙祷以外のことを、思わない。



posted by 天山 at 07:55| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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