2015年12月18日

もののあわれについて779

みづからの御宿世も、なほ飽かぬこと多かり。あまたつどへ給へる中にも、この宮こそは、かたほなる思ひまじらず、人の御ありさまも、思ふにあかぬ所なくてものし給ふべきを、かく思はざりしさまにて見奉る事、と思すにつけてなむ、過ぎにし罪ゆるしがたく、なほ口惜しかりける。




ご自分の運命にも、今なお、不満な点が多いのである。大勢集められた、婦人の中でも、この女三の宮こそは、申し分の無い、お人柄も、不満に思われる点もなくていらしたはずなのに、こんな、思いもかけない、尼姿で、お世話申し上げることになるとは、と、思うにつけ、過去の二人の罪を、許しがたく、今も残念に思う。




大将の君は、かの今はのとぢめにとどめし一言を、心ひとつに思ひいでつつ、いかなりし事ぞとは、いと聞えまほしう、御けしきもゆかしきを、ほの心えて思ひ寄らるる事もあれば、なかなかうちいでて聞えむもかたはらいたくて、いかならむついでに、この事の委しき有様もあきらめ、またかの人の思ひ入りたりしさまをも、聞しめさせむ、と思ひわたり給ふ。




大将の君、夕霧は、柏木が臨終の時に、言い残したひと言を、心密かに、思い出しては、どんなことだったのかと、とても、伺いたくて、お顔色も見たいのだが、少しばかり思い当たる節もあるため、かえって、口に出して申し上げるのも、具合が悪く、どのような機会に、この事の真相を明らかにして、また、柏木の思い詰めていた様子を、お耳に入れようと、思い続けていた。




秋の夕のものあはれなるに、一条の宮を思ひやり聞え給ひて、渡り給へり。うちとけしめやかに、御琴どもなど弾き給ふ程なるべし。深くもえ取りやらで、やがてその南の廂に入れ奉り給へり。端つ方なりける人の、いざり入りつる気配どもしるく、衣の音なひも、大方のにほひかうばしく、心にくき程なり。例の、御息所対面し給ひて、昔の物語ども聞え交し給ふ。




秋の夕暮れの、あはれなる日に、一条の宮は、どうしているのかと、思い出し、夕霧は、お出掛けになった。
くつろいで、心静かに、琴などを弾いているところなのであろう。奥へ、片付けるひまもなく、そのままにして、南の廂の間に、ご案内申し上げた。端の方にいた人は、今、いざり入ったばかりの感じで、衣擦れの音も、そのあたりに立ち入る香のにおいも濃く、奥ゆかしい。いつも通り、御息所が、お相手をされる。昔話しを、あれこれとなさり合う。

秋の夕のものあはれなるに
秋の夕暮れの寂しい・・・




わが御殿の、明け暮れ人しげくて、ものさわがしく、幼き君達など、すだきあわて給ふにならひ給ひて、いと静かにものあはれなり。
うち荒れたるここちすれど、あてにけだかく住みなし給ひて、前栽の花ども、虫の音しげき野辺と乱れたる夕ばえを、見渡し給ふ。




ご自分の御殿は、朝晩と、お客が多く、がやがやして、小さなお子たちが、集まり、騒がしくしているのが普通なので、静かで、心静かな、ものあはれを、感じる。
手入れされていない様子だが、品もあり、気位の高い住み方をされていて、お庭の花が、虫の音に、鳴き乱れる野辺のように、咲き乱れて、夕焼けに照らされているのを、見渡しになる。

いと静かにものあはれなり
静かで、心深く感じる・・・




和琴をひき寄せ給へれば、律に調べられて、いとよく弾きならしたる、人香にしみて、なつかしうおぼゆ。「かゆうなるあたりに、思ひのままなるすき心ある人は、しづむることなくて、様あしき気配をも現はし、さるまじき名をも立つるぞかし」など、思ひ続けつつ、掻き鳴らし給ふ。故君の常に弾き給ひし琴なりけり。をかしき手ひとつなど、すこし弾き給ひて、夕霧「あはれ、いとめづらかなる音に掻き鳴らし給ひしはや。この御琴にもこもりてはべらむかし。承りあらはしてしがな」と宣へば、御息所「琴の緒絶えにし後より、昔の御わらは遊びの名残をだに、思ひいで給はずなむなりにて侍める。院のお前にて、女宮たちのとりどりの御琴ども、こころみ聞え給ひしにも、かやう方はおぼめかしからずものし給ふとなむ、定め聞え給ふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、ながめ給ふめれば、世のうきつまにといふやうになむ見給ふる」と聞え給へば、夕霧「いとことわりの御思ひなりや。限りだにある」とうちながめて、琴はおしやり給へれば、御息所「かれ、なほさらば、声に伝はる中の緒は、ことにこそ侍らめ。それをこそ承らむとは聞えつれ」とて、御簾のもと近くおし寄せ給へど、とみにしもうけひき給ふまじきことなれば、しひても聞え給はず。




和琴を引き寄せて、律の調子に整えられて、十分に弾き込んであり、誰かの移り香が染み込んで、心引かれるようである。こういう場所で、慎みのない、好き心のある人は、心を抑えられず、体裁の悪いところを見せて、よくない評判まで立てるのだ。などと、考え続けながら、弾かれる。
亡くなった柏木が、いつも弾いていた琴であった。見事な演奏を少し試みて、夕霧は、ああ、すばらしい音を、聞かせてくださったものだが。このお琴にも、あの音がこもって、おりましょう。お聞かせ願いたい。とおっしゃると、御息所は、主人が亡くなりましてから後は、昔の子供遊びの記憶さえ、思い出さないように、なられました。上皇さまの御前で、女宮たちそれぞれのお琴を、お試しなさったときも、こういう方面は、まんざらではなくていらっしゃると、上皇さまが、判定くだされなさいましたようで、この琴も、悲しい思い出の種と、拝見しております。と、申し上げるので、夕霧は、ご無理もないことでございます。せめて、終わりがあれば。と。外に視線を向けて、琴を御息所の方へ、押しやりになると、御息所は、亡き人の音が、やはり、そういうことなら、この琴に伝わっているかもしれません。聞いて分かるほど、お弾きください。嫌なことばかりに沈む、私の耳も、綺麗に洗いましょう。と、申し上げるので、夕霧は、ご夫婦の間に伝わる、音こそ、と特別でございましょう。それを伺いたいと、お願い申し上げたのです。と、御簾のそば近くに、和琴を押し寄せになるが、急には、お引き受けになりそうもないと、見受けるので、無理強いは、されない。



posted by 天山 at 07:22| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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