2015年12月01日

玉砕86

時間の余裕はなかった。
早速、編制に着手した、玉井中佐は、昭和18年10月、練習航空隊教程を卒業して、一航艦の二六五空に入隊して以来、中佐と共に、苦楽を共にして来た、第九期飛行予科練練習生出身の搭乗員の中から、人選を行おうとした。

彼らは、玉井中佐の直接の教え子でもあった。
集った第九期練習生は、23名。
玉井中佐が、「捷」号作戦と、大西新長官の決心を説明すると、感激して、全員諸手を挙げて賛成したのである。

体当たり、特攻を、賛成した・・・
戦争に参加した以上は、死ぬことを、覚悟していたからか・・・

こうして、参加搭乗員の問題は、解決した。
あとは、指揮官の人選である。

玉井中佐は、戦闘第三○一飛行隊分隊長の、関行男大尉を選んだ。

関大尉は、海軍兵学校第七○期生で、昭和18年1月に、練習航空隊教程(艦爆)を卒業してから、霞ヶ浦航空隊、台南航空隊の飛行教官を歴任し、同年9月2日付けで、現職に補任された。
つまり、艦爆から、戦闘機に転進である。

約一ヶ月前に、フィリピン戦線に転進したばかりである。

関大尉は、しばしば、玉井中佐に、戦局に関する所見を申し出て、戦闘への参加を熱心に要求し、中佐に強い印象を与えていた。

玉井中佐は、人選について、第一航空艦隊参謀の、猪口力平中佐に意見を求めた。
猪口も、同意した。

すでに深夜になっていたが、関大尉を呼び、ほどなく士官室に出頭した、関大尉に対し、玉井は、その肩を抱くように、特別攻撃隊の指揮官になって欲しい旨を告げ、大尉の意向を尋ねた。

玉井の言葉は、語尾が震え、最後は、涙ぐんだ。

関大尉の反応は・・・
ちなみに、関大尉には、新婚の妻がいた。

机を前に、椅子に腰掛けた関大尉は、唇を結び、しばらく返事をしなかった。
机を前に座り、両肘を机の上につき、オールバックにした長髪の頭を、両手で支えるようにして、瞑目したまま、一瞬、深い考えに沈んだ。

ごく短い時間だった。
大尉の両手が動き、髪をかき上げたと思うと、静かに顔を上げた。
「是非、私にやらせてください」
少しも淀みなく、明瞭な口調で言った。
その心中を察するのは、無理である・・・

特別攻撃隊24名の人選が、決まった。

猪口参謀は、ただちに、別室で待っていた、大西中将に、報告した。
20日、午前一時過ぎである。

特攻隊は、神風特別攻撃隊、と呼称された。
そして、四隊に区分けされ、それぞれ、敷島、大和、朝日、山櫻と、隊名がつけられた。

敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山櫻かな  本居宣長
この歌から、取られたものである。

大西は、20日午前10時、関大尉以下、特別攻撃隊全員を、二○一空本部に集めて、門出の激励と、訓示を行った。
訓示が終わり、隊員の一人一人と、握手を交わす。

この時、大西は、自決する覚悟を決めていた。

神風特別攻撃隊の編制を終えて、20日、マニラの司令部に戻った大西は、前長官寺岡謹平中将との交代を終わり、ここに正式に、一航艦を指揮することになった。

21日、全軍に長官交代の通電を行い、二○一空司令山本大佐対して、正式に、特別攻撃隊の編制を命じた。
一、 二丸一空司令は現有兵力を以って体当たり特別攻撃隊を編制、10月23日までに比島東方海面の敵航空母艦殲滅に任ぜしむべし。
二、 本攻撃隊を神風特別攻撃隊とす。
三、 司令は今後の増強兵力を以ってする特別攻撃隊編制を準備すべし。

大和隊は、編制当日、ただちに、出撃基地である、セブ島に進出した。
また、朝日、山櫻の両隊は、23日、ミンダナオ島、ダバオに進出した。

24日まで、マバラカットにあったのは、指揮官、関行男大尉が直卒する、敷島隊である。

各隊は、次々と出撃し、そのまま、還ることはなかった。

関大尉の敷島隊が、未帰還となったのは、栗田艦隊が、レイテ湾に突入する予定日の、10月25日である。

それでは、ここから、特攻隊について、少し詳しく書くことにする。

特攻攻撃日数、10ヶ月、総出撃機数3461機、うち海軍2367機、陸軍1094機、特攻戦死者総数4379人、うち海軍2535人、陸軍1844人、

与えた損害、艦船沈没26隻以上、損傷368隻、戦死者12281人、負傷者4824人。

マッカーサー元帥の言葉
自殺攻撃の神風パイロットが本格的に姿を現した。この驚くべき出現は、連合国軍の海軍指揮官たちを、かなりの不安に陥れ、連合国軍艦隊の艦船が、至る所で撃破された。空母群は、この危険な神風攻撃の脅威に対抗して、搭載機を自隊を守るために使わねばならなくなったので、レイテの地上部隊を援護することには手が回らなくなってしまった。

今で言えば、自爆テロの形相である。
しかし、基本的に違うことは、自爆テロは、一般人も狙う。

この、神風特攻隊は、あくまで、戦闘員、戦闘態勢にあるもの、軍隊に対してである。

一般市民、兵士でも、戦う力の無い者を、狙うのではない。
立派な戦闘行為である。
これは、明確にしておく、必要がある。


posted by 天山 at 05:44| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月02日

玉砕87

すべては1944年10月25日に始まった。いや、より正確にいうなら、全世界はこの日驚くべきニュースに接したのである。新聞とラジオは、日本軍の飛行機がレイテ沖でアメリカ海軍艦船に決然たる体当たり攻撃を敢行し、大損害を与えたことを報じた。ニュースの解説者たちは、これらの攻撃が秩序だてて実行されたもののように見えるところから、これが日本軍司令官の命令に発したものであろうということを力説した。このときをもって、太平洋戦争の局面はまったく異常な展開を見せることになったのである。この日以来、それは世界戦史のいかなる戦闘にも似つかぬものと化した。
フランス人ジャーナリスト ベルナール・ミロー「神風」

最初の、特攻隊攻撃である。
敷島隊・・・

米機動部隊に突入し、空母セント・ローを撃沈し、米軍将兵に戦死また、行方不明1500人、負傷者1200人の大被害を与え、飛行機128機を、爆破したのである。

レイテ島慰霊の際に、私は、その現場の海岸で祈りを捧げた。
紺碧の空と、海の美しさ。
そんなことが、行われた場所なのか・・・

大きな、マリア観音が建つ。
私は、一人だった。
トックトックの運転手に写真を撮ってもらう。

正午に近い時間で、太陽が、燦燦と照りつける。
日の丸を掲げて、黙祷する。

何か言葉に出来るだろうか・・・
ただ、黙祷以外にないのである。
そして、想念の祓い清めのみ。

ベルナール・ミローは、書く。
太平洋戦争。その末期においてこれほど交戦国間で海空の戦力の懸絶した大差が生じた戦争はかつてなかった。そこには救いがたい劣勢におちいってしまった側にとって、それを挽回するチャンスも見込みも、事実上皆無だったといってよい。

最初の特攻から、五ヵ月後の沖縄戦では、レイテとは比較にならぬほど、計画的、連続的、大規模に実行された。

それは、米兵に対して、精神的に酷く打撃を与えたのである。

陸上よりも海上では、アメリカ水兵たちはよりいっそうの不安と焦燥にとらえられていた。今日までに受けた自殺攻撃による損害は比較的軽微だったけれども、これから先もこの程度で済もうなどとは考えられなかったからである。日本人がすべての戦力をふりしぼってこの沖縄の防衛にあて、狂暴な決闘をいどんでくることは疑いはなかった。アメリカ人にはみなそのことがわかっていた。だからこそ彼らは沖縄戦のこのような始まり方(無血上陸)を、何も増して気味悪く感じたのである。
ベルナール

レイテ湾に突入した、特攻隊は、24機だった。
しかし、沖縄戦では、303機の特攻機だった。

4月1日、アメリカ軍が上陸した。
その五日後の、6日、特攻総攻撃を企図した、菊水一号作戦が発動された。
陸海軍が共同して行った、一大特攻作戦であり、大量の特攻機が、広範囲にわたり行動することにより、敵の防御網を拡散させて、特攻機突入のチャンスを高めて、敵艦隊を完璧に撃滅することである。

フィリピンの最初の神風以来、彼らはこの種の日本人の自殺攻撃を皮肉り、茶化して考えてきた。しかしこの日ばかりは機関科員などの艦内部署についている者以外は、ほとんどの者が実際に煙を曳きつつも突っ込んでくる特攻機の凄惨な姿を見、かつ多くの者はそれが味方艦艇に激突して爆発する光景を目撃したのであった。彼らの理解をこえた敵のこのような神秘的な闘魂に、水兵たちは仰天し、圧倒されてしまったのである。このことはまさに自殺攻撃に大西中将らが期待した心理的効果そのものであった。アメリカ艦隊の将兵は、日本人のこのような祖国愛の熱中がどこまでエスカレートするのか、そしてまた自分たちがそれに対抗していつまで生きつづけられるかということを、自問しはじめるにいたったのである。
ベルナール

米兵たちは、味方の圧倒的な優勢を信じていた。
しかし、日本の特攻隊は、艦艇から打ち上げる、猛烈な弾幕をものともせず、真一文字に、突っ込んでくる。

撃墜される特攻機が、圧倒的に多いにせよ、現実に、何十隻もの艦船が、炎を噴き出し、黒煙を上げる。

突入してくる、特攻機には、人間が乗っている。
米兵たちは、信じられなかった。また、理解の範疇を超えていた。
このような連中を相手に、戦うことが出来るのか・・・
戦争に勝てるのか・・・

大戦勃発以来すでに五年、世界の人々は軍の発表や戦闘のニュースには食傷していたけれども、この事件のニュースだけには感銘を受けた。だが、これに対する意見はかなり分裂した。ある者はこの途方もない勇気の持主だったパイロットたちに尊敬と感嘆を惜しまなかった。また他のある者はこの戦闘手段の性質自体に戦慄をおぼえ、眉をひそめ、一種の集団的発狂だときめつけるものであった。
ベルナール

米海軍最高指揮官である、チェスター・ニミッツ元帥が言う。

四ヶ月にわたる沖縄作戦中、残存日本海軍と強力なアメリカ第五艦隊が矛を交えたことは一度もない。だが、我が海軍がこうむった損害は、戦争中のどの海戦よりも、はるかに大きかった。沈没30隻、損害300隻以上、9000人が死亡、行方不明または負傷した。この大損害は、主として日本の航空攻撃、とくに特攻攻撃によるものであった。

沖縄戦における連合国機動部隊指揮官、レイモンド・スプルーアンス大将は、ニミッツ元帥に、
日本機の自殺攻撃による攻撃は、作戦的な効果を累積しつつある。わが艦船のこれ以上の喪失と損傷は許されない。したがって、これを阻止するためにはあらゆる手段を尽くす必要がある。よって、太平洋艦隊は使用可能の全飛行機を動員して、至急に九州及び台湾の飛行場を攻撃されたい。
と、報告している。

沖縄戦は、地元住民も巻き込むという、悲惨な戦いだった。
だが、沖縄を守るという、日本軍の、この心意気をよくよく、見ておく必要がある。

もし、沖縄が大切な場所でなければ・・・
更に、日本人と同じ同胞がいるという、場所でなければ、あれだけの、被害を出さなかった。それは、台湾でも、同じである。



posted by 天山 at 06:29| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月04日

玉砕88

ルソン島、リンガエン湾で、特攻攻撃の猛威にさらされた、米海軍第七艦隊の、オルデンドロフ中将は、同艦隊司令長官、キンケイド大将に、緊急電報を打っている。

航空兵力の増強を考慮されたし。本件は緊急にして、かつ致命的である。わが護衛空母は対空支援には不適当であった。日本の自殺機はレーダーの使用困難のため、大した妨害を受けることなく攻撃可能のように見えた。・・・
さらに敵飛行機はリンガエン湾付近の小飛行場にいたるまで、常時爆撃して制圧するの要有りと認める。敵の攻撃は朝および夕刻においてさかんであり、とくに午後六時前後において最高潮に達したり。もしさらに損害が加わるならば、今後の作戦に影響するところ極めて大であり、かつ不幸な結果を招来する恐れなしとしない。なおわが損害がさらに甚大とならば、わが指揮下において、準備不十分のまま、日本水上艦艇の攻撃を招来する恐れもなしとしない。敵自殺機はやがて到着するわが輸送船団を攻撃するであろう。その結果は想うだに寒心の至りである。第五航空軍にこの緊張滋養今日を通報し、航空支援の必要を要請されたし。また第三艦隊に当地区にただちに航空兵力を増加し、対空防御を強化するよう請求されんことを乞う。緊急なる現状に鑑み、現作戦方針に対し再考をお願いする。

この時、リンガエン湾では、25時間内に、艦艇21隻が、特攻機に撃沈されていたのである。

前代未聞の、攻撃方法、特攻隊であった。

沖縄戦を取材した、米従軍記者、ハンソン・ポールドウィンは、特攻機に襲われた、米艦の悲痛な状況を報告する。

悪天候が時々休息を与えてくれる以外には、自殺機が連日襲ってくるために、過去40日間は、将兵は休む暇がなかった。眠るといっても、それは夢まぼろしの状態で身体を横にするに過ぎない。照準器の上に頭を垂れて、がっくりと寄りかかっている将兵が甲板のいたるところに見られる。そして艦長たちの目は真っ赤で、頬はこけ、命令はとげとげしくなっている。

敵の暗号を解読して、敵の攻撃があることが前夜に拡声器で予報されるのを聞くと、兵員たちの中にはかんしゃくを起こして、「もう止めてくれ」と怒鳴るものすらある。全員がまさしくヒステリーになりつつある。

特攻の度重なる猛撃のために、精神に異常をきたした米兵も多い。

米ジャーナリスト、A・パーカーは、語る。

西欧人の目には、天皇と国家にために、よろこんで自己の生命を捧げるように、国民を慎重な考慮の末に利用した軍部の指揮は最も卑しむべき野蛮な行為であったと映っている。しかし、連合国軍は、神風特別攻撃隊たちを尊敬している。それはおそらく彼らが特別攻撃で手痛い打撃を受けたためであろう。

作戦に対しては、批判し、非難しても、特攻隊員には、批判も非難もない。
また、誰も、彼らを、裁くことは出来ない。

国の防衛のために、命を賭けるからである。
愛国心の発露として、最大の行為である。

私も、特攻作戦には、是非もなしとは、言わない。
だが、特攻隊員を誇りに思う。
美化するのではない。

命を捨てる以上の、大いなる愛の行為はないのである。

私は、特攻隊は、ある程度の強制があったのかと、思い、調べだか・・・
全く、予想に反していた。

第一航空艦隊による、最初の神風特攻が成功した。
その後、大西中将は、第二航空艦隊司令長官、福留中将に、二航艦も至急に、特攻隊を編成すべきだと、進言した。

しかし、福留は、十死零生の特攻に疑問を抱いていた。
当然である。
死に行くのである。
確実に、死ぬ行為を、容認できる人は、いないだろう。

だが、二航艦所属の、若きパイロットたちは、特攻を熱望したのである。

福留に、部下の隊員に、自殺攻撃を命令する、決心をつけさせたのは、彼の部下のパイロットたちなのである。

志願した、特攻隊員である。

これには、長い説明が必要だ。
更に・・・

志願した、若い兵士たちは、一時の熱狂や、興奮に駆られたのではない。
事実は、その逆で、冷静に考え抜き、効果的にじっくりと、見極めをつけた結果の行動だった。
その、部下たちの、冷静で、恐ろしい覚悟が、福留を動かした。

私は、文を書き続けて、40年以上を経た。
少しは、文を読むという行為も、出来るだろう。
そして、その良し悪しなども・・・

特攻隊員の、その遺書、書き物を読んで、自然に涙が出るのである。

こんな、私にでも、その文が、理解出来るのだ。
文の良し悪しではない。
書いている内容である。

今、死を目の前にして、少年といってもいい、青年といってもいい、年齢の若者たちの文が、心に染みるのである。

それも、紹介するが・・・

先に紹介した、フランス人ジャーナリストの、ベルナール・ミロの記した「神風」から、引用して、冷静に、彼らを見つめたいと、思う。

日本の自殺攻撃の本質的な特徴は、単に多数の敵を自分同様の死にひきずりこもうとして、生きた人間が一種の人間爆弾と化して敵にとびかかるという、その行為にあるのではない。その真の特徴は、この行動を成就するために、決行に先んじて数日前、ときとしては数週間前、数ヶ月も前からあらかじめその決心がなされていたという点にある。
ベルナール

誰でも、死ぬ日を知れば、その精神に変化が生ずるだろう。
並大抵の精神ではない。
覚悟という、強靭な精神力・・・

それは、年齢に関わりなくである。
ガンと告知されただけで、狼狽する人も入るだろう。

だが、私は、彼らが若いということに、注目した。
それは、純粋で有り得るということである。

この、純粋という精神が、どのように冷静に、特攻を願い出るのか、である。





posted by 天山 at 07:38| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月07日

玉砕89

志願する特攻隊員について・・・

この特殊な点こそが、我々西欧人にとっては最も受け容れがたい点である。
ベルナール・ミロ

それは我々の生活信条、道徳、思想といったものとまさに正反対で、真っ向から対立してしまうことだからである。我々の世界には、いまだかつてこれと同様のことも似たようなことも事実としてあったためしをきかない。あらかじめ熟慮されていた計画的な死―――繰り返していうが、これは決して行為ではないーーー、そうしたものの美学が我々を感動させることはあっても、我々の精神にとってはそのようなことは思いもつかぬことであり、絶対に有り得ないことである。
ベルナール

何処の国にも、殉国の英雄という者はいる。
そして、その数は、数名、数十人程度である。
しかし、特攻隊は、十ヶ月の間に、4000名を超える殉国の勇士が、出現している。

その年齢は、十代後半から、二十代前半の、若者たちである。

日本の兵士には自己犠牲がポテンシャルとなって存在している。だから指揮官はそれを正当化しも意味づけさえすれば十分だったのである。このことはすべての日本の兵士たちが死にだっているとか、退却を否定し、生還を機隊しないなどということを意味するのではないことを、よくよく考えられたい。
彼らが絶体絶命の守勢にたたされたり、悲壮な状況下におかれたりしたときは、彼らの決意はきわめて自然に自発的な戦死にみちびかれたが、それも自己犠牲がこのように彼らにとっては象徴的な意味をもっていたからのことである。
ベルナール

特攻隊の編成は、完全に志願制によって、行われた。

このような精神構造があったればこそ、特攻志願は自発的に広がったのであり、志願者がかくも多数となったのである。もしもこの思考が高所から発してきたのだったら、これほどの興奮や集団的昂揚は、おそらく生じなかったことであろう。
ベルナール

フランス人であるから、実に、冷静に特攻隊を分析する。

多数が特攻隊入りを許可されたために、彼らは飛行隊にあふれていたが、すでに隊員となった者は次ぎには毎日のように上司に対して、先頭を切って出撃させてもらうことを主張したり、ねばりづよく交渉していたのである。
この態度を我々は決して誤解してはならない。これはなにも命を縮めたがっている人間の、過剰な神経の緊張の結果としての行動ではなかった。彼らは自分たちが実際行動に移り得ないままに戦闘が終わってしまうことを恐れていたのである。とにかく彼らの行動には我々西欧人はただ驚かされるばかりである。
ベルナール

西洋の合理主義は、戦争が終われば、その戦いに参加しようが、すまいが、問題ではなというするのである。
ところが、日本の軍人は、まず、戦場に立つことを、望む。
そして、勝ち負けではなく、戦場の中にこそ、軍人としての、存在理由がある。

だから、こそ、特攻隊員になったことを、殊更、言うこともない。また、それを、彼らは、嫌った。

「我々は軍人になった時に身命は天皇に絶対的に捧げているはずだ。そしてこのような苛烈な戦闘局面におちいった今となっては、飛行機に乗って出撃してゆく自分の身が、生きて再びここに帰って来れようなどと誰が考えるものか。神風であろうとなかろうと出撃は確実な死だ。だから我々を特別扱いするような名前をつけてもらうのは適当ではない・・・」

この言葉の中に、この時の戦況の展開を前にしての彼らの冷静で勇気ある動機づけと選択の理由が認められないであろうか。これらの「ポテンシャルの英雄たち」の行動が、あまりにも偉大な素朴さに帰せられる点で、我々の思考は混乱し、困惑してしまいもするけれども、とにかくこの通り彼らは完全に意識的で、考えは聡明で、正気だったのである。
ベルナール

菊水作戦の最高指揮官であった、宇垣司令長官は、歴戦の老練なパイロットは、決して特攻隊員とはしなかった。
老練なパイロットの任務は、高性能の戦闘機に搭乗して、未熟な特攻隊員を目標まで誘導し、敵が襲撃してくれば、その敵を迎撃するというものである。
特攻機を目標地点まで送り届けると、再び、基地に戻ることを、義務づけられていた。

この熟練パイロットの、援護があるからこそ、宇垣は、技術未熟な特攻隊員を、旧式飛行機に乗せて、出撃させることが出来たのである。

燃料の窮迫から、新米パイロットたちは極度に訓練時間を切り詰められて巣立っていた。それらのうちのある者は、基地にやってくるなり、いかなる応用的な訓練を一度もうけることなく、そのまま特攻に駆り出されて行った者さえある。
しかしながらこうしたパイロットたちでも、愛国心と闘魂の激しさにかけて、決して劣ってはいなかった。このような若人たちが、祖国の重大危機をよくわきまえて、自らの信念をいささかもひるませることなく、敢えて死地におもむいていったことはまことに感嘆するとともに、またきわめていたましいことである。
ベルナール

通常ならば、未熟なパイロットは、軍が、そもそも前線に出さないのである。
そして、本人も、出撃を拒むだろう。

しかし、特攻隊員の場合は、拒否するどころか。多少の怪我、病気でも、進んで、熱烈に、出撃を願ったのである。

西欧人であれば、その行為は、完全に、狂気の沙汰と、見なされるはずである。

特攻隊員には、全く、その狂気は見られない。
完全に意識的であり、考えは、澄明であり、正気だったのである。

だから、彼らを美化することは、彼らの思いとは、逆になる。
だが、彼らを見送った多くの人々・・・
整備士たちや、その他の任務に就いていた者たちには、彼らの姿が、神に近い存在として、映った。

それは、死ぬことが、決定しているからだ。
戦争の現場は、死に満ち溢れている。
しかし、誰もが、死にたいとは、思わない。
死なずに勝って、勝者になるために、励むのである。

だが、特攻隊は、死に、行くのである。
それが、決定している。
その決定を受け入れている姿は・・・
神に近いだろう。




posted by 天山 at 06:31| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

打倒・韓国45

反日の基本を探るために、矢張り、韓国人の、呉善花さんによる、説明を見る。
これは、売国奴という、タイトルの本からで、その中で、台湾の帰化人、黄文雄氏、中国の帰化人、石平氏の、三人の対談である。

・ ・・中国の反日政策の目的は、民族結集を目的とする代理敵づくりのため、道徳的な優位性を確保するため、権力の正当化のため、国内の政府攻撃を外部に向けさせるため、ということですね。政治政策の問題としては、まったく同じことが韓国にもいえます。ただ、韓国にはさらに違うところがあると思います。

黄さんは、反日とは違う歴史として「日本を蔑視していた歴史」をあげられましたね。私は韓国の反日の根はここにあると思っています。日本統治時代への恨みが反日の根拠となっているんではないんです。日本が韓国を統治したというのは結果であって、原因ではないということです。

つまり、相当に、根強いものがあると、考える。
中国の、反日政策というものも、実に、おかしな話だが・・・

中国も、韓国も、そして、日本もある意味では、言論統制並み、世論誘導は、存在する。
正しい情報を得ないで、何処かのプロパガンダを信じるということだ。
日本のマスコミなども、その大きな一つ。

だが、今では、相当、マスコミの嘘がバレているようだ。

中国は、共産党が、厳重に人民の言論統制を行う。
さもなくば、虐殺する。
人権などというものは、一切無いのである。

さて、呉氏のお話である。

まず「生来の野蛮で侵略的な資質をもった日本民族」という存在が第一の前提となります。そして、日本の古代には「神功皇后による三韓討伐」や「任那日本府」などの侵略記事を国史に記載し、中世には豊臣秀吉による朝鮮侵略が実際に行われ、近世末には韓国討伐論が唱道され、明治初期には征韓論が火を噴き、韓国の江華島に砲撃を加えて侵略戦争を開始し、明治の末にはついに韓国を併合して三六年にわたる暴力的な植民地支配を行った、というように連続させます。

この流れを一連のものとみなして、その根本的な原因を「日本民族の野蛮で侵略的な資質」に求めるのが、韓国の反日思想なんです。

そして、更に、征韓論は、現在の日韓関係にまで、延長していると言うことだ。

全く、根拠のない、征韓論である。
日本は、韓国に、興味がないばかりか、日米同盟と、米韓同盟があり、米国に従属して、韓国との関係を保っているのみ。

ただし、民主党の中には、在日帰化人が多く、本国の意思を日本政府に代弁する者も、多数存在する。
自民党にも、親韓の議員も存在する。

隣国だから、云々という話しは、無い。皆無である。
特に、この頃の、日本人の八割は、韓国との関係など、何物でもないと、思っている。

呉氏は、
これは、私がかってにまとめたものではなく、1990~93年に日韓両国の研究者・教科書執筆者の合同で行われた「日刊合同歴史教科書研究会」での韓国学者の主張なんです。まずはこれを認めろと、日本側に合同研究の大前提を示したわけです。
と、ある。

日本民族というのは、そもそもから野蛮な侵略者だったという考えが、どこから出てくるかというと、さっき黄さんがおっしゃった「日本を軽蔑していた歴史」であることは明らかですね。なぜ日本を軽蔑したかというと、中華世界では華夷秩序というのが正しく善なる世界システムだったからです。


つまり、矢張り、中華の事大主義によるものである。

中華世界、中華思想・・・
これほど、恐ろしいものはないのだが・・・

これからの、世界の混乱は、イスラムテロリストだけではなく、中華思想というものに、囚われている、中国の動向にもあるだろう。

世界の秩序は「文明の中心=中華」と「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」で構成される、というのが華夷秩序の世界観ですね。中華世界の中心にあった中国とその忠実な臣下だった歴史的な朝鮮半島諸国は、日本という国を千数百年にわたって、「その周辺の感化・訓育する対象としての侵略的で野蛮な夷族」とみなし続けてきたわけです。韓国の日本観の根本にあるのは、こうした歴史の意識体験に由来する侮日観なんです。


侵略的で、野蛮なのは、中華の方なのだが・・・
要するに、観念である。

であるから・・・
呉氏は、言う。

日本の軍国主義復活というのは、韓国の反日の常套文句になっています。・・・
日本人はもともとからの侵略的で野蛮な民族と教えていますから、軍国主義が復活するのは当然のことだと国民は考えるわけです。


つまり、教えている。
韓国国民は、教えられているのである。
洗脳に、実に近い感覚である。

反日教育は、甚だしいところまで、進んでいる。

倫理的・道徳的に劣った日本人は、ほっておくと何をするかわからない。だから我々は日本人に対して常に過去の歴史を振り返らせ、反省と謝罪を要求し続けていかなくてはならない。我々がこれを怠れば、日本の軍国主義は必ず復活するだろうというわけです。


呆れる話しだが・・・
そのようである。

反省と謝罪を要求し続ける、だから、いつも、反日であり続けるという観念である。
そして、反日なくば、韓国という国家観が、成り立たない程に、やられているわけである。気の毒としか、言いようがない。
posted by 天山 at 06:37| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

打倒・韓国46

呉善花氏の、お話を続ける。

道徳的に上の者が、道徳的に劣った下の者を、常に訓育・感化していかなくてはならないというのは、儒教の考えですね。これが侮日観を形づくっていて、韓国の対日民族優越意識の根本にあります。さらに韓国には、自らこそ中華の後継者であるという小中華主義の誇りから、潜在的なエスノセントリズム(自民族優越主義)をもっていて、それだけ対日民族優越意識も強固なものとなっているんです。


これを理解するには、少し時間がかかる。
また、現在の韓国人は、本当に、中華主義を奉じているのかといえば、逆であるように思う。
今は、中華より、我が国の方が、優れていると、思っているだろう。
何せ、手の付けられない、妄想全開である。

繰り返しますと、日本が韓国を植民地化したというのは、元来から野蛮な日本民族がもたらした結果だといことであって、植民地化したことが反日の原因になっているわけではありません。日本統治時代の歴史を捏造して、従来からの侮日観を繰り込んで反日という思想をつくり出したということです。竹島問題にしても、靖国問題にしても、従軍慰安婦問題にしても、我々が文化を与えてきた、本来は我々の下に立つべき日本人が、我々を下に見て、我々を馬鹿にしていると、そういう間隔からの反発が第一にあるんです。


恐るべき蒙昧である。
また、恐るべき、想像力である。

我が民族は他民族に優越する優秀な民族だと、そういう民族意識は、多かれ少なかれどこにもあるものです。密かに思っていようと、常に公言していようと、初期の民族主義成立にはそういう優越主義の要求が不可欠だったと思います。
韓国の民族主義はそこから一歩も進んでいない。なぜかというと、民族主義の内容が反日民族主義だからです。反日の理念を核に、国民国家の意義を形成してしまったのが韓国です。こんな国は他には例がありません。


ここまで明確になると・・・
韓国、その民族の崩壊が、目に見えるようだ。
あまりにも、偏狭である。
それは、いずれ、自らを、自縛させ、そして、自爆に追い込む。

もう少し、突っ込んでみると、
儒教というのは、自然の制度を人間の制度にしていくんです。まず、自然の頂点には人間がいて、その下にさまざまな動物がいて、魚がいて、昆虫がいてというように、自然はひとつのヒエラルヒー(ピラミッド型階級組織)を形づくっている、となります。これがいわば、天命として与えられている自然の制度なわけです。ですから政治制度も天命にしたがって。聖人君主としての王を頂点にいただくヒエラルヒーでなくてはならない、というわけです。北朝鮮の主体性思想はその典型です。

人間の価値についてもヒエラルヒー化して考えます。日本人というのは未開人、野蛮人ですから、ヒエラルヒーの最下層に位置することになる。人間としてのレベルの低い未開人、野蛮人たちは、自然を信仰している。日本人も自然を信仰していて、何だかわけのわからない神さまを信じている。だから彼らはきわめて価値の低い人間なんだ、倫理的・道徳的に何をするかわからない連中なんだ。日本軍国主義復活論の背景には、こうした儒教的な世界観があるんです。


日本での、犯罪件数の多くは、在日によるものだと、知らされていない。
日本の刑務所での、日本人の割合は、三割程度であり、その他は、在日、外国人である。

通称名という、日本名で、報道されるので、全く分らないが・・・
在日、韓国、朝鮮人の犯罪が、実に多い。

つまり、倫理的、道徳的に云々は、全くの妄想である。

それでは、一体誰が、反日の旗を振るのか・・・

韓国でも何か事があれば、すぐさま政府と知識人たちで暗黙のうちの反日共同戦線が張られます。現在反日の動きを形づくっているのは、まずはプロ反日家集団や自治体職員らの突出した言動、大統領以下の政治家・知識人たちの強硬発言、政府発言を受けたテレビや新聞での反日キャンペーン、インターネットに飛び交う過激な言辞といったところです。


国全体が、反日に染まるわけである。

最近では、国民が大挙して街頭で過激な反日デモを展開するといった光景が見られなくなっていますから、逆に扇動のほうが過激になってきているんです。とくに若者たちの間で、反日のあり方が大きく変わってきています。といっても、若者の反日感情の表現の仕方が変っただけのことで、内実はまったく変わっていません。


以前書いた、シンシアリー氏の、発言と重ねると、面白い。
負け組みの若者たちの、発散場所は、反日なのである。

彼ら若者たちの世代には、大人たちの世代のように日本大使館に行って投石する、みたいなことはスマートじゃないという意識がかなりあるんです。中国の05年春の反日デモでは、街頭で過激なデモを展開したり、ものを投げたり、日系商店や日本の商品を売る店を壊したり、ということをしていましたが、韓国の若者たちは「中国人はなんてアナログ的なんだ」と馬鹿にするんです。我々はそうではない。我々は時代の最先端で反日行動をするんだという、それがデジタル的なインターネットだということなんですね。
ネットだと、一人一人の主張をいっせいにぶつけられる、これが我々の世代のやり方だというんですが、その主張なるものを見てみますと、さらに罵詈雑言の限りが尽くされているんです。


国家、国民による、言論統制が敷かれているようである。
つまり、反日ではない、韓国人は、韓国人ではない。
更に、親日的な発言をすると、葬られる。

韓国には、言論の自由などは、無いのである。

その韓国人の、七割が、韓国から、他国に移住したいと、言う。
狂った国としか、言いようが無い。

悲しいことだが・・・
幼い時から、反日を教えられ、更に、妄想の歴史教育を受けて。
真っ当な、世界史の教育が、受けられない。

それで、他国に留学した学生が、唖然、呆然としている。
自分たちの歴史教育が、真っ当なものではなかったと、気づくのである。
単なる、笑い者にしかならない、韓国人留学生である。


posted by 天山 at 07:17| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

打倒・韓国47

かつての街頭デモに匹敵するのがサイバー攻撃なんでしょうか。日本の関連サイトに一斉に抗議メールを送ってパンクさせようとか、そういう呼びかけをあちこちでしていますし、実際に日本のサイトがかなりの被害を被っていますね。
私はこれまでに何回も、韓国のマスコミや知識人から、日本語ではとても言い表せないような汚い悪口で非難されてきましたが、他にも少数ながら、日本を評価して猛烈な非難を浴び、まったく言論を封じられた知識人がいます。


まさに、言論弾圧である。
実に、恐ろしい。

教育現場ではどうかというと、最近、韓国の小学校で反日をテーマに子どもたちに描かせた絵を見ました。それはポスターになっていて、展覧会で優秀作品として展示されたものなんですね。そのなかのひとつを紹介しますと、ウサギが日本にウンコをするというものがあります。(笑)
韓国の国土はその形からウサギになぞらえられているんですが、そのポスターでは中国・韓国・日本をカバーする地図が描いてあって、韓国の上に立ったウサギが中国の方に顔を向け、お尻のほうを日本に向け、日本の上にウンコをしているという絵図なんです。審査員たちは、おそらく大喜びしてこれを優秀作品にしたんでしょうね。

反日の根は日本蔑視にあるといいましたが、このポスターの展示はまさしくその通りのことが、小学校で指導されていることを物語っています。韓国では反日歴史教育をするとはいうものの、実のところは侮日教育をしているということが、これでよくわかると思います。小学生のときからこうした教育を受けさせることで、侮日観の伝統をしっかり守っていこうとしているんです。


このような、国と、本当に友好など、結べるのか・・・
無理である。
更に、関わりを持っていいものだろうか・・・
無理である。
一切の、関わりを断つことが、正しい。

ノムヒョン政権では、親日派を公的に反民族的な存在と規定し、法律まで作ったのである。
仔細は、省略するが・・・
親日派の財産まで、没収するという、法律である。

まさに、理解の度を超えている。

それに対して、中国人で、日本に帰化した、石平氏が、
韓国は、ちょっと普通の神経では信じがたい法律までつくるんですねえ。中国共産党よりずっと徹底しています。しかも、これは過去までさかのぼっての、いわゆる遡及法ですから、民主法とは到底いえないでしょう。この点に関しては、韓国は民主主義国家だとはとてもいえないと思います。
との、言葉である。

韓国は、民主主義の国ではない。
全く、世界に唯一の、普通ではない国なのである。
反日主義独裁国家・・・

さて、現在の小学生に対する反日教育を、シリシアリー氏の著書から見ると・・・
シンシアリー氏が、ある地方都市にて見た風景である。

私はちょっと車から降りて校門の周辺に貼ってある掲示物を見ていたのですが・・・
そこにて、「○月の独立運動」というポスターが目に入りました。小学生向けだからか、コマ割りなどがコミック風に描かれていました。
併合時代に独立運動(抗日運動)をやってたある人物についてのものでしたが、どうしても納得がいきませんでした。その内容とは、「面(行政区間の一つ)事務所を襲撃した」とか、「官房所に爆弾を投げた」とか、「警察二人に重傷を負わせた」とか、「親日人物を処断した」とか、そういうものでした。1920~1930年代のことですね。(軍人でもなく)警察に重傷を負わせたり、民間施設に爆弾投げたりする、こういうのを「偉いこと」として小学生たちに教えるようなものでしょうか。

とくに気になったのは、「処断した」という記述です。詳しくは書いてなかったのですが、処断って何でしょうか。暗殺でもしたのでしょうか? ポスターの発行は「国家報勲処」でした。国務総理管轄の国家行政機関です。「○月」と書いてあるからには、毎月、このようなものを教育現場に配っているのでしょう。
シリシアリー

まさしく、反日教育である。
それも、おぞましいもの。
続けて、

私も「金日成を叩き殺そう」と、今思えば決して小学生に言わせるべきでない呪いの言葉を平気に口にしながら育った人間ですが、だからこそ、子どもたちに能動的な批判を要求するのは無理だということがわかっています。何度も書きましたが、韓国は反日デモやキャンペーンなどに小学生たちを利用したりします。子どもは「小さい大人」ではありません。本当に、やめてほしいものです。少なくとも、子どもたちが自分で何か判別できるようになるまでは。
シンシリアリー

在日韓国帰化人の、ある大学準教授の女性が、韓国には、反日教育は、ありませんと言っていたが・・・
平然とウソをつくのは、矢張り、韓国人である。

でも、現実は、私の願いとは違うものでして・・・こんな教育を受けて育った、こんなものを見て聞いて育った子どもたちは、「日本には何をやってもいいんだな」と思うようになるでしょう。あの日、改めてそう思いました。今まで取り上げた、「何をやってもいい」=「「何の迷いもなく」と反日をやっている小学生たちのエピソードも、思い出してください。
シリシアリー

そして、これから以後、益々と、その反日がおぞましく、成長してゆく様を、シンシアリー氏は、描く。

つまり、日本は、韓国とは、縁を切るしかないと、思えるものだ。
話し合うことが出来ない、国、国民が、韓国である。

日本に関しては、学問の世界でも、どんな世界でも、嘘八百を言い、貶めるのである。

打倒・韓国であるが、実は、無縁・韓国と成り得るのだ。
世界で、唯一、蒙昧の国、韓国である。

その民族的性格からも、一部を除いて、世界に受け入れられないのである。
孤立して、存在するか・・・
国自体が、消滅するか・・・

というより、韓国人の、七割以上が、自国から逃れたいと願っている。
つまり、韓国という国が、消滅することが、最良の方法だということになる。


posted by 天山 at 06:55| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

打倒・韓国48

韓国人、シンシアリー氏が、恐ろしいことを書いている。
つまり、ますま獣化する反日への「純度」ということである。

ちょっと意外な言葉遊びかもしれませんが、悪化というのは、「純粋になる」ことでもあります。もちろん、ここで言う「純粋」とは、良い意味ではありません。何の罪悪感もなしに高い玩具を叩き壊す赤ちゃんのような状態を意味します。子どもでも、自分の玩具やゲーム機を大事にすることはできます。それをあまり乱暴に扱って壊したりしたら、結局は自分が損をするということを知っているからです。
しかし、赤ちゃんは違います。結果的に自分が損をすることでも、平気にやってしまいます。それは、純粋だからです。ゼロです。・・・
そのような純粋の純度から見ると、子供―赤ちゃんー獣になります。進化ならず、退化です。前述した「何をやってもいい」というのも悪い意味での純粋さなのです。あまりにも残酷な純粋さです。

問題は、ここからである。

青年たちの反日は上の世代より極端的だと書きました。彼らの「日本には何をやってもいい」という認識は、上の世代より強いのです。でも、子どもたちの反日はもっと極端的です。もっと「悪い意味で純粋に」なっています。当然です。そう育てられましたから。どこを見ても、誰に聞いても、日本は悪いというものしか見えず、日本は悪いというものしか聞えないものですから。世代が替わるにつれ、反日の「純度」は、日を追うごとに高くなりつつあります。それも急激に。
シンシアリー

一体、日本人として、これを、どのように受け取るか・・・
受け入れられないのである。
つまり、拒絶するしかない。

この本をお読みの皆さんが韓国に対して持っている素直な感情に「(韓国って)ガキかよ」というものがあると思いますが、それが「赤ちゃんかよ」になる日も近いでしょう。そして、いつか韓国の反日が真の純粋さ、純度の頂点に達する日もくるはずです。「赤ちゃんかよ」が、「獣かよ」に退化する日が、世代の入れ替わりに伴って。
シンシアリー

つまり、手の付けようがなくなる。
そして、それを成したのは、韓国自らであるということだ。

これでは、到底、付き合うことは、出来ない。
相手が獣であれば、打ち付けるしかなくなる。

端的に言えば、韓国の新しい世代は、簡単に日本と、戦争を始めるということになる。
勿論、ブレーキは無い。

嫌な話しである。
戦争は、そんな簡単なことから、始まる。

だが、日本にも、罪がある。
謝罪し続けたからである。
毅然とした対応をしなかった・・・

謝れば、謝るほど、韓国人は、付け上がる。
そして、偉く振舞う。
見下す。

真の純粋さは、制御とは共存できません。それが自らの制御だろうと、他人による制御だろうと関係ありません。もし、反日に酔い過ぎで完全に制御を失うと、獣になると、どうなるのでしょうか。実例です。
2013年5月、ソウルの鍾路にある有名な公園で、三十八歳の男が九十五歳の老人を殴り殺す事件がありました。老人が「日本の植民地支配は、よかった」と話し、それを聞いた男が激怒したのです。犯人は老人を蹴り倒し、杖を奪って頭を集中的に殴り、結局は殺してしまいました。鮭に酔っていたとはいえ、物事の判別ができないほどでもなかったし、被害者や遺族にこれといって謝罪の意も示していないそうです。懲役五年(2013年9月12日、世界日報)
この記事を紹介したポータルサイトのコメント欄には、「日帝植民地を擁護するのは国家保安法違反じゃないの?」「日帝賛美は内乱罪だ」「これこそ愛国の表現ではないか」という意見が多くのユーザー推薦を受けていました。
シンシアリー

理解に苦しむ。
殺人だけではなく、コメントである。
国民自体が、言論統制を行う国、韓国である。

その他にも、ソウル日本人学校園児襲撃事件・・・

こんなことをされても、日本は、謝罪をし続けるのか。
通常は、国交断行である。

シリシアリー氏は、それらの事件のことを、分析しているが・・・
分析するだけで、何の解決にもならない、残念ながら。

最後の言葉に、
これらは、どれを持ってしても、一線を超えた人間が、バランス感覚を完全に失った人間が、人間以外のものになってしまった事例になれるでしょう。しかし、その獣になった犯人にも、「反日」という「方向性」が残っている所に注目です。
シンシアリー

韓国の反日は退化しています。ガキから赤ちゃんへ、赤ちゃんから獣へ。そして、これから加速することでしょう。そうしなければ、精神状態を維持できなくなっていますから。
シンシアリー

つまり、精神病者と、認識すればいい。
韓国人は、精神病患者であるから、隔離、あるいは、触れないでおく。

日本は、韓国人の入国を禁止すべきである。
更に、日本人も、自己責任で、韓国へ旅をするべき。
いや、行かない方が、身のためである。

とは、言え・・・
韓国人を知る人は、個人的には、とてもよい関係で付き合えるという。
だが、大勢になると、反日が激しくなるらしい。
何とも、難しいところだ。

もう少し、反日韓国人を見るが・・・
その先に、また、日本統治時代の様子を探ることにする。
いかに韓国が、歴史を捏造しているのかが、分る。

更に、彼らには、真っ当な古代史というものがないのである。
それでも、一万年の歴史の国だという、その根性は、何処から来るのか、不思議だ。

posted by 天山 at 06:48| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

打倒・韓国49

反日が終わるとしたら・・・

呉善花氏の、お話を引用する。

韓国の場合は、中国と違って民族主義そのものの問題ですから、極端にいえば民族主義を必要としない国家システムが生まれるまで続く可能性があります。ただ、韓国の反日はきわめて対抗的な反日ですから、もし韓国が経済力で日本の上に立つことができれば、蔑視は残ってもパワーとしての反日はずっと弱まっていくでしょうね。
もっとも、日本を経済力で超せる展望なんてどこにもありません。でももうひとつ、先にもいいましたが、韓国が日本の敗戦に匹敵する敗北を、つまり民族総力戦を戦って完全に敗北することがあるとすれば、おそらく間違いなく反日を捨てることになると思います。ようするに、自分たちの責任で起こした何ごとかが原因となり、いったん民族国家が崩壊の憂き目に会うという、そういう体験ですね。


そのような戦いなども、出来ないと判断する。
何一つ、自力では、何事も出来ない国が、韓国なのである。

技術的な事柄をとっても、韓国は、ただ、技術を盗むということだけである。
オリジナルなものは、一つもない。

大きくはそういうことになりますが、先ほど黄さんがいわれたように、反日は国益に反するという状況が深刻度を増せば増すほど、本質的ではなくとも、反日を前面に押し立てて日本と向き合うといった姿勢はずっと後退していくと思います。
韓国の新聞もよく書くんですよ、反日を期待しないほうがいいとね。実際、反日をいってどんなメリットがあるかというと、もうかつてのように日本から援助金などをもらえる時代は終わっていますから、これというものがなくなっているんですね。それよりも、日本と親しくしたほうが断然メリットが大きい。それがわかってはいるものの、侮日観がありますからなかなか反日を捨てられません。


ところが・・・
慰安婦問題の次が、強制労働である。
解決済みであるはずが、いつの間にか、裁判を起こして、日本の企業に賠償を求めると言う。

それも、大枚な嘘に基づくものである。
いずれは、この問題も、書くことにするが・・・

朝鮮人が、自ら進んで日本に出稼ぎに来たことも、強制というから、笑う。

日本から援助金を貰う時代は、まだ終わっていないのである。
次から次と、賠償金を払え、である。
謝罪せよ、そして、賠償せよ・・・
その、繰り返しである。

対日優越意識が絵空事ではなくなり、対日優越という何かの現実が生まれれば、反日がなくなる可能性はあるかもしれません。しかし、経済でも文化でも日本の上をいくのは実際難しいので、もし上にいけるとすれば政治力だとなってきます。・・・
南北統一国家が形成されれば、何よりまず核兵器が手に入ります。これで国際的な発言権が増し、日本よりいっそう大きな政治力をもつ国家になれる。そういう考えが韓国には根強くあります。


実に、恐ろしい考えである。
核兵器廃絶などと、声を上げている、日本の核兵器反対者たちが、泡を噴く。

北朝鮮が核をもっているということを、韓国人が民族の誇りだと考えています。核保有国というのは一流国家と対等に話ができる、あんな小国の北朝鮮がアメリカをあれだけ翻弄することができたのは核を持っているからだ、そう考えていますから、核保有国となるのはものすごい誇りとなります。核保有によって、日本が脅威を抱く国家になることができるわけです。


韓国人というのは、この程度であると、認識しておくことが大切だ。

朝鮮半島は、戦いの歴史である。
南北統一より、南北戦争であろう。
殺戮が好きな、民族なのである。

統一するより、可能性があるのは、中国、北朝鮮省、南朝鮮省である。
話しにならない。

現在の韓国大統領は、恥ずかしげもなく、中国に寄り添い、中国への忠誠を誓うようである。
中国は、新しい子分が出来て、目出度い。
北と南を天秤にかけて、中国は思いのままに、動かすだろう。

現在の韓国大統領は、韓国人のそのままを、見せ付けてくれる。

シリシアリー氏が書く。
今後、日本は韓国に対してどういう態度を取ればいいのでしょうか? それは、決まっています。長く書くこともないでしょう。
韓国がもっとも嫌がる態度を取ればいいのです。作用があれば反作用があるものです。ここまで日本が嫌いだという韓国に対して、韓国が嫌がる対応をするのは当然でしょう。しかし、それは、韓国がやっているように「根拠のない」、「ダブル・スタンダード」、「ゴリ押し」、「極端」などの見苦しいことではありません。
では、ここで言う「韓国が嫌がること」とは何でしょうか。またまた意外だと思われるでしょうが、「基本に忠実」なことです。私は、自分のブログなどで、これを「距離を取ること」だと書いてきました。

これは、貴重な意見である。
更に・・・

韓国は、日本というものに対して、「皆で仲良くしないといけない。だからお前が僕に合わせろ」を強要しています。そう、韓国が言う「友好」とは、日本が一方的に韓国の言いなりになることを意味するのです。絶対悪と絶対善ですから、日本というものが、日本の好きなように存在してはいけない。韓国が好きな形で存在しなければならない。そうではない日本は認めない。そんなものは存在してはいけない。それが韓国の日本観です。
シンシアリー

見事に、まとめている。

日本人の団体でも、友好を唱える人たちには、呆れるが、日本が韓国に合わせることを言っている。
そして、韓国の反日を歓迎し、煽るのである。
更には、日本国内で、反日活動をする。
韓国人たちは、そういう、日本人を見て、良心的な日本人だと、言う。
実に、呆れる話だ。

posted by 天山 at 07:02| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

もののあわれについて776

柏木と楓との、物よりけに若やかなる色して、枝さしかはしたるを、夕霧「いかなる契にか、木あへる頼もしさよ」など宣ひて、忍びやかにさし寄りて、

夕霧
ことならば ならしの枝に ならさらむ 葉守の神の 許しありきと

御簾の外のへだてある程こそ、恨めしけれ」とて、長押によりい給へり。「なよび姿、はた、いといたうをやぎけるをや」と、これかれつきしろふ。この、御あへしらひ聞ゆる少将の君といふ人して、

女二宮
柏木に 葉守の神は まさずとも 人ならすべき 宿の梢か

うちつけなる御言の葉になむ、浅う思ひ給へなりぬる」と聞ゆれば、「げに」と思すに、少しほほえみ給ひぬ。




柏木と、楓が、他の木よりも、若々しい色をして、枝を差し交わしているのを、夕霧は、どのような前世の縁でか、枝先がつなかっている頼もしさ、などと、おっしゃり、目立たぬように、御簾の傍により、

夕霧
同じことならば、縁ある枝として、親しくさせてください。葉守の神の、許しがあったのですから。

御簾の外に隔てられているのが、恨めしい。と言い、長押に寄りかかっていられる。女房は、砕けたお姿もまた、たいそう美しいこと、と誰彼が、言い合っている。お相手する、少将の君を使い、

女二宮
柏木には、葉守の神は、宿っておりませんが、人を近づけてよい、梢でしょうか。

無遠慮なお言葉で、浅はかなお方だと、考えるようになりました。と、申し上げるので、いかにもと思い、にっこりと笑うのである。




御息所、いざり出で給ふ気配すれば、やをら居直り給ひぬ。御息所「憂き世の中を思ひ給へしづむ月日の積もるけぢめにや、乱り心地も、あやしうはればれしうて、過ぐし侍るを、かく度々に重ねさせ給ふ御訪ひの、いとかたじけなきに、思う給へ起こしてなむ」とて、げに悩ましげなる御気配なり。夕霧「思ほし嘆くは世のことわりなれど、またいとさのみはいかが。よろづのこと、さるべきにこそ侍めれ。さすがに、限りある世になむ」と、慰め聞え給ふ。「この宮こそ、聞きしよりは心の奥見え給へ。あはれ、げにいかに、人笑はれなることを取り添へて思すらむ、と思ふもただならねば、いたう心とどめて、御有様も問ひ聞え給ひけり。いとまほにはえものし給ふまじけれど、いと見苦しう、かたはらいたき程にだにあらずは、などて、見る目により人をも思ひあき、又さるまじきに心をも惑はすべきを、様悪しや。ただ心ばせのみこそ、言ひもてゆかむには、やむごとなかるべけれ」と思ほす。




御息所が、いざって出ておいでになった気配がするので、おもむろに、座りなおされた。御息所は、嫌な世の中を思い、塞ぎこんで、月日を送るせいでしょうか、気分が悪くて、おかしなほどに、ぼんやりと、暮らしております。このように、何度もお見舞いに下さり、恐れ多いことに、元気を出しまして、と、いかにも、辛そうな様子である。
夕霧は、お嘆き遊ばすのは、いかにも、道理でございます。と、申してばかりでは、いかがでございましょう。何もかも、前世からの約束事でございましょう。それにしても、限りある人生です。と、慰められる。そして、この宮は、かねて聞いていたより、奥ゆかしい方と思われる。本当に、どんなにか、外聞の悪さをも、嘆かれるであろうと思うと、心が動くので、心を込めて、ご様子も、お尋ねされた。器量は、十人並みではないけれど、酷く、見苦しくて、見ていられないほどでなければ、どうして、見目かたちで、女を嫌ったり、大それたことに、迷ったりしてよいものか。見苦しいではないか。ただ、気立てだけが、結局、大事なのだ。と思いになる。




夕霧「今はなほ、昔に思ほしなずらへて、うとからずもてなさせ給へ」など、わざと懸想びてはあらねど、ねんごろに気色ばみて聞え給ふ。直衣姿いとあざやかにて、丈立ちものものしう、そぞろかにぞ見え給ひける。女房「かの大殿は、よろづの事、なつかしうなまめきあてに愛敬づき給へる事の、並び無きなり。これは雄々しう花やかに、あな清らと、ふと見え給ふにほひぞ、人に似ぬや」と、うちささめきて、「同じうは、かやうにても出で入り給はましかば」など人々言ふめり。




夕霧は、これからも、是非、亡き人のおつもりで、親しくなさって下さい。などと、特に懸想びてではないが、心を込めて、意味を含めた言い方をされる。直衣姿は、大変鮮やかで、背も堂々と高く、すらりと見える。女房は、お亡くなりの殿様は、何につけても、優しく、美しく、上品で愛敬があることにつけては、二人といない御方でした。こちらは、男らしく、派手で、まあ、綺麗と、すぐに目に付く、お色の艶が、誰とも違います。と、囁く、同じことなら、このようなことでなくても、お出入りしてくださったなら。などと、女房達は、言うのである。




夕霧「右将軍が塚に草初めて青し」とうち口ずさびて、それもいと近き世の事なれば、さまざまに近う違う、心乱るやうなりし世の中に、高きも下れるも、惜しみあたらしがらぬは無きも、むべむべしき方をばさるものにて、あやしう情けをたてたる人にぞものし給ひければ、さしもあるまじき公人、女房などの、年古めきたるどもさへ、恋ひ悲しび聞ゆる。まして、上には、御遊び等の折ごとにも、まづ思しいでてなむ、しのばせ給ひける。「あはれ、衛門の督」と言ふことぐさ、何事につけても言はぬ人なし。六条の院には、ましてあはれと思しいづること、月日に添へて多かり。この若君を、御心一つには、形見と見なし給へど、人の思ひよらぬ事なれば、いとかひなし。秋つ方になれば、この君は、いざりなど。




夕霧は、右将軍の塚には、草はじめて青し、と口ずさんで、その藤原保忠の死も、最近のことだったから、色々につけ近く遠く、人の心を悲しませることがあった、世の中に、身分の高い人も、低い人も、惜しまない者がいないのも、表向きのことは、いうまでもなく、不思議に優しくすることを主にしていらしたから、たいしたことのない役人、女房などで、年取った皆でさえ、恋い慕うと、悲しく思うのである。
まして、主上におかれては、管弦の御遊びなどの折ごとに、まず第一に、思い出しなさり、お忍びあそばした。ああ、衛門の督が、という口癖を、何かにつけて、言わない人はいない。六条の院、源氏も、まして、可哀相だと思い出し、月日のたつに連れて、多いのである。この若君を、お心の中では、形見と御覧になるのだが、誰も気が付かないことなので、何にもならない。
秋ごろになると、この君は、はいはいして、這うのである。

柏木を終わる。

posted by 天山 at 06:46| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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