2015年11月17日

打倒・韓国41

私は、この、打倒・韓国を書く上で、日本人の書いた物を、一切使用していない。
韓国人が書いたもの、そして、他の国の人が書いたものを、主にしている。

韓国人が、他の国の人の、韓国についての紹介などを、参考にしている。

つまり、日本人側からのものは、一つもない。
日本人の、偏見などを、取り除いているということだ。

次ぎに紹介するのは、朴テヒョク氏が、書いているものである。

ホーマー・B・ハルバートといえば、1886年から91年にかけて李朝末期の韓国に滞在したアメリカのメソディスト派の宣教師で、ジャーナリストでもあり、歴史学者としても、韓国研究者のあいだで有名である。


その、ハルバートは、韓国を愛し、日本が韓国を支配しょうとするのに、反対した人である。
その、ハルバートの著書「朝鮮亡滅」の中で、韓国人に関しての観察の様子が書かれている。

以下
韓国人の特性は、その誇りたかさだ。朝鮮人ほど、外観をととのえるのに夢中になる民族はない。ヨーロッパの上流社会に、どんな方法を講じてものしあがりたい、と思っている一人の成金の場合を想定してほしい。朝鮮人の大多数が、いったいどういうことなのか、その姿に合致する。

朝鮮人は、自分の知的水準を引き上げ、精神世界を拡大しようという努力があわれにもないのに、社会的地位を高めようという激しい欲望だけはある。自分のものでなくても、少しばかりの金を動かすことができるとか、何人か働くのを監督するとか、ともかく物の面、金の面で人間を支配できるような立場になると、おしなべて有頂天になる。

朝鮮人は有力者になる、あるいは名声を博すということだけで、まるで逆上してしまい、ますます尊大な態度をとるようになる。朝鮮人特有のこの感心ではない性向が、じつは企業、あるいは教育、宗教の分野で、朝鮮人を登用するさいに起こる、ごたごたの原因の一つなのである。

ここに描かれている韓国人の性格は、今日でも恐ろしいぐらい、まったく変わっていない。


更に続けると、話し合いが出来ないという、民族性を見る。

朝鮮人は本当に怒ると、生気を失うといえるかもしれない。自分の生命などどうなってもいいといった状態になり、牙のある動物になってしまう。口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なことだが、この怒りの衝動にわれを忘れるといった悪癖は、男性だけの独占ではない。

それにとらわれた朝鮮の女は、ギリシャ神話の三女神を打って一丸としたような、すさまじい狂暴さを発揮する。女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なくなり、つぎには猛烈に嘔吐する。精神錯乱に陥るこうした女たちを見るだに、私は、どうして脳卒中で倒れずにすんだのかと不思議に思う。どうも朝鮮人は、幼少のときから自分の気分を制御する術を学ぶことがないらしい。子どもも親を見ならって、自分の気に入らないことがあると、まるで気が狂ったように大暴れして、結局、我意を通すか、それとも永くかかって鎮静にもどるか、そのいずれかに落ち着く。

これで、反日など行われたら・・・
止め処もなくなるだろう。

また、李朝末期に朝鮮で生活した、キリスト教宣教師が書いた、朝鮮宣事情・朝鮮教会史序論から見る。

朝鮮人は、金儲けに目がない。金を稼ぐために、あらゆる手段を使う。彼らは財産を保護し、盗難を防ぐ道徳的な法をほとんど知らず、まして遵守しようとはしない。しかしまた、守銭奴はほとんどいない。

彼らは、一般に欲深いと同時に、無駄遣いも多く、金を持てば余すところなく使ってしまう。金さえあれば、豪勢な暮らしをすること、友人をもとなすこと、自己の気まぐれを満たすことだけを考えている。そして再び赤貧に身を落としても、それほど不平もいわずに甘受し、運命の歯車が回り回ってまた良き日がやってくるのを待っている。

金を稼ぐのも早いが、使ってしまうのはさらに早い。人びとは、誰かの訴訟を勝たせてやったり、人参の根とか小さな金塊とか水晶の鉱脈とかいったなにがしかのものを発見したりすれば、数日間は浮き浮きし、「ままよ、何とでもなれ! 明日の言は明日になれば何とかなるさ」といった気持ちになる。そうして、数多くの人びとが、つねに街道に出てきては好機をねらっている。・・・

それを歴史的に、分析したりと、色々とするが・・・

韓国人は、怯えながら生きるうちに、感情が安定を失うようになった。おそらく韓国人ほど、怒るのを好む民族はいまい。怒ることが不安や焦燥感を解消する代償行為となるとともに、自尊心を守る手段にもなる。その自尊心も、外観にこだわるために、薄い表皮のようなものでしかないので、ちょっとでも引っ掛かることがあれば、怒りの引き金がひかれることになる。


朝鮮事情から引用する。

朝鮮人は一般に、頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは、彼らがいまだ浸っている半未開性のせいである。大人がふだんの怒りを笑ってすませるから、子ども達は、ほとんど懲罰を受けることもなく成長し、成長した後は、男も女も見境のないほどの怒りを絶え間なく爆発させるようになる。この国では、ひとたび決心すると、これを証明するために、自分の指を刺し、その血で誓いを記す。怒りが爆発したりすると、人びとは不思議なほど容易に首を吊ったり、投身自殺をしたりする。些細な不快や一言の蔑視、ほんのなんでもないことが、彼らを自殺へと追いやっている。

上記、引用したのは、朝鮮を愛し、朝鮮に尽くした人たちである。
それが、どういう訳か、酷いことばかりの、羅列である。

ところが・・・
朴氏が、書く。

ところが、安土桃山時代から徳川江戸時代末期まで、日本を訪れたキリスト教宣教師や外交官をはじめとする西洋人たちは、まるで口をそろえたかのように、日本人や日本社会を誉めちぎっている。日本人をけなしたり、非難している記述がほとんどない。そんなことを探そうとしたら、たいへんな手間がかかる。
と、書くのである。

実際、その通りである。
それを引用したいが・・・
打倒・韓国なので、止めておく。





posted by 天山 at 04:32| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。