2015年11月03日

もののあわれについて767

とかく聞えかへさひ、思しやすらふ程に、夜明け方になりぬ。帰り入らむに、道も昼ははしたなかるべし、と急がせ給ひて、御祈りに候ふ中に、やむごとなう尊き限り召し入れて、御髪おろさせ給ふ。いと盛りに清らなる御髪をそぎ捨てて、忌む事受け給ふ作法、悲しう口惜しければ、おとどはえ忍びあへ給はず、いみじう泣い給ふ。院はた、もとよりとりわきてやむごとなう、人よりもすぐれて見奉らむと思ししを、この世にはかひなきやうにない奉るも、あかず悲しければ、うちしほたれ給ふ。朱雀「かくても、平らかにて、同じうは、念誦をも勤め給へ」と聞え置き給ひて、明け果てぬるに、急ぎて出でさせ給ひぬ。




あれこれと、反対を申して、戸惑ううちに、夜明け方になった。
朱雀院は、山にお帰りになるのに、昼、道を行くのは、世間体も悪いだろうと、急がせて、御祈祷に控えていた中で、身分の高く、徳のあるものばかりを、お呼び入れて、御髪を下ろさせになった。
いまが盛りで、美しいおぐしを、削ぎ捨てて、戒を受けられる儀式が、悲しく、残り多くて、源氏は、我慢が出来ずに、酷く泣く。院もまた、もともと大事にし、他の誰よりも、よくしようと、お世話しようとの思いであったので、この世に、生きているかいのないように、させるのは、いくら考えても、悲しく、涙ぐみされる。
朱雀院は、こんな姿になっても、丈夫にして、同じことなら、念仏読経も、お勤めなさい。と、申し上げ、夜が明けてしまったので、急いで、お立ちあそばした。




宮はなほ弱う消え入るやうにし給ひて、はかばかしうもえ見奉らず、ものなども聞え給はず。おとども、「夢のやうに思ひ給へ乱るる心惑ひに、かう昔おぼえたる御幸のかしこまりをも、え御覧ぜられぬらうがはしさは、ことさらに参り侍りてなむ」と聞え給ふ。御送りに人々参らせ給ふ。朱雀「世の中の今日か明日かにおぼえ侍りし程に、また知る人もなくて漂はむ事の、あはれにさり難うおぼえ侍しかば、御本意にはあらざりけめど、かく聞えつけて、年頃は心安く思ひ給へつるを、もしも生きとまり侍らば、さまことに変はりて、人しげき住まひはつきなかるべきを、さるべき山里などにかけ離れたらむ有様も、又さすがに心細かるべくや。様に従ひて、なほ思し放つまじく」など、聞え給へば、源氏「さらにかくまで仰せらるるなむ。かへりて恥づかしう思ひ給へらるる。乱り心地、とかく乱れて侍りて、何事もえわきまへ侍らず」とて、げにいと耐へ難げに思したり。




宮は、今も弱々しく、息も絶えそうになり、はっきりと父院を拝することもできずに、ご挨拶も、申し上げない。源氏は、夢のように、心が乱れておりますので、このような昔懐かしい、御幸のお礼も、御覧いただけない御無礼は、日を改めて、参上いたします。と、申し上げる。お供に、家臣を差し上げる。
朱雀院は、命も、今日、明日かと思われましたので、他に世話する人もなく、この世に、うろうろするのでは、可哀相で、放っておけないと、思われましたのですが、お気持ちに、添わなかったでしょうか。このようにお願いして、長年、安心していましたのですが、もしも、命をとりとめましたら、尼姿になってでは、賑やかな御殿での生活は、具合が悪いでしょうが、適当な山里などに、離れて住むとしても、これもまた、心細いことでしょう。尼は尼らしく、今後も、お見捨てされないように。などと、申し上げるので、源氏は、わざわざと、このようにまで仰せられて、かえって、恥ずかしく思われます。心は、色々と乱れますが、何事も、判断がつきかねます。と、本当に、堪えきれないご様子。




後夜の御加持に御物怪いで来て、「かうぞあるよ。いとかしこう取り返しつと、一人をば思したりしが、いと妬かりしかば、このわたりにさりげなくてなむ。日ごろ候ひつる。今は帰りなむ」とてうち笑ふ。いとあさましう、さはこの物怪の、ここにも離れざりけるにやあらむ、と思すに、いとはしう悔しう思さる。宮、少し生きいで給ふやうなれど、なほ頼み難げに見え給ふ。候ふ人々もいといふかひなうおぼゆれど、かうても平らかにだにおはしまさばと念じつつ、御修法また延べて、たゆみなく行はせなど、よろづにせさせ給ふ。




後夜の、御加持に、御物の怪が出て来て、「それごらん。見事に取り返したと、あちらの一人を思いだったのが、嫌だから、この辺に、気づかれないようにして、ずっと、控えていたのだ。もう、帰りましょう」と、声を上げて、笑う。驚く他無い。それでは、この物の怪が、ここにも離れないでいたのかと、思うと、可哀相でもあり、後悔もされた。
宮は、少し正気に戻るが、矢張り、頼りなさそうに、見られる。お付きしている女房たちも、お話にならない思いはするが、こんなお姿でも、せめて元気でいらしたならばと、御修法を、更に延期して、熱心に行わせたりするなど、源氏は、万事に計らう。

この、物の怪は、六条の御息所である。




かの衛門の督は、かかる御事を聞き給ふに、いとど消え入るやうにし給ひて、むげに頼む方少なうなり給ひにたり。女宮のあはれにおぼえ給へば、ここに渡り給はむ事は、今更にかるがるしきやうにもあらむを、上もおとども、かくつと添ひおはすれば、おのづから、とりはづして見奉り給ふやうもあらむに、あぢきなし、と思して、柏木「かの宮に、とかくして今ひとたび参うでむ」と宣ふを、さらに許し聞え給はず。




あちらの、衛門の督、柏木は、このことを耳にされて、いよいよ、息も絶えそうになり、すっかりと回復の望みが薄くなった。
女三の宮が、かわいそうに思われて、こちらにお出でになるのは、いまさらご身分に障るし、母君も父大臣も、このように、付きっ切りでおいでなので、気をつけていても、うっかり、宮のお顔を御覧になるようなこともあると、困ると思い、あちらの御殿に、何とかして、もう一度、伺おうと、おっしゃるが、絶対にお許しにならないのである。




誰にも、この宮の御事を、聞えつけ給ふ。はじめより、母御息所は、をさをさ心ゆき給はざりしを、このおとどのいたちねむごろに聞え給ひて、心ざし深かりしに負け給ひて、院にも、いかがはせむと、思し許しけるを、二品の宮の御事、思ほし乱れけるついでに、朱雀「なかなかこの宮は、行くさき後安く、まめやかなる後見まうけ給へり」と宣はす、と聞き給ひしを、かたじけなう思ひ出づ。柏木「かくて、見捨て奉りぬるなめりと思ふにつけては、さまざまにいとほしけれど、心よりほかなる命なれば、堪へぬ契恨めしうて、思し嘆かれむが、心苦しき事。御心ざしありて、とぶらひものせさせ給へ」と母上にも聞え給ふ。母「いで、あなゆゆし。おくれ奉りては、いくばく世に経べき身とて、かうまで行く先の事をば宣ふ」とて、泣きにのみ給へば、え聞えやり給はず、右大弁の君にぞ、大方の事ども詳しう聞え給ふ。




会う人ごとに、宮のことをお頼みになる。最初から、母の御息所は、いっこうに満足ではなかったが、この大臣が奔走し、熱心にお願いして、誠意が篤いのに負けて、院も、しかたがないと、思われて、お許しになったのだが、二品の宮の、御事をご心配された折に、朱雀院は、かえって、この宮は、将来も安心な、忠実な夫をお持ちになった、と仰せられたとお聞きになったのを、勿体無いことだと、思い出す。
柏木は、こういうことで、宮を後に残すことについては、あれこれと、お気の毒であったが、思うに任せない命であれば、添い遂げられなかった夫婦の仲が、恨めしい。死後、宮が、嘆かれるのは、たまらない気持ちです。どうぞ、忘れず、いつもお見舞いを申し上げてください。と、お母様にも、願いする。母は、まあ、なんという縁起でもないこと。万が一、あなたに先立たれては、どれほど、この世に生き残れる私だと思って、こうまで、後々の事などを、おっしゃるのか。と、ひたすら泣かれるばかりで、十分には、頼むことが出来ないので、右大弁の君に、生活の世話などを、詳しく、申し上げる。

右大弁とは、柏木の弟である。
二品の宮とは、柏木の妻だった宮。











posted by 天山 at 07:11| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。